三、土臭い焦げよりは役にたつからね!
登場人物
・藤谷 鷹太郎
・紅亜
・吾煉
・水紋上 珍彦
「失敬失敬、準備に手間がかかりましてね。お待たせしました。ではこれからさっそく……と、その前に」
珍彦は首をかしげている紅亜に顔を向ける。
「初めまして、大熊猫の紅亜様。話には聞いていたと思いますが、私が甲羅族の水紋上 珍彦という者です。この度は婚約者奪還計画にご参加いただき、有難うございました」
まるでパーティーの司会者の様な口ぶりで珍彦はそう言うと、今度はアレンの方に顔を向ける。
「あなたが獅子族の吾煉様ですね。先程はうちの一族の者が大変お世話になりました」
「別に世話なんかしてねェよ。ンなことより、早くその奪還計画とやらの説明をしろよ」
「―――そうですね。では、これから計画内容をお話します」
そう告げると、珍彦は着物の懐から今朝と同じメモ帳を取り出し、軽快にページをめくる。
ちなみにこいつの服装は朝みた時と変わらず、竜胆色の着物に腰に刀、背中に亀の甲羅といった一箇所というか全体が不自然極まりない格好だった。
ふと、珍彦があるページで手を止める。
「―――みなさんは、竜宮城をご存知でしょうか」
竜宮城。昔話でなら聞いたことはあるが……
「もしかして、実在したりして?」
「当然です。でなければこんな質問はしません。鷹太郎様は馬鹿ですね」
馬鹿ですよ、今更気づきましたか。と自嘲気味にぼやく自分。
「竜宮城っていやァ、確か竜宮族の本拠地だろ。あの、海の中にあるっていう」
「えっ、それホントウだったの?」
紅亜が目を見開いて驚く。
「ええ、事実です。竜宮族が根城とする竜宮城は、海の中、それもかなり深い所に特殊な結界を張って存在しています。今回は、そこで計画の大体的な内容を遂行することになります」
……ということは、つまり。
「もしかして、亀の背中に乗って……」
「残念ながら」
「……むっかし~むっかし~うっらしっまは~」
「残念ながら」
「…………」
もしかしたら、もしかすると、亀の背中に乗って竜宮城行っちゃったりするのかな~なんて考えたけど―――物理的に……無理だよね。
アレンはがっかりしている俺の背中を励ますように叩きながら、
「ンなら、どうやってその城に行くンだ?」
と珍彦に問いた。
「そう、そこが今回の重点です。先程も申したとおり、竜宮城の周りには特殊な結界が張られております。その結界を無効化するために、ここで紅亜様にお力を貸していただきます」
「あたし?」
「はい。紅亜様の《鈴音式魔術)と、私の《千歳式魔術》を組み合わせ、竜宮城の結界を一瞬だけ無効化、それと同時に術を利用できない鷹太郎様と吾煉様を竜宮城内部に転送させます」
ちょいちょいひっかかる物言いだな、ほんとに。
「人間を転送って、そんなことできるの?」
珍彦はやはり険しい表情は崩さず、小さく頷く。
「二人の力を合わせれば可能です。……では次に、竜宮城内でのお二人の行動についてお話します。私の予想通りなら、おそらくお二人が転送されるのは竜宮城中心部の『結界操作施設』のあたりになると思われます。そこで結界を張っている輩が数人いると思うので、そいつらを殺っちゃってください。そうすれば竜宮城の周りの結界が解けると思うので、私たちも術で竜宮城へ移動します。そこからは私が指示をだしながら、各自行動をとってもらいます。いいですか?」
俺、アレン、紅亜は顔を見合わせてから、静かに頷く。
その光景に満足そうに口元を歪めながら、珍彦はメモ帳を懐におさめた。
……あれ?なんか忘れているような…………ああ!
