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七、そんな素敵なこと兄さんは言ってません

主な登場人物

藤谷(ふじたに) 鷹太郎(ようたろう) ・藤谷(ふじたに) 美虎(みこ)

紅亜(くれあ)

望月(もちづき) 典馬(てんま)  ・笠井(かさい) 蛍冴(けいご)


 翌朝、自分の部屋のベットで目が覚めた。

 昨日ここで紅亜と並んでテレビを見ていた通り、部屋は元の姿へと戻っていた。紅亜による「熊猫族に伝わる空間限定時間回帰術」とかなんとかいう漢字の多い術のお陰だ。あいつはもう格闘家っていうより手品師だな。


「あらぁ、ダーリン、おはようございますぅ」


 と、そこで当然の如く俺のすぐ傍にいた妹が声を掛けてきた。つか、ベットに寝ていた。


「ダーリン言うな」


「何いってるんですかぁダーリン。昨日あんな熱烈なプロポーズしておいてぇ。あ、返事がまだでしたねぇ~すいませぇん」


 そういう問題じゃない。って、プロポーズ? ……あぁ、昨日のあれか。タイガーショックの。


「お受けいたしますぅ」


 愛らしくにっこりと笑う美虎。その笑顔さえあれば大抵の男子はおとせるだろうに、勿体無い。


「結婚式はどうしましょうかぁ?あっ、指輪も……」


 世間のルールを色々と無視した事を話し始める。俺らは年齢的にまだ結婚できないって、一昨日そんな感じの話をしただろうが。

 俺は無視するようにして顔を背け、部屋を出ようとする。


「あれぇ、でも兄さんには彼女さんがぁ……?……浮気……?」


 あ、あら?ちょっと変な方向に想像が展開してません?

 何度も言うが、タイガーショック……というか、妹に絶大な威力のショッキングな嘘事実をぶつけてその場をしのぐあの術は、大変危険な技なのだ。そう、諸刃の剣。

 だが、よくよく思えばあの技に利点はないのだ。今日の自分を助け、明日の自分を見放す。つまり、ただ単に「今殴られたくないから、次の機会に殴られることにする」。そういった技なのだ。


「兄さん、聞いてもいいですか」


 きたー! 超怒ってるよー! 美虎さんマジ怒り心頭だよー!

 口調がのったりを脱出し、声が冷ややかな空気を纏う。デジャヴだ。前もこんなことあった気がする。


「は、はは……美虎さんは最近質問ばかりですなぁーははは」


 無理に口角をつりあげ笑みをつくろうとする。だめだ、不自然すぎ。

 美虎さんその右手の構えはなんだいーそれは君がマッハパンチ三連打をするときの構えじゃないかいー落ち着いてーもちついてー。


「わか、分かりました、なんでも正直に答えます」


 早口でそう述べる。美虎の右手から力がぬけていくのが分かる。助かったぁー……いやいや、まだ早い。むしろこれからだ。


「兄さんと紅亜ちゃんは付き合っています。その事実に、嘘、偽りはないですか?」


 実際、お前に今まで言った事はほとんど嘘偽りなんだけどなー。なんてことは口が裂けてもいえない真実。


「ない……です」


 ポーカーフェイスが苦手な俺。表情を作るのも一苦労だ。


「本当に?」


「本当です」


「では、決して紅亜ちゃんはおとしものなんかじゃありませんか」


「はい、決して紅亜ちゃんはおとしものなんかじゃありましぇ……せん」


 しまった! 焦って思いっきり噛んだ!

 恐る恐る視線を上へ。うわぁあの目無理ー絶対疑ってるよ。

 しかも首を左右に傾けてゴキ、ゴキって鳴らしてる。……殺す気満々だな。


「兄さん、自分の体の部位で殴られても「痛そうで痛くない、少し痛い部位」を教えてください」


 桃屋の大ヒット商品か。


「ハート」


 どうだ、これはさすがに殴ることはできないだろうと考えたのもつかの間、心臓のあたりをマッハパンチで打ち抜かれた。


「ぐべしっ」


 そのまま後ろへ吹っ飛ぶ。デジャヴ、完全デジャヴ。


「では、紅亜ちゃんを兄さんの彼女ということを前提にして質問します。兄さんは昨日の夜20時37分29秒に、わたしにこう言いましたね。「美虎、お前は崖の上に咲く一厘の花だ。そんなお前に手を伸ばすのが怖くて、たとえお前を摘むことができたとしても、儚く散ってしまいそうで……。でも、俺はお前が好きなんだ!愛してる!……結婚してくれ。一生俺が崖の上にいることとなっても、絶対に離れたりはしない。だから……。こんな俺の気持ち、受け止めてくれるか?美虎」って」


 言ってねえーー!!完全に俺の告白偽装されてるーー!つか時間こまかっ!

