五、動物集会なんてかわいいもんがあるのか・・・
主な登場人物
・藤谷 鷹太郎
・紅亜
・藤谷 美虎
あの後、結局俺がホットケーキを作ってやることになった。
ホットケーキの元を作成している最中、朱色の着物を着た女の子は何度も
「お母さんと同じ作り方したのに……なんで……なんで失敗……」
と涙混じりにつぶやいていた。
「なら、お前はまずなんでホットケーキを焼いてたんだよ。さっき食べたろ」
「あれは回復を促進させるためだけのものなの。それにパンダに変化してる状態でなにか食べても、全然お腹いっぱいにならないし」
まぁ、パンダだしな。しかもジャイアントの方。
「そうかいそうかい。つかそもそも、何で人の家で作ろうとしたんだ。自分の家でやれよ」
女の子は着物の袖を引っ張って、遠くを見つめるように言った。
「家には、もう帰れないの」
帰れない……とは、どちらの意味を指すのだろうか。家が無いから、という意味で納得すればいいのか、ワケあって家出してきたから、という意味で解釈すればいいのか。
「家出少女?」
とりあえず軽い口調で聞いてみる。女の子は少し顎を引き、肯定の意を見せた。
「……ちょっと長くなるけど、聞いてくれる?」
「あ、まぁ」
何気なく言ったけど、当たっちゃったよ。俺は出来上がったホットケーキを持って、食卓へと運んぶ。夕飯にホットケーキというのもどうかと考えてしまうが、仕方が無い。いつも飯を作ってくれてる妹は上の階でのびているのだ。
自然な流れでパンダの女の子は食卓の前の椅子に腰かけ、俺はテーブルを挟んで向かいの椅子に座る。女の子の前にホットケーキを置くと、しばし目を輝かせたが、その光はすぐに隠れてしまった。
「そういば名前。まだ聞いてなかったよね?」
女の子がハッとしたように目を見開いて言う。
そういえば、そうだな。というか、色々とタイミングが悪かったんだ。美虎のせいで。
「パンダは、パンダっていうの」
そりゃそうだろうな。一人称がパンダだから。
「でもそれ、本名なのか?」
女の子はうーん、とかわいく首をかしげて考える素振り。
「もともとの名前は、大熊猫の紅亜って名前。パンダっていうのは……一応偽名だよ」
ばっさりとした偽名だな。
「ターシュンマオ……まぁよく分からんけど、名前を隠さなきゃいけない理由でも……」
と言いかけて、すぐ口を噤んだ。俺は無神経に色々な事を聞きすぎだ。少しは自重しろ。この子にも知られたくないことがあるだろうし。
だが、紅亜はそれを気に咎めた様子もなく、
「それは、今から話すね……」
と先程より少しトーンの落ちた声で話し始めるのだった。
「パンダの家は、熊猫族っていう一族の血筋を継ぐ家系でね。その血を受け継ぐ人は、さっきのパンダ……あたしみたいに、おっきなパンダに変化することができるの。他にも、世界中にはそんなかんじに動物に変化したり、心を通わせたりすることができる人たちがたくさんいてね。みんな、変化できる動物や、心を通わせることができる動物ごとに、一族となって分かれてるの。例えば、あたしの一族の熊猫族はパンダにのみ変化することができて、獅子族っていう一族ではライオンにのみ変化することができる、みたいな」
そんな人間がいるのか。いや、目の前にいるけどさ、1人。もしかすると、動物園にも一匹ぐらい紛れ込んでいるんじゃないか?
