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第11話:秘密基地防衛トラップ大作戦

第11話:秘密基地防衛トラップ大作戦


カララン、チリン――と、夕暮れの冷たい森の風に揺られて、古木の枝先に吊るされた空き缶と鳴子鈴が微かな金属音を立てた。 薄暗い森の奥、巨大な古木と苔むした巨岩の隙間。 木々の間には、草の繊維を編んだ目立たない細いツタが幾重にも張り巡らされ、地上三メートルの太枝には、泥水をなみなみと湛えた木製バケツが絶妙な釣り合いを保って仕掛けられている。 立ち込めるのは、湿った黒土の冷たい匂いと、削りたての生木の青臭い芳香。


「よし! これでいつ獰猛なドラゴンがこの基地を襲撃してきても、絶対に返り討ちにできるわね!」


十一歳になったハピネスが、泥で汚れた麻のエプロンを誇らしげに叩いて仁王立ちした。 その背後の暗がりには、彼女が手芸の粋を集めて縫い上げた最終兵器――本物の魔獣の牙を組み込んだ『等身大リアル熊ぬいぐるみ』が、暗闇の中で狂気的な眼光を爛々と光らせて鎮座している。


「ドラゴンがこんな山奥の基地にピンポイントで来るわけねえだろ……」


九歳になったガルムが、実家の商店の裏からくすねてきた古ロープと油脂の壺を抱えながら、呆れたように肩をすくめた。 だが、その口元には商売用のそろばん勘定を忘れた、悪ガキ特有の企み笑いが浮かんでいる。


「だが、仕組みとしては最高傑作だな。リーン、歯車の噛み合わせはどうだ?」 「完璧だぜ! 樫の木の端材で作った滑車だからな、細いツタを一本引っ掛けるだけで、一気に百キロの仕掛けが連動して落ちるように調整してある!」


同じく九歳のリーンが、ドワーフ直伝の怪力で切り出した太い丸太の支柱をドスッと地面に打ち込み、満足そうに腕を組んだ。


そして――基地の中央、岩の上に膝をついて羊皮紙の設計図を広げていた俺、六歳のアルスは、ミスリル刻印ペンを耳に挟んでニヤリと笑みを深めた。


(ふっふっふ……完璧だ。前世のダンジョンRPGで死ぬほど味わわされた凶悪トラップ工学を、この異世界の物理エンジンに見事に落とし込んでやったぞ……!)


六歳児の小さな体で描き殴った設計図。 そこには、ただの悪戯(いたずら)の域を完全に逸脱した、精密無比な【ピタゴラスイッチ式連動トラップ】の全容が記されていた。


侵入者が足元のツタを踏む(トリップワイヤー作動)。 ➔ 滑車が回転し、頭上の泥水バケツが反転して顔面へ直撃(視界遮断)。 ➔ 慌てて後退した足元が、掘り起こした泥土に足を取られてスリップ(機動力低下)。 ➔ 逃げ惑う動線上に仕掛けられた空き缶の鳴子が一斉に鳴り響く(音響パニック)。 ➔ 最後に、暗闇から牙を剥いた等身大のリアル熊が振り子のように飛び出して心臓を直撃(精神崩壊)。


(前世で何十回と書いた『知略で強敵をハメ殺すダンジョンギミック』のロジックそのものだ。魔力ゼロ、筋力ゼロの子供でも、物理のテコと心理誘導さえ組み合わせれば、熊どころか熟練の冒険者すら一網打尽にできる……!)


自分のプロット通りに組み上がった要塞を眺め、俺の作家魂が心地よい達成感に震える。 リーンの超人的な木工加工力、ガルムの資材調達力、ハピネスの狂気の造形力、そして俺のギミック設計。 悪ガキカルテットのシナジーは、すでに村の子供の遊びの枠組みを遥かに超越していた。


「ねえアルスちゃん、最初の獲物は誰がいいかしら? やっぱり隣村のガキ大将?」 「いや、あいつらは今度広場でメンコ勝負するから温存だ。まずは適当な野ウサギでも追い込んで、作動テストを――」


