二、ホットケーキはシロップどばどばで!
主な登場人物
・藤谷 鷹太郎
・パンダ?
質問。なぜ俺は今、ホットケーキを焼いているのだろうか。
回答。理由は簡単。パンダにホットケーキを喰わせろと脅迫されたからだ。
へぇ、パンダって人語を理解するんだ~……って、んなワケないだろ。なんであのパンダは人の言葉を話しているんだ?普通、話すとしても「動物語」やら「大熊猫語」とかあるだろ、パンダの話すべき言葉が。
「おっと、焦げちまう」
ホットケーキをひっくり返す。おし、なかなか良い出来栄えだ。
俺は白い皿にホットケーキを3枚移し、その上からメープルシロップを言われた通りどばどばとかける。
それを持って、玄関を出た先のパンダの元へ運ぶ。ナイフやフォークはいらないだろう。あんな細かい作業が苦手そうな手に、この代物を使えるとは到底思えない。
「ほら、お待たせ」
パンダのあぐらをかいている足の前に、皿を置いてやる。するとどうだろうか。パンダは不思議そうな眼差しでこちらを見上げてくる。なんだ、メープルシロップが足りなかったのか?
「ねぇ、喧嘩売ってるの?」
「あ、悪い悪い。今持ってくるから」
予想的中、もっとシロップが必要だったらしい。お前はどこぞの黄色い熊さんか。いや、あの熊さんの大好物は蜂蜜だったか。
再び俺はメープルシロップを持ってパンダの元に帰還する。だが、なぜかパンダはまだ納得がいっていない顔つきだった。というか、妙に人間じみた表情するなぁ、お前は。
「これでも足りないなら、スーパーまで買いに行くしかないんだけど」
パンダの眼前でメープルシロップの入ったビンを振る。中身は半分以上残っているから、大丈夫だとは思うけど。
「は?何言ってるの?」
首を傾げるパンダ。
「パンダが言ってるのは、ホットケーキを食べるための物だよ?」
かわいらしい女の子の声で、そう訴えてくる。
「お前、ナイフとフォーク使えんのか?」
パンダは胸をドンと叩き、
「当たり前でしょー。パンダを誰だと思ってるの?」
「パンダだろ」
「うん、パンダ……今はパンダ?だけど、そっ、そこはボケようよ」
いや、パンダだからナイフとフォークが使えないと思ったんだけど。
俺は仕方なくリビングへ引き返し、ナイフとフォークを持って外へ戻る。何度目だよ、これ。
「ほらよ」
ホットケーキの乗った皿の横にその二つを置いてやって、そこからはどんな風に食べるのか観察することにした。
「はい、いただきまぁーす」
パンダは目を輝かせながら、人間の様に胸の前で手を合わせ、頭を下げた。動物のくせに、随分と礼儀作法がしっかりと身についているな、こいつ。
それもそれで問題だったが、本当の問題はここからだった。
こいつ、俺が持ってきたナイフとフォークを完全に無視して、素手で食べやがった!
「うん、なかなか……でも、やっぱりお母さんのやつの方がおいしいなぁ」
お前のお母さん、ホットケーキ作れんの?そりゃ大変。「天才親子パンダ」としてTVに引っ張りだこだな。
じゃなくて!
「ナイフとフォーク、必要ねぇじゃんかよ!」
「え、なんで?」
質問の意味が分からない、といった様子でこちらを見つめるパンダ。
「ちゃんと使ってるよ?ここにあるだけで、なんか安心するの」
「お守りかよ。それは元々気休めの為に存在するものじゃないぞ」
「わ、分かってるもん……ただ、こんな手じゃ使えないでしょ」
シロップでべとべとになった手をこちらへ向けてくる。こら、触ろうとするな。
約2分後には、皿の上にあったホットケーキは消失していた。というか、食べられていた。
早すぎだろ。あんな分厚くて食べ応えのあるものを三枚、こんな短時間で食べ終えるなんて。
「さすが、動ぶ……つ……」
だが、感心と呆れの入り混じったその言葉を、俺は驚きで最後まで言えなかった。
顔をあげてパンダの腹が目に入った。それはいいのだが。
いつのまにか、土と血で黒く汚れていた腹が、傷ひとつなく真っ白な毛に覆われたものになっていたのだ。
「お、おい、お前、腹の……」
声をかけると、気だるそうに可愛い顔をこちらへ向けてくる。
「今?お腹いっぱいだよぉ……」
「違う。お前、腹の傷はどうした?」
そう問うと、パンダは自分の腹を一瞥してから、
「ん?ホットケーキ食べて治ったけど?」
当たり前のようにそう言い放った。
「お前の怪我はホットケーキを食べただけ治るのか。便利すぎんだろ」
俺はパンダを馬鹿にするように見下ろす。RPGの主人公じゃあるまいし。
「なっ、なにその顔!嘘じゃないもん!ほら、触ってみてよ」
自分の腹をぽんぽん叩き、「触ってみろ」と催促する。
疑うだけでは仕方が無いので、そっと手を伸ばして、パンダの腹に触れてみる。
……マジだ。本当に傷が消えてる。どんなトリックだよ。ホットケーキトリック?
「あぅ……そんなに撫で回さないでよ……」
パンダが腹触られたぐらいでなんで照れてんだよ。本当に人間じみている。
「にしても、ホットケーキ食べて傷が治るって。パンダも素晴らしい能力持っているんだな」
まだ信じきってはいないが、一応賞賛しておく。
「正確には、パンダはパンダじゃないんだけどね」
……え?
さらっと今までの会話を流す言葉を言ったぞ、こいつ。
「いや、パンダだろ。あきらかパンダじゃん。どっからどう見てもパンダじゃん」
「じゃあ君の知ってるパンダって、人間の言葉話すの?」
「それは、話しているところはみたことないけど」
「じゃあ君の知ってるパンダって、こんなところを当たり前のように徘徊しているの?」
「……まぁ、見た事ないけど」
「じゃあ君の知ってるパンダって、ホットケーキ食べてどんな傷でも治るの?」
「……そんなパンダがいたら、見てみたいよ……」
目の前にいるけど。
「それなら、お前は一体何者なんだよ。着ぐるみなのか、それ」
パンダは腕を組み、少々考える素振りを見せて、
「それを聞いちゃったら、君も巻き込むことになるけど……それでもいいの?」
と、質問返しをしてきた。巻き込む?巻きこむって、何に?
「別にいいけど。こんなとこでパンダにホットケーキ作ってそれで終わりなんて、つまらないだろ」
「ほんとにいいの?」
もったいぶる様に再度問いかけてくるパンダ……じゃないのか?
「いいって。どんなことでもつまらないよりはマシだ」
「ふぅん……分かった。ありがとね」
その時だけは、パンダの笑顔が異様に見えてしまった。
なんだ、この不気味なオーラは。俺、踏み込んではいけない所に……
「実はパンダね~……人間なんだ!」
踏み込んでしまった、と。今更ながら気づいたのだった。
遅ぇよ、俺。