表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/36

三、ライオンに同情・・・そんな馬鹿な

主な登場人物

藤谷(ふじたに) 鷹太郎(ようたろう) ・藤谷(ふじたに) 美虎(みこ)

紅亜(くれあ)

望月(もちづき) 典馬(てんま) ・笠井(かさい) 蛍冴(けいご)

 こんなに時間に追われてると感じたのは、この短い人生の中で初めてかもしれない。

 かろうじて夕日は頭のてっぺんをみせているが、このままじゃ俺が天月公園に着く頃には隠れてしまっているかもしれない。

 そうやって自分を急かしたところでこれ以上早く走れないのは分かっている。でも、そうでもしない限り間に合いそうにないんだ。

 

 

 必死に酸素を求めるように、乱れた呼吸を整える。日が丁度沈んだ頃、俺はようやく天月公園に辿り着いた。 

 だが、様子がおかしい。公園の様子だ。小さな天月公園を囲むように、大勢の人間が群がっている。まるでプロレスの試合でも観戦しているように、ところどころから「いけぇー!」だの「そこだぁー!」だのと聞こえてくる。……あれ?場所間違った?

 確認の為、人込みを掻き分け前の方へと進む。まさか喧嘩?こんな公園で?そういう青春な事は河川敷でやってくれ。

 やっとの事で一番前まで来ると、そこには驚愕の光景が広がっていた。

 プロレスの試合。ある意味合ってる。喧嘩。ある意味合ってる。

 なんと公園の小さな敷地の中で、ジャイアントパンダとライオンが戦っていたのだ。というか、一方的にパンダがライオンを虐めているようにしか見えない。あ、殴った。パンダ殴った。痛そうだなぁ……。

 と、そこで俺は我に返る。ライオンに感情移入してる場合じゃない。あのパンダは紅亜の変化(へんげ)した姿で間違いないだろう。で、虐められているライオンはおそらく、紅亜を誘拐した犯人。

 ……なんで?なんで誘拐した犯人が被害者に虐められてんの?むしろもうライオンの方が被害者じゃん。あ、ボディプレスが炸裂した。あれは体重的に美虎のより絶対痛いと思う。

 こんなに楽しんでいるのに邪魔するのもどうかと思うが、そろそろライオンの方が可哀そうになってきたので止めに行くとしよう。とりあえず、一通りの話は家に帰ってから聞くとして……


「おーい、紅亜!」


「あっ、鷹太郎!」


 パンダは俺の声に反応し、ライオンをボディプレスで下敷きにしたままこちらに手を振ってくる。


「一旦家に帰るぞー」


「おっけー。今行くー」


 そう言うと今一度パンダは天高く舞い上がり、最後に渾身の一撃をライオンにお見舞いしてやった。

 下敷きになって死にかけている百獣の王に満足気な表情をして(多分)、パンダはこちらへ歩み寄って来る。


「今、喋ったよね?」


「喋った……と思う」


「え、嘘……!?」


 あちこちから驚きの声がちらほら出始める。大丈夫、いきなりのことに観客の頭はまだ混乱しているはずだ。今のうちに忍者のように素早く逃げよう。

 俺は軽やかに人込みを掻き分け、たったさっき走ってきた道に戻る。そして、自分の家へ向けて全力疾走。ちらっと後ろを振り向くと、でっかいパンダが人間の頭上を飛び越えているところだった。いやもうあいつはパンダを超えてるぞ絶対。

 地面へ華麗に着地してこちらへと走ってくる紅亜。まぁ、ジャイアントパンダ。こうやって見ると、俺が追われているみたいでかなり怖いな。



 後ろに天月公園と人間の群れが見えなくなったところで、俺は走る事を中断して道路の真ん中に座り込んだ。


「鷹太郎、大丈夫?」


 いつの間にか人間の姿に戻っていた紅亜が、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 俺は口を動かすのも億劫だったので、親指をたててみせた。


「あっ、いいこと思いついちゃった!」


「え……なに……」


 息切れしながら必死に口を開くと、紅亜はまた黒い煙と共にパンダに変化(へんげ)し、自分の背中をちょいちょいと小さな爪で示した。


「疲れてるんでしょ?乗って乗って」


「は……はぁ?パンダ……に?」


 まず、パンダって乗っても大丈夫なのか?走っている途中に振り落とされそうで怖い。


「絶対……危ない。……信用できない」


 ようやく呼吸が正常化してきた。よし、走れそうだ。


「なに、あたしに乗れないっていうの?」


 ツンとして、それでいて可愛げのある妖精の声。

 あぁ、だめだ……俺はこの声に弱いらしい。


「分かった、乗る」


 気付かぬ内に即答していた。


「ならいいけど。ほら、早く早くー」


 子供のように無邪気な調子で急かしてくる紅亜。これがまたいい。……どんどん俺洗脳されてるな。

 巨大な背中に跨り、そこでふと疑問に思うことがあった。


「どこに掴まればいいんだ。毛か?」


 羊のように油っこい毛を指で撫でる。


「あっ、だめぇ……」


 くすぐったそうに体を振るわせるパンダ。こいつ、前もそうだったけど少し触られただけでデレデレしてくるよな。変な奴。


「う~……じゃあ、胴体にうでまわして、しっかりつかまってて」


 俺は言われたとおりパンダのどでかい胴体に腕をまわし、後ろから抱きつくような姿勢をつくる。これがパンダじゃなければなぁ……。


「……ね、ねぇ……」


「ん?」


「……恥ずかしい……かも」


「はぁ? お前がやれって言ったんだろ」


「そぅだけど……ま、まぁいいや。後ろにペンギンでも乗せてる気持ちで……すーはー……うん、大丈夫!」


 俺はペンギンかい。いやペンギン好きだけども。


「じゃあ、いきまーす……全速、全身ッ!!」


 そのかけごえと同時に、体が浮かぶ感覚に陥る。え、ちょっ、速すぎだろこれ!景色がブレてるよ!


 

 ……パンダに乗って街中を駆け巡る少年……TVに出れるよな、これ。



 



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