騎士団へ
ブロッサム家の紋が入った馬車に乗り込んだのはそれから一時間程後の事だった。
「……魔法のようでした」
「でっしょォ〜?
伊達に十年以上自分の顔面と向き合ってないわよ」
モモのメイクの腕は凄まじく、病人のように青白い顔をしていたローラは赤らんだ頬と潤んだ瞳の、花も恥じらう乙女に変貌していた。
「メアリーの目元のシミが消えた時には驚きました」
「お化粧は可能性の塊よ、やりようによっては顎の形も鼻と口の間の長さも変えられるんだから」
「……メアリーがうれしそうだったので、良かったです」
自分が未だブロッサム邸で今一信用を得ていない事を解っていたのであろう。
モモはローラに化粧品を施す前に訝しげであったメアリーにも化粧を施したのだ。
目元の濃いシミが消え、五つほど見た目が若返ったメアリーは満更でもない様子でローラとモモを見送ってくれた。
自信満々に足を組むモモの、膝に置かれた黒のハンドバッグをちらりと見下ろす。
「その小さなハンドバッグから見たことない化粧品が大量に出てきたのも驚きました、何かの魔法ですか?」
「んー? まあ、魔法みたいなものかしら♪」
化粧を施す際、モモはメアリーから借りた道具以外にも大量の化粧品をハンドバッグから取り出して使っていた。
ルージュ以外は、モモの持ち物を使っていたのではないだろうか。
「貴方、本当に何者なんですか?」
「そうねぇ、若い頃にこの世界で言う酒場のような場所に勤めてた事があって、その時に姐さんに仕込んでもらったのよ」
「……」
経歴が滅茶苦茶すぎる。
今まで関わったことのないタイプの新しい教育係に閉口しつつ、ローラは窓の外に視線を向けた。
朝の街は賑わいがあり、馬車の窓から流れる人々の営みは今日も変わることなく続いているようだ。
「――さて、これから向かうのは確か騎士団の詰所よね?」
ドレスに合わせたらしき黒のレースの手袋を嵌めながら、モモがローラに本日の予定の再確認をする。
「ええ、詰所の白薔薇の蕾が元気が無いので見てほしいのだそうよ」
「確か、薔薇はシーズニアの国花だったわね」
ローラが、こくりと頷く。
どうやら、植物医の言うには虫害や病の痕跡も無いらしく、このままでは花を付けることも無く、萎れ枯れてしまいそうなのだという。
「白の薔薇は騎士団の象徴でもあるから、見過ごせないのだと思う」
「それでアナタに依頼が来たって訳ね」
「……個人的に、元気が無いのは気になるの」
昨日、王城の庭園の桃薔薇も元気を失っていた。
初夏が訪れたとはいえ、朝夕はまだ涼しく本格的な暑さもこれからの筈だ。
「昨日と、一昨日も王都の薔薇が萎れていたの。
どの子も前日までは元気そうだったのに、まるで生気が抜けてしまったみたいだったわ」
「……それは妙な話ね」
モモがわずかに眉をひそめる。
ローラを不安にさせまいとしてか、すぐに明るい笑顔へと切り替えた。
「心配するのは良いけれど、無理はしちゃダメよ?
アタシが可愛くお化粧してあげたんだから」
「……善処します」
軽快に進んでいた馬車が、厳かな城塞の門を潜る。
御者の手を取り、馬車を降りればふわりと微かな薔薇の香りが漂う。
「――お待ちしておりました、ブロッサム伯爵令嬢」
ローラとモモに静かな声で語りかけたのは、くすんだ金の髪に空色の瞳をした、少年らしいあどけなさが残る青年であった。
格好からして従騎士であろうか。静かに頭を垂れる青年の姿を見たローラは、ほんの少しだけ表情を和らげた。
「そんな畏まらなくて良いわよ、ジョージ。
何だかこそばゆいわ」
溜息と共に、何処かよそよそしかった青年の雰囲気が親しみの有るものに変わる。
空色の瞳を呆れたように細め、ジョージと呼ばれた青年は不貞腐れたように唇を尖らせた。
「なんだよ、折角騎士らしくお嬢様を迎えてやろうと思ったのに」
「貴方まだ従騎士じゃない、可笑しくて笑っちゃいそうだから普段通りで結構よ」
「酷えな」
憎まれ口を叩きつつも、その顔は満更でもない。
「お友達かしら?」
二人の様子を見ていたモモが、意外なものを見たように目を丸くしながら、軽く口に手を当てる。
モモの答えは当たらずも遠からずだ。
ローラは軽く咳払いし、モモに向き直る。
「彼はジョージ・サンフラワー。サンフラワー伯爵の次男で私の幼馴染なの」
半年ぶりに再会した幼馴染は、ほんの少しだけ背が伸びたような気がした。




