十四、多重人格の少女
主な登場人物
・藤谷 鷹太郎 ・藤谷 美虎
・紅亜
・望月 典馬 ・笠井 蛍冴
・吾煉
「鷹太郎ぉ~……」
少女の少し艶っぽい声。少女特有の甘い香り。汚れのない白い肌の感触。それが、紅亜の体から直接伝わってくるのだ。
当然、胸の鼓動が急速に早まる。アレン戦の時よりも非常事態かもしれない。
「ど、どう、した紅亜」
いきなりの紅亜の豹変ぶりに、動揺して舌が上手にまわらない。
一体全体どうしたのか、全く状況が理解できない。何故いきなりデレデレしはじめるんだ。
いや、もしかしたら……。
最初から俺に惚れていて、それで、今になってやっとその素顔を現したとか……。
そんなしょうもない期待を胸に抱いた頃、突然寝室の扉が開け放たれる。
扉の外にいたのは、先程紅亜によって縄跳びの紐でぐるぐる巻きにされたアレンだった。
「おぅ、まだ真昼間だぜェ。そーいうのは夜からにしなァ」
アレンは性の悪い笑みでからかうように言ってくる。
「別にいつでもいいじゃん……」
真っ赤な顔で紅亜がそれに抗議。
「というか、誰なの?」
「アレンだよ。お前がさっき言ってた『茶色いの』だよ。最終的には『焦げ』になったけど」
アレンはその紅亜の態度を見て、「ほゥ」と喉を鳴らした。
「……その熊猫の女。『多重人格者』だな」
「は?多重人格者?」
なんか、いきなりとんでもない秘密がカミングアウトされたな。
多重人格者といえば……確か、一つの体にいくつもの人格をもった人の事じゃなかったか?
「雰囲気をよく見りゃ分かる。こいつ、そんなやっかいなやつだったのかよ……ちッ」
「?……なんで多重人格者だと厄介なんだよ」
やけにフレンドリーになったアレンにやや不信感を覚えつつ、俺は睨みをきかせながら問う。
「動物の力を持った『多重人格者』は、例外なく『最強』ッつわれるンだ。おめェ、神拳兄妹って知ってるか?」
「紅亜の兄妹のことだろ?」
「おう、そうだ。あの兄妹が『神拳』なんつー大層な名がつけられてんのは、その兄妹全員が『多重人格者』だからだ。話に聞いてたからまさかとは思ったがァ、こいつが本当にあの『紅亜』だったとはなァ」
しみじみといった様子でアレンは息をつく。話に聞いてた、というところに引っ掛かるが……まぁ、後で聞けばいいか。
俺は未だにひっついている紅亜に視線をやった。こんな小さな少女が、最強。
確かに、ここ数日の活躍を見れば、その事実には簡単に頷ける。
「並みの異能者が変化した動物より、多重人格者の異能者が変化した動物の方が、平均的な身体能力が上なンだ。……どおりで強ェはずだ」
紅亜が多重人格者。なるほど、それなら今までの突発的な行動にも納得できる。いきなりツンツンしたり、今のようにデレデレしたり。
「ま、そいつァまだ微妙な方だがな」
「微妙?」
「そいつの場合、多重人格者のなりかけ、ッつーかなァ。確かに多重人格は持ち合わせているンだが、そンなはっきりしたカンジじゃねェンだよ。あー……つまり、ただ感情の起伏が激しい程度で、まだ多重人格者になりきっていない、ッつーこッたァ」
アレンは上手く説明できない事にイライラするように、明るいブラウンの髪を掻き乱す。
「多重人格って、生まれつきのものだろ。お前の話だと、成長するにつれ多重人格者になっていくみたいに聞こえるんだけど」
「だからそーなンだよ。『異能者』はばっさり言ッちまえば、人間じゃねェんだ。そこいらにうじゃうじゃいる奴らとは体の作り自体が違うンだよ。オレらの場合、多重人格っていうのは生まれつきじゃなくて、成長するにつれ身につくものなンだ。分かッたか」
俺は静かに頷く。また、それか。普通の人間とは違う。普通じゃない。
動物に変化できる力があるくらいで、見た目はまるっきり人間なのに。
アレンは俺の感情を察してか、寂しげな声でこう呟いた。
「……変化できる時点で、人間じゃねェンだよ。異能の力は生まれ持った『才能』だ。それを活用しなけりゃ、オレらは人間でもなけりゃあ動物でもない、存在価値のないものになッちまうからな」
その言葉の後、はッ、らしくねェとアレンは笑い飛ばして、表情を性悪笑顔に戻した。
「ま、そーいうこッたァ。で、おめェに聞きてェコトがあるンだが」
「なんだ」
「オレ様の相棒、エマルノスはどこに居る? まさか、道端においてきたってこたァねェよな?」
「あー、あいつなら庭に放しているけど?」
そう言ってやるとアレンは安堵のため息を漏らし、縄で縛られた体でベットに飛び込んできた。
「ふィ、よかったぜェ。……で、オレ様の下僕達もそこにいンのか?」
「……下僕? 誰?」
「ティベル、ダウマージ、ルドルス、カドヴィラ、オルナクス。下僕達の名前だ」
……いや分かんねぇよ。なんだその怪物みたいな名前。
と、疑問に頭を悩ませていると、
「……ねえ、もしかしたら……」
紅亜が耳にささやきかけてきた。うわ、なんかくすぐったい。
だが、そんなささかな喜びも、次の言葉ですぐさま消え去ってしまった。
「……あたしが倒した、ライオンのこと……じゃないかな」
………………。
忘れてた。