十、40キロぐらいじゃない?
◇登場人物◇
・藤谷 鷹太郎
15歳。高校生。
・紅亜
13歳。熊猫族の少女。パンダに変化することができる。
・吾煉
年齢不明。獅子族の少年。ライオンに変化することができる。
・水紋上 珍彦
年齢不明。巨体。亀の甲羅を背負っている。
「……ここですね」
珍彦は見たところ何の変哲もない黒塗りの壁をコンコンと叩いてから、そう呟いた。
どうやらそこが、竜宮城内部の通路へと続く隠し扉となっているようだ。
「なかなか高度な魔術ですが……私の前では無意味ですよ」
そしてかっこいい一言。俺も一度は言ってみたいなぁ。
「準備はいいですね?」
珍彦は確かめるように、俺、紅亜、アレンの顔を順々に見つめる。
「おおぅ、またまたわくわくしてきたぜェェ」
睡眠によってものすごい速度で回復を遂げたアレンが、お得意の舌なめずりをする。
さっき戦ったばかりだというのに、まだ戦い足りないのか、こいつは。
「よーし! 早く帰ってホットケーキいっぱいたべるぞー!」
紅亜の方はすでに家に帰った後について考えていた。
「おし! がんば……」
「ではがんばりましょう、皆さん!」
おおい! そこは俺のセリフだろぉぉぉ!
あからさまに俺の気合いを込め(ようとし)た言葉を遮った珍彦を睨め付けながら、俺も「がんばるぞー」と小さな声で呟いた。……呟くしかなかった。
「さて、おふざけもここまでにして……」
ふざけてたんかい! なおタチが悪いわ!
「ではいきます……」
瞼を閉じ、珍彦は魔術の発動にかかる。紅亜が言うには、どうやらこの魔術も『結界操作施設』に侵入する際につかった《千歳式結界解除》と同じものらしい。
珍彦がカッと目を見開き壁に手の平をかざすと、扉の枠を縁取るように光の筋が走り、音もなく壁に四角い入口が現れた。
その先には、これぞ竜宮城といわんばかりの煌びやかで幅の広い通路が遥か先へと続いていた。
「うわぁ、綺麗……」
その光景に感嘆の声をもらす紅亜。
やっぱり竜宮城って綺麗なんだなーと、俺も入口の外から宝石がちりばめられた通路を見渡しながら呟く。
それと同時に、
竜宮城自体はこんなにも煌びやかだというのに、なぜ『結界操作施設』はこんな有様なんだ?
そういう疑問も浮かんできた。大袈裟かもしれないが、まるでこの施設だけ別世界のような印象を受ける。
それだけ、この施設とこの通路の差に、俺は驚いたのだ。
しばし感動しながら進行方向に見とれていた俺たちに、珍彦は含みのある笑みを浮かべながら通路へスッと足を出す。
その瞬間―――
けたたましいサイレンが鼓膜を振動させ、次いで「侵入者、侵入者、侵入者」と機械音の混じった音声が大音量で空間にこだました。
「警報です。いきましょう」
いたって冷静に珍彦はそう言うと、通路を走り出した。
俺たちもその背中を追うように、走り出す。
長く続く廊下をひた走ること数分。
いくら走れど姿を現さない……竜宮族。
深夜なのだから人気がないのは当然と言えば当然なのだが……それにしても、無警戒すぎやしないか?
と、その時ようやく、前方から敵の気配を帯びた音が聞こえてきた。
珍彦のたくましい甲羅から覗き込むようにして通路の先に視線をやると、なにやら軍隊のような…………って、なんだアレ!?
俺たちの視線の先、一直線の通路の反対側から、ものすごい量の兵隊たちがこちらに向けて全力疾走してきていた。
「あれは……無尽像ですね」
珍彦がぽつりと呟く。
「無尽像?」
「ええ。平たく言えば操り人形です。ゴーレムとも言いますね。思考能力は皆無ですが、戦闘についてはそこそこ優れているはずです。お気を付け下さい」
珍彦はそう忠告すると、突如歩みを止めた。どうやら、魔術の発動にかかるようだ。
紅亜も珍彦の横に並ぶと、瞼を閉じて精神集中の体制に入る。
「おらァ、いくぜェ鷹太郎!」
俺の頭をどつき、目にもとまらぬ速さで通路を駆け抜けるアレン。
あの数に単身で挑むとは、なかなかいい根性をお持ちの様で。
恐ろしい形相の珍彦に睨みつけられ、俺もしぶしぶ敵軍へ突進する。
遠目に見るかぎり……敵の数はおよそ30人ぐらいだな。
殺す気か。
「オレ様のォぉぉぉ……グレネードキィィィィック!!」
さっそくアレンが軍隊の中心へ空を駆けながら回し蹴りを叩き込む。それにより、いくつかの無尽像の首が弾け飛ぶ。こえぇぇ!!