 お、おち、落ち着くんだ鷹太郎。こんなところで取り乱してどうする。

 ……にしても、そのプロポーズの言葉はいささか寒気を覚えるな。気持ち悪い。……つか俺はそんなキャラじゃねぇ!

 でも……ここで「そんなこと言ってねぇよバーカお前は日本語勉強しに幼稚園児からやり直せ」なんて言ったら……ふといくつかの漢字が頭をよぎる。殴、蹴、刺、血、死、食。

 殴られて蹴られて刺されて血を流して死んで食べられる。待て、食べられるってなんだ。


「い、言いました。はい、確かに言いました」


 そう言った筈なのに、美虎の冷笑は更に冷たさを増すばかりだ。

 何故だ、ちゃんと肯定したのに。


「そんな素敵な事兄さんは言っていません。正しくは「俺は紅亜も愛しているが、その何十倍もお前の事を愛しているんだ」です」


 うわー恥ずかしいー、と思ったのは俺だけではないようで、美虎もピンクに染まった頬に手を添え、照れるように目を逸らしていた。ならそんな事を威風堂々と言わないでくれ。あと素敵な事ってなんだ。


「では、今一度質問をします。「俺は紅亜も愛しているが、その何十倍もお前の事を愛しているんだ」はわーー!」

 ついに恥ずかしさに耐え切れなくなったのか、美虎は奇声をあげてもとの美虎へ戻った。自爆タイガーショック。


「……を、いいましたよねぇ、兄さぁん」


 元に戻ったのはいいが、その口調だとヤンキーに脅されているようにしか聞こえない。

 ここは念のため敬語でつなげよう。


「言いました。はい、確かに言いました」


 さっき言った事を人形のように繰り返す。


「この言葉、深く考えるとぉ、紅亜ちゃんも愛しているが、わたしも愛してる。そういう別の意味合いで捉える事もできますよねぇ?」


 深く考えるも何も、そのまんまの意味なんですが。こいつ、勉強の方では頭がいいのに、たまにぬけた事言うよな。まるで笠井みたいだ。いや、笠井は生粋の天然か。望月は変態で。


「はい、そうですね」


 タモリさんはいませんよー。


「……単刀直入に聞きますぅ。わたしと紅亜ちゃん、どっちを取るのですかぁ?」


 にこっ。まぶしい笑顔。まぶしすぎて顔も見れねぇ……うん。

 どちらを取る、と聞かれても俺はどう答えればいいのかわからない。当たり前だ。問題に答えがないのなら、回答者は自分の予想をあてることは不可能だ。

 いつのまにか床に正座をしていた俺の手の甲に、うっすらと嫌な汗が滲み出てくる。紅亜の方を選べば、美虎は悲しむだろう。別に今更、というわけにもいかない。家族なんだから。

 ……いや、家族だからこそ、か。まず恋愛対象に妹が入ってる時点でおかしいんだ。正気にもどれ、俺。

 殴られようと、蹴られようと、俺は美虎と家族でいなければならない。それ以上はだめだ。

 決心した顔で、俺はベットの上に鎮座する美虎を見つめる。


「お……」


「あ、その前に言っておきますがぁ……」


 遮られたー!おいちょっとかっこつけたのになんで遮るんだよー!

 いじけるように目を細めて美虎を見やると、淡々と、笑顔のまま、あいつはこう言い放った。


「わたしは家族も恋愛対象に入っていますしぃ、それに、兄さんの事が宇宙一大好きなんですよぉ」


 その瞬間、なぜか俺の胸の鼓動が急速に早まった。え、おい、どうしたんだ俺。今まで何度も「大好き」なんてありきたりな言葉、たくさん聞いてきただろ。おもに妹から。

 というか、こいつ俺の考えを読んだな。


「そ、それがどうしたんだよ……」


 それなのに、俺は動揺している。らしくない。妹相手に。まさか、俺もシスコンだったり?

 んな馬鹿な!そんなことあってたまるか!


「いえ、ただ知っておいてほしかっただけですぅ。では、先程の質問の返答を、要求しますぅ」


 ……いや、よくよく考えれば、それでいいんじゃないか?紅亜を選んだ所でこの状況が良くなるはずがない。ここはひとまず美虎を選んで……いや、そしたら後に引き返せなくなるかもしれない。

 俺の頭の中は混乱するばかり。一体どうすればいい。美虎を選べば紅亜を彼女と言った事が嘘だとしても許されるだろう。あ、そしたらじゃあ紅亜は一体何者なんだってこんがらがって……おとしもの?そんなの通じるか。つか、おとしもの拾ったら交番に届けなきゃ……あー、もういい!!

 詰まるところ、俺が悩んでいたのは、「今の俺」を助けるか、「後の俺」を助けるかだった。

 このまま考えても埒が明かない。俺は半ばヤケクソに口を開く。


「俺は……」

 






 

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