六、自己紹介は豪快にいこうよ!な!
主な登場人物
・藤谷 鷹太郎
・紅亜
・藤谷 美虎
紅亜が丁度ホットケーキの最後の一切れを口にした頃、リビングの戸が開き、おぼつかない足取りの美虎が入ってきた。
目が死んだ魚みたくなってるな。だが心配する気は毛頭ない。いつも俺ばかり肉体的に痛い目にあってるんだ。今度はお前が精神的に苦しめばいい。
「に、兄さぁん……」
「なんだ」
口調が元に戻っている。よかった、怒ってはいないらしい。
「さっきの本当なんですかぁ?」
「あぁ、今度は本当だ。こんな見目麗しい子は世界中探してもここにしかいないからな」
そういえば、紅亜にはまだ「お前、俺の彼女の振りしてくれー」って言ってなかった。……やばいんじゃないか、それは。
俺はできるだけ自然に視線を美虎から目の前にくつろぐ紅亜へと泳がせる。目が合う。だが、当然だけど俺の意思は伝わっていない様子。まぁ、聞かれたときに適当にあわせてくれればいいんだけど。
「そうですかぁ……兄さんの、彼女さん……かわいいですねぇ」
顔を綻ばせる美虎。これには驚いた。美虎のことだから「この泥棒ネコぉ~」とか言うと思ったのに。いや、そう言わない方が嬉しいのだけど……なんだろう、寂しいなぁ……。
美虎の視線に居心地が悪いように身をよじる紅亜。背丈は少し美虎の方が大きいようだが、一体この子はいくつなんだろう。
「さきほどはご迷惑をおかけしましたぁ。ではぁ、みんなで自己紹介しましょ~」
俺の考えを代弁するように、そう告げるゆったりのったり口調。合コンみたいだな。いややったことないけど。
「いえーい!」
いやお前も乗るんかい紅亜。一応ツッコんでしまったが、俺も
「いやぁっほー!」
と二人に乗ってみた。我ながら恥ずかしい。てかなんだこれ。
「……兄さん、そんなキャラでしたっけぇ? ふふ、たまにかわいいですよねぇ~」
妹に少しひかれた。い、いや、結果オーライだ。早く兄離れさせるんだ。
「ではぁ、わたしからでいいですかぁ?」
否定する理由はなし。紅亜を見てみるが、あちらはどうやって自己紹介するか考え中のようだ。
「わたしはぁ、藤谷 美虎っていいますぅ。職業は兄さんの妹ですぅ。趣味は兄さんにプロレス技を極めることでぇす」
そんなプロフィールを持つ妹はこの世におそらく存在しません。
あとなんで照れてんだよ。照れる要素一つもないだろ。
「ではぁ、次どぉ~ぞぉ」
美虎がにっこり笑顔をこちらへ向けたので、俺の番だなと悟る。
「えぇー、藤谷 鷹太郎です。よく鷹太郎の鷹という字をそのまま読まれて、たかたろうと呼ばれますが、正しくはようたろうです。お間違いがないようお願いします」
これについては思うことがあった。小学生の頃の卒業式に、校長先生から卒業証書を受け取る際「君のことは忘れないよ、たかたろう君」と背中を叩かれたのを覚えている。
すいません、忘れない以前に詐称があるんですけど。
「兄さん、かっこいいですぅ~」
ぱちぱちと拍手をもらう。え、なんで? まぁ素直に嬉しいからいいか。
ふと紅亜の反応も気になって、チラッとそちらを横目で伺う。
「鷹太郎……鷹……たか……」
すると、そのやや幼げな顔つきに似合わない思案顔をしていた。そんなに俺の名前に感銘を受けたか。照れるなぁ、はっはっは。
「ではぁ、趣味や好きな食べ物などもお願いしまぁす」
本当になんなんだこれは。俺も乗ったけど。
「趣味はー……読書かな。好きな食べ物はコカ・コーラです」
「おおぅ、兄さんクールですねぇ~!」
いや、そこは「食べ物って言ってるのになんで飲み物言うんですかぁ!」っていう王道なツッコミが欲しかったんだけどな。
紅亜もまだ思案中のようで下を向いてるし。
「あとぉ、嘘ついちゃぁいけませんよぉ?兄さんの趣味は妹いじり、好きな食べ物は妹の下着ですよぉ」
「俺はそんな変態じゃねぇ!」
勝手に俺のプロフィールを偽造してんじゃねえよ!
