二、まァ、色々となァ
主な登場人物
・藤谷 鷹太郎 ・藤谷 美虎
・紅亜
・望月 典馬 ・笠井 蛍冴
・吾煉 ・水紋上 珍彦
「分かった、その計画に協力する。……だから、妹だけは巻き込まないでくれ」
迷うことなく、俺は珍彦の二度目のお願いを受け入れた。家族を人質にとられたら、抗うすべなんてどこにもない。
珍彦は「承知しました」と頭を下げる。
「ではお客様もいるようですので、詳しいことはまたの機会にしましょう。なるべく早くお迎えにあがりますので、その間、しばしお待ちください。では……」
そう告げてもう一度頭をわずかに下げると、珍彦はアレンの横を通り過ぎ、帰っていってしまった。
その様子を訳も分からず眺めていたアレンは、去りゆく珍彦の背中を見つめるばかり。無理もないだろう。俺だって訳が分からない。
◇ ◇ ◇
いきなりの訪問者に頭が混乱していたせいか、きづけば太陽が沈みゆく時間になっていた。
あの後、望月と笠井が家に来たのは覚えているが、どんな話をしたのか覚えていない。
まぁともかく、美虎が何事も無かったかのように無事に帰ってきたことには安心した。それだけで今は十分だ。
唐突に、ドアをノックする音が部屋の静寂をやぶった。
「鷹太郎、いる?」
紅亜のようだ。いつのまに帰ってきたのだろうか。俺が短い返事をすると、ドアを控えめに開け、顔をちょこっとのぞかせた。
「なんだ?」
「ホットケーキ食べたいの」
「……もうすぐ夕飯だぞ」
「甘いものは別腹だもん」
「……」
やれやれ、と腰を上げ、俺は自室を出る。
……そういやこいつ、暴飲暴食パンダだったな。
「あら、兄さぁん。どうしましたぁ~?」
リビングルームに入ると、美虎が雑誌を広げてソファに座ったまま、こちらに顔を向けてきた。
「紅亜がホットケーキ作ってくれって」
そう短く答えて俺はキッチンへ向かう。部屋を一通り見回すが、アレンの姿はない。
「美虎、アレンがどこ行ったか知らないか?」
「アレン君? アレン君ならぁ、たったさっき『用事があります』って言って出かけていきましたがぁ?」
「そうか……」
参ったな。珍彦って奴の事を話そうと思ったのに。
「何時頃帰るかは言ってなかったか?」
「いいえ~。ただ、とっても真面目な顔してましたからぁ、大事な用事じゃないでしょうかぁ」
「大事な用事……ね」
きっと今日中には帰ってくるだろうから、そしたら説明しよう。
俺はホットケーキを焼きながら、そんな風に考えるのだった。
だが予想に反して、アレンの奴はいつになっても帰ってこなかった。
すでに夜の11時をまわっている。いつもなら、あいつはこの時間寝ているはずだ。
寝る間も惜しんで行くほど、大事な用事だったのかもしれない。それか、出かけると言って二度とここに戻ってこないとか。
元々あいつがここにいる理由はない。ただ、美虎の召使いっていうか舎弟として扱うことを決めたら、本当にその判断に従ったのだ。
最初は、みんなが寝静まった後に俺を殺そうとしているのかもしれない、などと色んな心配をしていたが、一週間もたって何事もなかったということは、安心していいだろう。
だが反比例して、アレンに対しての疑問は増えるばかりだ。
なぜあいつは、俺を殺すことが戦争の終結だと考えた?
なぜあいつは、その当初の目的を無視して、俺を生かしている?
なぜあいつは、この家に停滞しているんだ?
疑問は増えることはあっても、減ることはない。アレンに聞いても、あいつは何一つ答えようとしないからな。
はぁ、とため息をもらしたところで、ふと自室の床の上に畳まれたあるものが目に入る。
紅と白に統一された、ジャージ。そう、ジャージだ。
確か約一週間前の夜、紅亜が『最強の武装』だの言って俺に見せてきたやつだ。いや、見せたっていうか、着たんだけどさ。
そういやあの時……いや、もしかすると今回も。
俺は丁寧にたたまれたそれを着用してみる。
するとどうだろうか。またあの時と同じく、背中に羽が生えたと錯覚するほどの感覚が。
「……すげぇ」
思わず感動の声を漏らす。やっぱり、このジャージにはすごい力があるんだ。紅亜は自分が着てもどうにもならなかった、って言ってたから、きっと変化の力をもたない人間限定で特殊な力が発動するんだろう。
軽く部屋の中をランニングしてると、これまた予想通り、テンションが上がってくる。ほんとなんなんだこのジャージ!素晴らしいな!