首を失った無尽像だが、さすがは魔術による人形。なんてことないように手に持った銅の剣をアレンへ向けて振りかざす。
アレンはその剣を器用に避けると、その場で垂直に跳躍し、胴をくねらせて、再び兵たちを吹き飛ばすように空中回し蹴りをする。
ひとまずそれにより勢いの崩れた兵たちを、俺もとどめをさすように像の足を砕いて戦闘不能にさせていく。足がなければ、立ち上がることはできまい。
……いや! こいつら逆立ちしてきやがった! 下半身ないのにしぶとく逆立ちなんかしてきやがった!
俺は地面に崩れた無尽像の腕から剣をひったくり、乱暴に振り回しながら人形の軍勢の中を進んでいく。
「ってめっちゃ怖い!!」
よく見れば、無尽像達の顔はすべて同じ無表情。しかも皆おなじ顔。それがものすごい怖い!
というかそれ以前にみんな剣持ってるんだよ! アレンみたいな「オレ様超人」野郎なら一撃ぐらいなんとかなるかもしれないが、俺は違う! 生身なんだよ! しかもジャージだし! アレンはめっちゃ強固そうなボディアーマー装着してるけど、俺は生身なんだよッ!
半ば涙目になりながら銅の剣を振り回す俺を見て、アレンが戦闘の途中にも関わらず腹を抱えて笑い出した。
「新技、藤谷乱舞か! こりゃ傑作だなァ! ひゃッはッは!」
「い、いくらでも笑いやがれ! 生き残るためならなんだってするわ!」
俺はもう一本銅の剣を拾い上げ、回転しながら無尽像たちを蹴散らしていく。
後ろの方から聞こえた「し、新技……藤谷乱舞・双!!」という珍彦の発言を無視しながら。
アレンはアレンで脚と腕を器用に使いわけながら、無尽像達を再起不能になるまで潰していく。
圧倒的に、敵の数を減らしている―――
と、思ったのだが…………
「……おい、鷹太郎」
「……なんだよ」
アレンと背中を合わせながら、言葉を交わす。
アレンの言いたいことが、俺にもわかっていた。
「……減らねェな」
「……お前の無駄口がか?」
「ブチ殺すぞ」
「すんません」
呼吸を乱しながら、無尽像達を見まわす。
ただ今、絶賛囲まれ中。
みな剣をこちらへ向けて、じっと俺たちを見つめている。
「……今になッてやッと分かッたぜェ」
「……なにが」
「……無尽像」
「……ああ、無尽の像で、無尽像。しかも、無尽蔵って意味もかけられてるし」
「……おぅ」
そうなのだ。
倒しても倒しても、無尽像がどこからともなく湧いてくるのだ。むしろ、先程より増えているような気がする。
さすがのアレンも、ずっとずっと同じ力量で同じ行動パターンの敵を何人も倒し続けるのは「つまらない」らしく、飽きて膝をついていた。
「あーもッと強ぇ~のと戦いてェ~~~!!」
戦の猛者のようなことを叫びながらバンザイするアレン。
と、そこでようやく。
「鷹太郎さまー、アレンさまー、準備が整いましたー」
どこか拍子抜けした珍彦の低音が聞こえてきた。
「……いくかァ。面倒だが」
「…………そうだな」
立ち上がり、今一度あたりを見渡す。
どこもかしこも、無表情な、顔、顔、顔。
……奇怪な。
俺は重い腕をひきずるように前へつきだし、銅剣を持ち上げる。
が、その腕をそっとアレンが制す。
その瞳が、こう語っていた。
―――オレ様に、マカセロ
……お前の瞳を信じるとロクな事にならない気がするんだけど。
だが、確かに他に頼るべきものもないので、俺は素直に頷き、銅の剣を床へ放り出す。
するとアレンはさわやかに「ハハッ」と笑い、首を捻る。
……そして、思いっきり息を吸い……
「そこどけやクズ共ぉぉぉぉぉぉおお―――――――――――!!」
叫んだ。
…………叫んだ、だけでした。
『ぶっ殺せぇぇぇぇぇ!!』
「えぇ!? こいつら喋るのかよ!」
俺とアレンを囲んでいた無尽像たちが各々その無表情に似つかわしくない叫び声をあげ、銅剣を振りかざしてきた!
