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そして再び朝が来た。
しかし、状況は穏やかではなかった。
すぐ側でシュリとシュロの唸り声が聞こえる。
それは低い威嚇の声で。
シュロは私を庇い、シュリは牙をむき出して周囲を威嚇し続けていた。
二匹の視線の先には
!!!!!?
木の回りはたくさんの兵士にとり囲まれていて
ぬおぅ!!
いつの間にこんなことにっていうか気付けよ私。
幸いにもそいつらから私は死角になっていて見えないようだった。
シュリの怒りに呼応するかのように風が吹き荒れる。
全てを薙ぎ払うかのような強い風。
「鎮まり下さい、聖なる獣よ。我等は貴公に危害を加えに来たのではありません。我等は貴公をお迎えにあがったのでございます。さあ、我が国へ、我が元へどうぞお越しください。」
集団の中、一番偉げな人物が二匹に語りかけた。ちなみにかなりのイケメンである。
しかしシュリは威嚇をやめようとはしなかった。まるでここから去れと言わんばかりに牙を剥く。
そしていつまでも威嚇を止めないシュリの様子に男の態度は一変した。
「ほう、面白い。人間に従うなどプライドが許さないというところか。まあいい。どんなに拒んでも最終的には私に従うことになるのだからな。」
始めの低姿勢はどこへやら。
傲慢な態度に、なんだ、あの男。顔は良くても性格悪〜と木の根の影から様子を見守っていたが、男が唱えた呪文により出現した光の輪がシュリを囲むように現れその光の輪が縮んだかと思うと強い光りを放ちシュリを締め上げたのを見て
「シュリっ!!」
いてもたってもいられず制止するシュロの鳴き声も聞かず私は木の根元から躍り出た。
ちょっとアンタら私の可愛い子供になにするんじゃいっ!!
気分は子供を守る母親だ。
しかし闘志は長く続かなかった。
突き刺さる視線、漲る殺気。
・・・・・・・
スイマセン。今さらですけど私のこと見なかったということで願いします〜
直ぐに戦意喪失。
しかし現実はそう甘くはない。そのまま彼らがスルーしてくれるはずもなく、
「貴様何者だっ!!」
一斉に剣先を向けられた。
あはは〜何者だって言われてもねぇ、普通の一般人だし。
あっこの人達からすれば異世界人なのか?
でもさあ、異世界人ですなんて言ったら余計怪しまれて即効向けられた剣で刺される気がする。
少し考えこんでいるとイケメンのすぐ横の神経質っぽい男が「おい、貴様。何とか言ったらどうなんだ。」と噛み付いてきた。
こいつ、うちのクラスの担任小手毬治郎32歳独身にそっくりだ。うわっ眼鏡をこまめに上げる仕草も同じ。
コテマリ今何してるのだろう?相変わらずえんどう豆育ててるのかなぁ?小手毬治郎、32歳独身、担当教科は生物。メンデルに心酔し自らもえんどう豆を育てる。生徒に水やりを強制することから人気は下降気味、というかあまりのマニアックさに生徒達から敬遠されている憐れな教師である。
ちなみに私はコテマリが嫌いだ。だってアイツ、ちょっと授業中うつらうつらしてただけなのに、私にえんどう豆の世話を一週間もさせやがった。
ムカついたからさりげなく一日三本づつ抜いてったから最後の方はプランター丸はげになってたけどね。
宮内、お前何やってるんだぁ〜って怒られたけどカラスが全部食べていきましたって言い張ってごまかした。
つまるところ、コテマリに似ているというだけでOUT。
私の敵愾心に火がついた。
「はっ、動物虐待するような奴とだれが好んで会話するかっつうの。」
そしてイケメンに視線を移し
「そこのアンタ、今、シュリになにやった?さっさとシュリ解放してここから立ち去れや。」
と言い放った。
「貴様、なんという言葉使いっ」
いきりたつコテマリ。
・・・マジうざい。
「黙れコテマリっ!!」
「コテ・・・マリ??」
あっ思わずコテマリって呼んじゃった。
案の定コテマリ似の男は意味がわからないというように顔をしかめた。
ちょっと恥ずかしい。
でもここで引き下がる訳にはいかない。
「ア、アンタなんてコテマリで充分だっ!!」
苦し紛れの言葉は情けないものだったがそこはコテマリ、きちんと反応を返してくれた。
「誰がコテマリだっ。私にはキューベルというちゃんとした名前があるっ!!」
「あっそ。アンタの名前なんて興味ないし、っていうか私はそっちの銀髪の男と話してるの。アンタはひっこんどいてよ。」
「なっなんたる侮辱っ!!」
興奮したコテマリ改めキューベルは顔を真っ赤にして怒り狂った。
けっちっさい男め。
怯むことなく睨み続ける私。
そんな私達の掛け合いを今まで無言で眺めていた銀髪の偉そうな男が口を開いた。
「お前、この獣のことシュリと呼んでいるのか?」
「そうよ!!なんか文句ある!?」
「そうか。」
その口調はどこか楽しげで。
「聖獣が契約もなしに名で縛られることを許したのか。実に興味深い。」
次いで呟かれた言葉は幸か不幸か私の耳には届くことなく
「この者を捕らえろ!」
という予期せぬ発言に度胆を抜かれた。
はっ?えええ〜
あっけにとられてる間にわらわらと取り囲まれ御用。縄で手足を縛られ地面に転がされていた。
ちなみにキューベルもポカンとした顔で成り行きを見ている。
「聖なる獣よ、この者に危害を加えられたくなければおとなしく我に従え。」
そう男が言うや否やあっさりと抵抗を止めおとなしくなった二匹。
二匹は檻の中へ自ら入って行き
「シュリ、シュロ何で?」
呆然とする私をせつな気に見やりクゥーンと一鳴きした後背を向けてしまった。
シュリ、シュロ・・・
その光景にショックを受ける私。
グイッ
!!!!?
