十三、あ、間違った。どぅでぃーん倍!
主な登場人物
・藤谷 鷹太郎 ・藤谷 美虎
・紅亜
・望月 典馬 ・笠井 蛍冴
・吾煉
いきなり気絶したアレンをただただ見下ろしていると、後ろから少女の声がかかる。
「わお、死んでる」
いや死んでねぇよ。白目剥いてるだけだ。
「これ、どうする?」
まるで誤って人を殺した奴みたいに、俺は紅亜の顔に助けを求める。
「埋めるか、食べるか?」
「だから死んでないって。気絶しているだけだ。つかこれ食べれんのかよ、お前」
紅亜は不気味なほどの笑顔をこちらに向けると、
「火で炙らないと無理だけどねっ」
と言った。お前はどこの原住民族だ。
「ここに置いてくとまた襲いにきそうだしな……」
だからといって殺すのも俺には出来そうにない。それに、こいつになんで俺を狙っていたのかを聞かなければいけないし。
「じゃ、持って帰る?」
「……しか、ないだろうなぁ」
不本意だが仕方がない。家に着いたら縄で縛っておこう。
「で、こいつの方はどうしようか」
俺は隣に鎮座するグリフォンを指さした。
「わあ……昨日の変なライオンだぁ……」
少年のように目を輝かせながら、紅亜はグリフォンの頭に手を伸ばす。
が、グリフォンは嫌がるようにその手を避けて、一心に「触るな」と紅亜を睨みつけてくる。
「ライオンじゃない、グリフォンだ。上半身が鷹で、下半身がライオンの」
話を聞いていない。紅亜はグリフォンの体をまじまじと眺めている。
その頭にチョップをいれ、こちらを向かせる。
「あぅ~……いたぁ……あ、だめだ、頭蓋骨がもうだめだ。鷹太郎のせいだ~」
わざとらしく頭を押さえて痛がる紅亜。なんか小学生の女の子みたいで可愛いな。
……あ、違うよ? ロリコンじゃないからね? ロリコンは望月一人で間に合ってるから。
「……こいつも家に連れてくか」
俺はグリフォンの頭に掌をのせる。先程と同じく、全く抵抗なし。むしろ喜んでいるようにも見える。
紅亜だけ個人的に嫌われているのだろうか。
「あたしもそれがいいと思うけど……餌代は?」
いやそんなずっと飼いつづけるつもりはないから。せいぜい明日にはもうお空に帰っているだろう。
「お前の餌代でもう手一杯だ。さ、帰るぞ」
紅亜は道路の真ん中で転がるアレンをグリフォンの背中に乗せ、歩き出す。
「ちょ、ちょっと待て紅亜」
ひとつ問題が。
「なに?」
「……もっかい、背中に乗せてくれ。足が上手に動かん」
◇ ◇ ◇
「鷹太郎もお爺ちゃんになったね~」
「馬鹿言うな、もうクマーク博士の時点で満身創痍だったんだよ」
只今自宅の寝室、ベット上。俺は横になり、紅亜から治療を受けている。
アレンに切り裂かれた、というか食いちぎられた腕を修復してもらっているのだ。
紅亜は俺の右肩に手を置き、そのまま特にアクションもなく、じっとしている。紅亜曰く、「昨日の部屋をもとに戻した時の術と似たような術を使っている」と言っているが……よくわからない。
「なにが「アレンすっごく弱かった」だ。並みの高校生からしたら世界チャンプと戦っているようなもんだよ」
第二次動物大戦とやらであいつは俺を殺しに来たらしいが、結果俺は助かってしまった。つまり、また俺を狙った刺客が来るかもしれないのだ。
気が遠くなるな……。
「だ、だって……本当に弱かったんだもん。あたしは「神拳兄妹」のなかでも一番格闘技苦手なのに、そのあたしよりも弱かったから……」
申し訳なさそうに目を伏せる紅亜だが、なんだ、神拳兄妹て。
「神拳兄妹は、熊猫族で『最強』の呼び名をもつ兄妹のことだよ。長男の宇藍、長女の橙香、次女の紅亜、双子の琉歌、琥珀。みんな格闘が得意なのに、あたしだけ苦手なの」
どこが?と心底思ってしまう。
「お前で弱いなら、長男の宇藍とかいう奴はどんだけ強いんだよ」
「宇藍お兄ちゃんは、多分熊猫族の頭領、あたしのお父さんよりも強いよ。それに、産まれた時から『碧き鬼神』って呼ばれてたらしいし」
碧き鬼神……いやバンダだろ? 碧き熊猫だろ。待て、青きパンダ?それじゃ動物番組にまたまたスターが生まれてしまうじゃないか!