すると今度こそ、アレンが不敵な笑みを浮かべ、俺にジェスチャーで「伏せろ」とおくる。
「面倒だが……変化すッかァ」
変化?……変化!
そうだ、その存在をすっかり忘れていた。
あまりにもアレンが人間の姿のまま戦い慣れしすぎているせいで、もともとのこいつの能力がすっぽり頭からぬけていたぞ……。
アレンは宣告通り、視界を奪う程の量の漆黒の煙に包まれたかと思うと、立派な獅子の姿でその場に登場してみせた。
背中にまで達する立派な鬣。赤みがかった黄褐色の毛の中に映える、鋭い牙。
4メートルはあろうかというほどの巨体を揺らしながら、獅子は床を引っ掻きながら無尽像達を威嚇する。
その迫力に気圧され、人形達は思わず後ずさる。
「フン、さッさと片付けるぜェ」
アレンはさっと身を翻したかと思うと、その場から姿を消し―――
「《旋風鬣ッ》」
次の瞬間、俺たちを取り囲んでいた人形達が、一瞬にして、一斉に床へ崩れ落ちた。
みな、粉々になっているが……お前は一体なにをしたんだ、アレン。
「オレ様が本気だしゃァ、こンなもンよ!」
再び人間に戻ったアレンが自慢げに鼻を擦りながら、黒い煙の中から姿を現す。
……こんなに強いなら、最初から本気だせばいいのに。
「……まぁいいか。残りの無尽像はアイツらに任せよう」
俺たちはすばやく敵軍の中心から姿をくらまし、珍彦と紅亜の後ろへとまわる。
「……遅いですよ? もう来ないのかと思いました」
「……すんません」
ややトゲを感じる珍彦の言葉に頭を下げ、巻き込まれないように後ろへ下がる。
それを見計らったように、両者は体を寄せ合い、呪文を発動させる。
「《千歳式・神折術》」
きたるべき轟音と震動に身を備え、俺はとっさに耳を塞ぎ、頭を抱える。
が―――
「……なにしてんの、鷹太郎?」
気づけば、頭の上から聞き慣れた声。びっくりして顔をあげる。
「あれ、紅亜……術は?」
「術? 術がどうしたの?」
「いやいや、術、発動しないの?」
すると、紅亜が変なモノを見るような目でこちらを見下ろしてきた。失敬な。
「もう発動したよ?」
「えっ? でも……」
「ほら」
紅亜が指さした方向を見据えると、先程まで元気に動き回っていた無尽像たちが、みな糸が切れた操り人形のようにぐったりと地面に転がっていた。
「……てっきりものすごいビームとかで敵を一掃すると思ってたんだけど……」
「そんなことしても、無尽像たちには意味ないよ。みんな人形だからね」
紅亜の説明に、珍彦がものごっつ険しい表情で補足する。
「なので、無尽像に宿る《遠隔操作》の呪術を全て解除しました。そちらの方が、とても効率的でしょう?」
差し伸べられた紅亜の小さな手のひらを握り、立ち上がる。
廊下はまだまだ先へと続いているようだ。
「……で、この廊下ってどこまで続いてんだろうな」
気が遠くなりつつある俺。
「さァ?」
他人事のように首をかしげるアレン。
「40キロぐらいじゃない?」
数字が苦手な紅亜。こいつバカだ。
「5キロです」
「マジで!?」
紅亜とまではいかないがなかなか現実味のない数字を告げる珍彦。
「はぁ……行くか」
「はいっ、そうですね♪」
「なんでお前上機嫌なんだよっ!」
「だったらなんで鷹太郎様もリーダー面しているのですか。リーダーは私ですよ」
「器ちっちぇコイツ!」
おそらく、俺たちのいるここはまだ竜宮城1階なのだが……。
何階まであるんだろうね、この城。……はは。