「あぁ、間違えましたねぇ、すいません。趣味は妹のプロレス技を受ける事、好きな食べ物は妹ですよねぇ。ふふ」
「本当に食べてやろうか、お前」
「やん、兄さんのえっちぃ~」
「そっちの食べるじゃねぇー!」
だめだ、またいつもどおり妹の罠にはまってしまった。
「分かったから、次いけ、次」
「認めるんでしたらもっとわたしと仲良くしてくださぁい」
「認めてねぇよ!」
「むぅ……仕方ありませんねぇ。では、最後にお願いしますぅ」
美虎は俺の隣の椅子に座り、紅亜に自己紹介するように促す。
まだなにか考えている様子がひっかかったが、すぐに笑顔を見せて自己紹介をはじめた。
「ぱん……あたしは、えーと……く、紅亜です」
「クレア、というのは、どちらの方でしょうかぁ?」
姓か名前か、ということだろう。
「あ、下の方で……う、上がぁー……ふっ、藤谷です?」
なぜに藤谷にした紅亜。あと自分で言っといて疑問形にするなよ。
「藤谷……ま、まさかぁ!」
そこで妹が異様なオーバーリアクションを見せる。おぉ凄い、ちょいブロンドの髪が静電気を帯びているみたいにびりびり鳴いている。
「くっ、紅亜さん、いくつですかぁ!?」
「え?あたしは13の歳だよ」
「ほ……ならいいですぅ……紅亜ちゃん、だったんですねぇ」
安堵の色を顔に浮かべる美虎。だが、話の流れがまったく見えない。
そんな呆けた俺の表情を察したらしく、
「つまりですねぇ」
と切り出す。
「紅亜ちゃんと兄さんがぁ、もう結婚してるのかなぁと思ってぇ……でも、13歳ってことは、中学2年生ぐらいでしょぅ?このまま歳をとっていけば、あたしの方が1つ歳上だから、先に16歳になって、兄さんと結婚できますぅ……ざまぁみやがれぇ、紅亜ちゃん~」
あぁ、だからさっき紅亜が彼女だと確定された時でも、余裕な表情を見せていたのか。まぁ、見た感じで歳上か歳下かは判断できるよな。……ってそれなら自分より年下っぽい子がよく自分より年上の兄貴と付き合ってると思ったな。
「って、いやまておい。つまりお前が言いたいのは、16歳になったら紅亜より先に俺と結婚して、紅亜と俺を結婚させないようにする、ってことか?」
「お前じゃなくて、ハニーでしょぉ」
「いろいろと間違いがあるな。まずお前と俺は兄妹だから……」
と抗議をはじめようとしたそのとき、テーブルを挟んだ向こう側から、かすかな寝息が聞こえてきた。そちらへ顔を向けると、紅亜がテーブルの上で腕を組み、その上に顔を埋め突っ伏していた。
「なぁ、寝たぞ。起こすか?」
相手に聞こえる最小限の声で問う。
「紅亜ちゃんはぁ、家は近いのですかぁ?」
小さな声でもゆったりした口調なのか。
「いや、めっちゃ遠い。ここまで来るのに4時間かかったらしい」
家が近いと言って「じゃあ送ってきてください」っていう展開にされると困るので、適当な言葉を並べる。送ってきてといわれても、どこに送ればいいかわからんし。
「じゃあ、今日は泊まっていってもらいましょぉ。ベットに寝かせますよぉ」
この時ばかりは、妹がとても優しくて綺麗に見えた俺なのでした。
まどろむ状態の紅亜に軽く歯磨きさせ、両親の寝室の大きなダブルベットへ寝かせる。一応その傍に妹の服を着替えとして置き、俺は自分の部屋に戻る事にした。風呂は面倒だから、明日の朝シャワーでも浴びればいいか。
自分の部屋の扉が無い事に多少ひきつつ、俺はベットの上へダイビングする。やっぱり春はいい。暑くもなく、寒くもない、丁度良い空気。
が、俺はすぐさま隣の違和感の存在に気づいた。そこが自分のベットの上とでも言うように、美虎が寝ていたのだ。まぁ、寝ている分なら支障も死傷もないと開き直って、大して気にするふりはなく、俺もすぐ眠りにおちた。
「波乱万丈」な日々のスタートは、明日にせまっていた。