「熊猫族、獅子族、蛇族、狐族……とにかくたくさんあってね。その一族の長、つまりリーダーの人たちが一年に一回集まって、一族同士で争いを起こさないように集会を開くの。動物集会だっけ?」
なんともかわいらしい集会だ。ぜひとも一回お邪魔したいね。
「けれど、その動物集会で事件が起こった。鳥類の力を持つ飛翔族という一族のリーダーが、その集会で他の一族のリーダーに攻撃をしかけたの。そのせいで、動物の力を持つ一族たちは平和を忘れて混乱に陥り、第二次動物大戦が始まった……」
「だ、第二次動物大戦?」
なんか最後ヒストリーっぽくなったけど。なんだ、動物大戦て。一応人間なんだろそいつら。
つか、第二次ってことは一もあったのか。
「そして今、その真っ最中なの」
「は?真っ最中?」
「そう。動物集会があったのが……一昨日。その日から始まったんだよ、第二次動物大戦」
壁に掛けてあるカレンダーを見ながら紅亜はそう答える。
けっこう最近じゃねぇか。俺達が知らないところで、色々忙しいんだな。
俺は自分のホットケーキの最後の一切れを口の中に放り込む。パンだけじゃキツイかな、夜は。いや、今それはどうでもいい。
「つまりは混乱なの。飛翔族のリーダーを倒してしまえば、この動物同士の戦争は終わるはず。そこで、あたしはリーダーを倒すために、飛翔族と戦いに行くって家族に言ったの。そしたら、猛反発されちゃって。みんな、ほっとけばそのうち終わるから、って。そんなわけないのに。このままにしてたら、もっと混乱は大きくなっちゃうのに、誰も分かってくれなくて。お兄ちゃんなら、俺も一緒に行くよ、って言ってくれただろうなぁ……」
なんて頬を赤く蒸気させながら、何かを思い浮かべる様に天井を見上げる。
こいつもブラコンなのか。最近は増えてますのぉ、兄従者が。
にしても、この子、なかなかの度胸だな。動物に変幻自在の奴らに、自ら戦を申し込むなんてな。逃げ癖がややある俺がそんな状況に立たされていたら、普通に紅亜の家族に賛成してただろう。
感心してずっと見つめていると、それに気づいて紅亜が夢の世界から帰ってくる。
「と、とにかく、それで家族に反対されちゃったから、やけになって、あたしは熊猫族やめても戦いに行くからね!って言ったの。そしたら、お父さんに出てけ、もう二度と帰ってくるな、って怒鳴られて……うぅ」
唐突に泣き出す紅亜。いや、こんなとこでそんな号泣しないでくれ。
よしよしと子供をあやす様に頭を撫でてやると、「お、お兄ちゃんの方がもっと上手だったし」と突っぱねてきた。せっかくやってあげたのに。というか、撫で撫でするのに上手も下手もあるか。
「それでね。家出て、ちょっと歩いて、これからどうしようかなぁって考えてたら、突然殺気を感じて……パンダに変化した瞬間、お腹を切り刻まれて、しかも気絶させられて、気づいたら、ここの家の前で寝ていたの」
「よりにもよってなんで誘拐犯はこんなとこにパンダを捨てたんだか……」
見つけたのが俺じゃなくて一般人だったら、動物園に連行されるとこだったぞ。俺も動物病院に電話しようとしたし。
「で、話は変わるが、なんでお前は自分のことをパンダって偽名で呼んでるんだ?」
「熊猫族じゃなくなったんだから、もう大熊猫の紅亜って名前は捨てなきゃ、と思って……」
……こいつはなに言ってんだか。
「まぁ、お前が家出した理由は理解した。だけど、それは理解できない」
紅亜の目に疑問の色が浮かぶ。
「それ?」
「名前。別に捨てる必要ないんじゃないか?」
「……でも、お母さんとお父さんにつけてもらった名前だし……結果、二人とも裏切っちゃったから。二人だけじゃなくて、家族も、一族丸ごと。もう、誰もあたしの名前なんて呼んでくれないよ」
一つ溜息をつく。
「なら俺が紅亜って呼ばせてもらう。パンダなんて呼ぶのは違和感がありすぎるからな」
紅亜の目が、今日何度目か、見開かれる。その瞳には、今回ばかりは疑問も後悔も驚愕もなく、ただ、喜びが満ち溢れていた。
だがこの少女、どうやら素直じゃないらしく、
「それでもいいけど……うぅん」
と顔を赤らめ微妙な了解をしてきた。ツンデレ、ではないな。実際、簡単にデレすぎだ。
彼女は話に一区切りつけ、食事へと戻った。時間がたって硬くなってしまったホットケーキだったが、それでも笑みを零しながらおいしそうに食べていた。
「おい、そんなにメープルシロップ使うなよ。さっきまで半分以上あったのに、もう空っぽになりそうじゃねえか」
「いいじゃん別にー。はい、どばどばー」
「あーあ、それ……」
「うるさいなぁ。それ以上ぶつくさ言ったら首の骨以外全部折るよ」
「一応生かしてくれるんだな。首の骨だけ助けてくれるとは……」
「ちっ、ちがうもん!じゃあ変更!首の骨も折る!」
「俺を殺す気か!」
「首の骨以外全部折れてる時点で死んでるもん!」
そういえば、俺らなんか忘れてるなぁ……なんだったっけなぁ……。
ま、いいか。どうでもいいことだって、嫌な事だって、
忘れるのが一番だ。
あ、妹か。