「ちょ、ちょっと待て!」
「?どしたの鷹太郎」
たった今、珍彦の話の大事なところを受け流していたことに気づく。
「珍彦、お前さっき『結界を張ってる奴を殺っちゃってください』って言ったけどよ」
「はい、いいましたが?」
「何度もなんども言い飽きたが、俺は変化も魔術も使えないんだよ!どうやってそいつらと戦えっていうんだ!」
「あぁ、そのことでしたら―――」
と、大男は俺の体を指さした。……いや、俺の来ているジャージを示しているようだ。
「あなたの着用しているその武装。名を……いえ、名は分かりません。……その武装は、異能者ではない人間にのみ力を分け与える、特殊な武装なのです。現に今、私の目にはあなたの体からとてつもない力が溢れ出ているように見えます。違いますか?」
「……お前はそこらへんにいる似非占い師かよ」
まぁ、そう言いつつも、自分の体に並々ならぬ力が漲っているのは事実だ。
―――いや、確かに漲ってはいるんだけど……
「どうかしましたか?」
俺の思案顔に疑問を抱いたらしい珍彦が、俺の顔をのぞき込んでくる。
「確かに、『力』が体の中から湧いてくる感覚はある。あるんだけど……なんていうか、その『力』が全身にいき渡っていないような感じがするんだよなぁ……」
「あぁ、それはそうでしょう」
あっさり肯定するんかい。
「その武装は、着用者の体の原動力となるところ……つまり『心臓』から『力』を発生させ、その『力』を操ることで初めて意味を成す代物ですから」
「へェ、面白そうだな」
アレンが興味津々とばかりに俺と珍彦の間に顔をつっこむ。
「例えば、鷹太郎様が『力』の発生源から『力』を右腕に送り、溜め込んでから誰かを殴れば……そうですね、成人男性でも楽々と殺せてしまうでしょう。ですから、操るのにはかなりの技量と才能が必要となります」
「ら……楽々と、殺せる?」
この武装は、そんな危険な物だったのか。たったさっきまでこの武装を着てはしゃいでいた自分が急に恐ろしくなった。
一気に血の気が引いた俺の表情を察してか、珍彦は険しい表情を柔らかい微笑みに変える。笑えるならその怒っているようないつもの表情はやめてほしい。
「安心してください、鷹太郎様。私は、その技量と才能が鷹太郎様にあると見込んで、あなたをこの計画に勧誘したのです。先程行った言葉を忘れたのですか?」
俺の願い叶わず、再び珍彦は眉をひそめ険しい表情をつくる。
「鷹太郎様は、間違いなく、このなかで一番の逸材ですから」
ゆっくりと俺に言い聞かせるように言った珍彦のその言葉に、思いの外、他の2人がむっとする。
「さっきも言おうとしたが、ホントなに言ってンだよあんちゃンよォ。こン中で一番の逸材はオレだろォ?」
「あっ、あたしも、格闘とかは全然得意じゃないけど、そこの土臭い焦げよりは役に立つからね!」
「土臭ェ焦げッてなんじゃこのアマ! しばくぞ!」
「しばかれる前にしばくからいいもん!」
「ンならオレはしばかれる前にしばかれる前にしばいてやらァ!」
「だったらあたしは、しばかれる前にしばかれる前にしばっ……かれる前にしばくからいいもん!」
そんな二人のわけの分からない小競り合いを眺めて、珍彦が満足気に頷く。というか、紅亜噛んだな。
「その調子でお願いします。あと、鷹太郎様の『力』の操作については……あー、ま、実戦で習得してください」
こいつめんどくさがって説明省きやがった!
「別に今回は相手に躊躇する理由もありませんので、存分に力を使ってみてもいいと思いますよ。まぁ、殺さない程度にですけどね……と、時間もありませんので、そろそろ出発しましょうか」
珍彦は腰の帯を整えると、背中の甲羅を見せつけるようにさっと身を翻して、窓の縁に足をかける。あ、やっぱり窓から行くんだ。
「では、私についてきてくださいね」
その言葉と共に、俺たちは婚約者奪還計画に身を乗り出すのだった。