そんな感じでしばらく部屋の中をぐるぐると激走。これがまた楽しいのなんの。
と、そこで野性的かつ冷静な声をかけられる。
「おめェ、なにしてンだ……?」
ドアの付近で思いっきり苦い顔をしているアレンだった。
「何って、ちょっくらランニングだよ。いやぁ、いい汗かいた!」
そう言って俺は床にどっかりと腰を下ろす。
アレンもそれにつられるように、俺の前に座る。
「お前、どこいってたんだよ。大事な話があったのに」
「オレも、その大事な話とやらをしにきたンだよ」
「は?どういうことだ?」
今気づいたが、アレンはなにやらいつものボロ雑巾のような格好とは違った、いかにも戦闘服のようなものに身を包んでいた。
ということは……
「話は甲羅族の野郎に聞いた。熊猫の女を呼べ。伝えなきャならン事がある」
◇ ◇ ◇
俺はアレンに言われたとおり、すでに寝ていた紅亜をたたき起こし、自室へと引っ張っていった。
「んもぉ、なによ鷹太郎。せっかくぐっすりしてたのに~……」
「悪い。今度ホットケーキ作ってやるから」
アレンがな。
「……ンで、集まったな」
「おう」
「ふぇ?」
アレンは俺と紅亜の顔を交互に眺めてから、俺に視線を止める。
「まァさっきまでなンでいなかったかっていやァ、甲羅族の奴に話を聞きにいってたからだ」
「甲羅族……ってあの、珍彦とかいう奴のことか?」
「あー、ちげェと思う。俺が部屋で姉貴……姐さんとくつろいでたら、外にうざったいほどの気配を感じてなァ。追っかけたらあの野郎逃げたンだが、あっさり捕まってよォ。ンで、そいつから話を聞いてたってこったァ」
「だからって、なんでこんな遅くなるんだよ」
そう言うとアレンは目を泳がせ、
「まァ、色々となァ」
「またそれかよ。で、その装備は?」
俺はアレンのやたらかっこいい装備を指さす。
軍人が来てそうなボディアーマーを少しばかり改造したような、全体的に黒い印象の装備。
「《鈴音式物体移動術》とやらで、この女から召喚してもらったンだ」
「りんねしき?」
紅亜はまぶたを擦りながら、中指と親指をこすり合わせる仕草をする。
「あたしの一族に伝わる魔術のこと。ほら、今鷹太郎が着てるその武装を呼び出す時、鈴の音が鳴る指パッチンしたでしょ?あの時使った術が、《鈴音式物体移動術》なの」
「じゃあ、クマーク博士を召喚する時に使ったのも、その術なのか?」
「ううん。あの時使ったのは、《鈴音式召喚術》。簡単に言えば、霊的なモノは召喚術、それ意外は物体移動術でその場に呼び出すってこと」
……霊的って、クマーク博士は幽霊だったのか?
「ッと、話が逸れたな。鷹太郎、おめェオレらに話すことがあンだろ?オレは今オレ達がどンな状況におかれてンのかは分かってるつもりだが、そこの女はまだ知らねェんだろ?」
「あぁ、そうだな……」
アレンに促された俺は、今朝家に訪問してきた甲羅族の男について、全て紅亜に話した。
「……つまり、あたしたちもそのフィアンセだっかんケーカクに協力しなきゃいけない、ってこと?」
「そういうことだ。……悪いな。勝手に決めちまって」
「べ、べつに鷹太郎が悪いわけじゃないでしょ。美虎さんを人質にとられたらどうしようもないし……」
「そうだな。引き受けちまったもんは仕方がねェ」
そう言いながら舌なめずりをするアレン。早く暴れたくてうずうずしているようだ。
血の気のおおい奴だな、全く。
「で、問題なのはおめェだな、鷹太郎」
「……え、俺?」
「当たり前でしょ。鷹太郎は人間なんだよ。もし竜宮族の攻撃を受けたら、一発であの世逝きだよ!」
刹那、部屋に凛とした声が響く。
「心配いりません」
そちらに顔を向けると、案の定、例の男が佇んだいた。窓から入ってきたようだ。
……二階なのにな。
「鷹太郎様は……間違いなく、このなかで一番の逸材ですから」
そして一言、そう意味深な言葉を呟いたのだった。