俺が設計図を巻き取ろうとした、その時だった。


カサリ、と森の入口から乾いた落ち葉を踏みしめる重い足音が響いてきた。


「……ッ!? 誰か来た!」


ガルムが素早く茂みに身を伏せ、ハピネスとリーンも息を殺して古木の根元の影へと滑り込む。 俺も慌てて設計図を抱え、低木の葉陰へと身を縮こまらせた。


夕暮れの薄暗い木漏れ日の中を、ずんずんと歩いてくる人影。 肩幅の広い体躯、使い古された革の作業着。 ――父アルトだった。


「おーい、アルス! ハピネス! もう日が暮れるぞ、母さんが温かいシチュー作って待ってるから帰るぞー!」


(まずい……! 父さん!? 夕飯の呼び出しに来たのか!?)


背筋に冷や汗がすっと流れる。 アルトが歩いているルートは、まさに俺たちが張り巡らせたトラップの第一トラップゾーンのど真ん中だった。


(あの位置はトリップワイヤーの――!)


「父さん、止まっ――」


俺が叫ぼうと飛び出しかけた、まさにその瞬間だった。


プチン、と微かな断裂音が夕暮れの森に響いた。 アルトの長靴の先が、地面すれすれに張られたツタを引っ掛けたのだ。


ギィィィッ! とリーンの組んだ樫の木の滑車が超高速で回転を始める。


バシャアアアアアンッッ!!


「ぶべらぁっ!?」


頭上から勢いよく反転した木製バケツから、数ガロンの冷たい泥水がアルトの頭頂部へ容赦なく直撃した。 顔面から上半身にかけて泥まみれになり、視界を奪われたアルトが「な、なんだぁっ!?」と激しく狼狽して後ろへステップを踏む。


ズルッ! グチャッ!


「うおっと!?」


計算通りのスリップ。掘り起こされてぬかるんだ泥土に足を取られ、アルトの巨体が派手に宙を舞って尻もちをつく。 その衝撃で、周囲の低木に結びつけられていた古ロープが一斉に引っ張られた。


ガランガラン! カランカランカラン! チリンチリンッ!


四方八方から鳴り響く、数十個の空き缶と鈴の狂乱の轟音。


「な、なんだ!? 魔獣の夜襲か!? 敵襲かぁぁぁ!?」


パニックに陥ったアルトが、泥を拭いながら必死に立ち上がろうと前方を見た、その瞬間――。


バサァッ!


頭上の太枝から、滑車のワイヤーに引っ張られた『等身大リアル熊ぬいぐるみ』が、血走った赤い瞳と剥き出しの純白の牙を剥き出しにして、アルトの顔面スレスレへと勢いよく飛び出した。


「グオオオオオッ(ハピネスの手動効果音)」


「ギエェェェェェェーーーッッ!! 出たぁぁぁぁぁぁッッ!!」


大人の男とは思えない、裏返った凄絶な絶叫が森の奥深くまで木霊した。 アルトは白目を剥きかけ、腰を抜かして泥水の中に転がり、手足をバタバタと痙攣させていた。


静まり返る森。 揺れる空き缶。 泥まみれの親父と、牙を剥く熊のぬいぐるみ。


「……あ」


茂みの中から、カルテットの四人が恐る恐る顔を出した。 泥を滴らせながら、呆然と震えるアルトの視線が、ゆっくりとこちらを向く。 その瞳の奥に、怒りと混乱の炎がめらめらと燃え上がるのが見えた。


「……ハ、ピ、ネ、ス……? ア、ル、ス……?」


「「「「うわあああああっ! に、逃げろォォォォォォッッ!!」」」」


四人の悲鳴が重なり、俺たちは誰からともなく一斉に反転し、蜘蛛の子を散らすように夕暮れの森の中を全速力で逃走した。 背後から「貴様らぁぁぁ! 飯の前に正座だぁぁぁ!!」というアルトの怒号が響き渡る中、俺は泥だらけの足を必死に動かしながら、胸ポケットの設計図をぎゅっと握りしめていた。


第11話 了


トラップは父にしか刺さりませんでしたが、「いいね♡」と「お気に入り登録」はどなたにでも刺さります。よろしくお願いします。


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