そして打ちひしがれている私にさらにショックなことが起こった。
いつの間にか目の前にしゃがみ込んだ銀髪の男によって顎を捕まれ顔を上に持ち上げられたのだ。
「実に興味深い。あれだけ抵抗していた二匹があっさりとこちらの言うことに従うとは・・・顔は十人並みなのにな。」
・・・(怒)
「放せ。アンタ、あの子たち捕まえてどうするつもり?あの子たちに何かしたらただじゃすまないんだから!!」
散々なことを言ってくる男をこれでもかっいうくらい睨みつける。
「っていい加減放せ。アンタの目的はシュリとシュロだろっ?私はもう用無しのはずだ。」
逃れようと身体をよじるも男はさらに力を込め動きを封じることをやめようとしない。
「実に興味深い」ともう一度呟くと私を抱き上げた。
ぬおわっ!!?
突然の行為に度胆を抜かれる。
「降ろせぇ〜降ろせぇ〜」
必死にバタつくも男は全く堪えていない様子で、あまつさえ「そんなので抵抗してるつもりか」と私の努力を鼻で笑いやがった。
「くっそ〜放せっ!!」
「放したら地面に真っ逆さまだが。」
「望むところだっ!遠慮なく落とせ!!」
受け身はばっちりだ・・・たぶん。
それにこの体制がかなり無理。
俗に言うお姫様抱っこというやつでどうせなら背に担げと言いたい。
放せ〜降ろせ〜と騒いでいるとあっという間に立ち尽くすキューベルの元へ。
「へっ陛下、一体この者をどうするおつもりで?」
「興味深いので連れ帰る。」
「連れ帰るって城へですか!?なりません。この女は聖域を侵した重罪人です。しかるべき処置が決まるまで牢屋へ捕らえておくべきです。」
「牢屋か。それなら後宮のあの部屋でも変わりはあるまい。」
「なっ!その女を後宮に入れるつもりですか??そんな素性もわからない十人並みの女をっ!?」
お気は確かですか?!と男に詰め寄るキューベルに十人並みで悪かったなと悪態をつきつつも・・・
後宮ってあの後宮?沢山の女性が主の寵を得るために血みどろの争いを繰り広げてるというあれですか?大奥ですか?ハーレムですか!?
私も後宮の一員にぃ〜
なんで、どうしてっ??
ていうか嫌゛〜絶対嫌゛〜!!!
もう死にもの狂いで暴れまくった。
このままおとなしく連れていかれてたまるかっ
再び激しく抵抗しだした私を男は面白いそうに眺めている。
くそっ、その余裕の表情がムカつく。
こうなったら頭突きでも食らわせてやるっ、そう思い意気込んでいると
「お前、あの二匹がどうなってもいいのか?お前はお前のためにおとなしく我々に捕まったあの二匹を見捨てるのか?私の側にいればあの二匹の近くに居ることができるぞ。」
からかうように告げられた言葉。
悔しい。悔しいけどシュリとシュロを見捨てることができない私は男の言葉に従うしかなくて。でも、この男の思惑通りにことを運ばれるのは気に入らなくて。
抵抗をやめた私を満足そうに見つめる男の顔がムカついたので渾身の力でもって頭突きをかましてやった。
痛む額と揺れる視界。
次の瞬間落下した衝撃に全身が悲鳴をあげた。
痛い・・・
でもざまーみろ。
額を押さえてうずくまる男を視線の端にとらえ達成感に酔いしれながら私の意識は薄れていった。