一、玄関に大熊猫はキツイだろ
主な登場人物
・藤谷 鷹太郎
・パンダ?
俺がパンダに出会ったのは昨日の夕方。
町と町を跨ぐように建つ俺の本拠地藤谷宅。その玄関の前に、どでかいパンダが倒れていたのだ。この大きさ。パンダはパンダでも、ジャイアントパンダほどの大きさがある。熊猫というより、大熊猫だ。
大した驚きも無く、はたまた無関心というわけでもなく、ただ思った事は、おい玄関の前に倒れてんじゃねぇよドアが開かないだろうが、だった。
「……寝てるのか?」
俺はつま先でついつい、と太い脇腹をつついてみた。反応がない。ただのパンダのようだ。
死んでる?まさか。こんなところで屍にならないで下さい。
「おーい、どーけーよー」
今度はさっきより強めに脇腹をつついてみる。またまた反応なし。……もしかして、マジで死んでるのか?
俺は心配になって、パンダの顔を覗き込む。目は閉じているが、口元をよく見ると呼吸はしているようだ。なんだ、寝ているだけかよ。
仕方なく俺はパンダの後ろ足を持って、引っ張ってみる。かなりの重量級だが、動かせないでもない。そのまま後ろへ引きずっていく。
と、そこで俺は恐ろしいものを目にした。パンダがもともといた場所に、どす黒い赤が広がっていたのだ。考えなくても分かる。これは血だ。
「おいおい、マジかよ……」
動物園から脱走する途中で、猟師にでもやられたのだろうか。そんな馬鹿な。というか、そもそもここらへんにパンダを飼っている動物園はないぞ。
混乱する頭を必死に抑えて、どうするべきか考える。こんな状況を動物保護団体にでも見られたら、大変な事になってしまう。とりあえず止血か。今から動物病院に連絡する手もあるが、それだと間に合わないかもしれない。
俺は包帯を取りに家の中へ飛び込んだ。
リビングへ入り、赤い十字マークの付いた白い救急箱を手に持って、再び玄関へと急ぐ。家にはまだ誰も帰ってきていない。やはり、自分でどうにかしないといけないようだ。
外へ出て、パンダの元へ駆け寄る。救急箱を地面に置き、ひとまず重くて大きな巨体を両腕でひっくり返して、仰向けにさせる。
パンダの怪我は、思ったより悲惨なものだった。白い毛は土と血で汚れていて、腹には刃物で切られたような傷がいくつもある。
この出血量だと、時間はあまりなさそうだ。
俺は焦る心で救急箱を開け、包帯を取り出そうと手を伸ばす。
と、その瞬間。救急箱へと伸ばした俺の手が、黒くてぶっとい何かにつかまれた。
かすかな爪の感触。ふさふさとした漆黒の毛。そちらへ顔を向けると、なんとパンダがあぐらをかいて座っていた。
血の出ている傷の箇所をなんでもないように右手でさすりながら、つぶらな瞳でこちらを見上げてくる。
「あー……大丈夫?」
念のため聞いてみる。
「うん、らくしょーらくしょー」
そうかそうか。それは良かった。これで動物保護団体から…………
……空耳? 今、喋ったよな? パンダ。空耳ですか? そうなんですか?
疑うのなら、確かめるまでだ。
「一応、包帯巻いておこうか?」
俺はつかまれていない方の手で包帯をとり、パンダに見せ付ける。
「やだよ。包帯嫌いなの。ホットケーキ持ってきて。メープルシロップがどばどばのやつ。じゃなきゃ、この腕折るよ?」
パンダにつかまれている右腕に、かすかに力が込められる。いやいや、勘弁してくれ。いろんな意味で。