そんな自身の葛藤はさておき、宇藍か。できれば敵にまわしたくない相手だな。
もしそいつがシスコンだったら、迷いなく俺は殺されるだろう。
「具体的に、宇藍の強さはアレンの何倍ぐらいだ?」
念の為に聞いてみる。人それぞれ特徴があるから比べにくいかもしれないが、そこだけは聞いておきたかった。
「え~……う~ん……どばぁーん倍!」
できれば数字で。
「あ、間違った。どぅでぃーん倍!かなっ!」
できれば日本語で。つか、どぅでぃーん倍ってなんだ。どばぁーん倍もそうだが。
「まず、あんな焦げた男の子とお兄ちゃんを比べるなんて失礼だよ!お兄ちゃんはすっごくカッコイイんだからね!」
焦げた男の子て。ちゃんと名前で呼んでやれよ。
「ほら、治ったよ!」
少し怒り気味な紅亜にそう言われ、はっとして俺は自分の右肩に視線を落とす。
何もなかった空間に、俺の右腕が存在していた。
おぉ、すげぇ。もとに戻った。
「……お兄ちゃんなんかいつもクールで、すっごくすっごく強くて、それでいてみんなに優しくて……鷹太郎とは大違いだよ」
失敬な。……が、確かにそのとおりだった。俺は基本的にみんなと群れるのを好む性格だ。クールとは縁もゆかりもない。それと、運動神経もそれほど良いとは言えないし、自分を優しいと思った記憶があまりがない。
……なんか悲しくなってくるから、やめようか。
落ち込んだ表情から俺の心境を察してか、紅亜はすぐにフォローするように笑顔をつくる。今はその笑顔が痛いのだ。つか自分から言っておいてなんだ。
「よ、鷹太郎もいいとこいっぱいあるよ!ホットケーキ焼いてくれたり、ホットケーキ……ホットケー……ホットケーキ……焼いてくれたり!」
ホットケーキ焼くことしか俺の長所はないのかよ!つか、それは長所じゃなくてむしろ使命だ!
「あっ、そうだ。そういえばさ、鷹太郎」
さらに落ち込んだ俺の顔から目を背けるようにして、紅亜が言ってくる。こころなしか、顔が赤い。
「なんだよ」
「……なんか茶色いの、結果的に、倒したでしょ?」
は?茶色いの?……あぁ、アレンか。
もう名前はすっかり忘れてしまったようだ。……にしても茶色いのはあんまりだろ。
「倒したっていうか、自爆したけど」
勝手に気絶な。
「でっ、でも、倒したんでしょ?」
「まぁ、……一応?」
こいつは何が言いたいんだ。そんなにアレンを倒して欲しかったのか?
「じゃあぁ……彼女に、なるね」
唐突に、紅亜はそう言い放った。
…………彼女?
「なんで?」
ベットから上半身を浮かし、俺は首を傾げる。
「わ、忘れたの?もし鷹太郎が焦げを一人で倒したら、戦争が終わるまで彼女になってあげる、って」
焦げに関しては言うまでもなく……あー、そうだったな。さっきまで覚えてたのに、疲労で記憶がどっかに吹っ飛んでた。そういえばそんなのあったな。
「強い人が好き、って言ってたのに。いいのか? 本当に」
少しいじけていた俺は、反発するように言う。
待て鷹太郎、もし「じゃあ彼女やんなーい」って言われたらどうするんだ。
「だっ、だからぁ……」
だがその考えとは裏腹に、紅亜は甘えるような声でそうつぶやいて、俺の体に腕を回す。
は、はい? なんで?
「鷹太郎は……強くないけど……」
紅亜の腕に力が入る。
「クマーク博士とか、ライオンとかに……本気で立ち向かう姿が、その……かっこ……その」
顔を真っ赤に染めて、抱きついてくる紅亜。
……あの。
何故いきなりデレる、紅亜。