空は偽物だ
短編です。
「もし空が作られたものだったら」という話を書きました。
「空は偽物だ」
あいつは、ずっとそう言っていた。
大学の研究棟。
古びた研究室。
埃っぽい机の上には、紙の束が山みたいに積まれている。
数式。
観測記録。
意味の分からない図。
その中央で、男は空を見ていた。
「なぁ」
声をかける。
反応がない。
「……先生」
二回目でようやく振り向く。
痩せた顔。
隈の濃い目。
まともに寝ていないのが分かる。
「来てたのか」
「三十分前からいますよ」
「そうか」
興味なさそうに返して、また窓を見る。
「今日は変だ」
「何がです」
「空のズレが大きい」
またそれだ。
最初は、天才だと思っていた。
論文も凄かった。
観測精度も異常だった。
でも途中から、おかしくなった。
「空は観測されている」
「誰かに作られてる」
「だからノイズが出る」
そんな話ばかりするようになった。
当然、周囲は離れた。
研究費も止まった。
今では大学のお荷物扱い。
「……帰りますよ、先生」
「待て」
引き止められる。
机を漁り、一枚の紙を渡される。
びっしり数字が並んでいた。
「これを見ろ」
「分かりませんよ」
「昨日と今日の空だ」
「同じに見えますけど」
「違う」
即答だった。
「三時十二分。雲の配置が0.4秒だけ乱れた」
沈黙。
「……はい」
適当に返す。
もう慣れていた。
「お前もそういう目をするんだな」
ぽつりと言う。
「皆、そうだ」
「理解できないものを見る目だ」
責める声じゃなかった。
諦めた声だった。
少しだけ、胸が痛む。
「先生」
「なんだ」
「もし本当にそうなら、どうするんです」
男は少し考える。
「別にどうもしない」
窓を見る。
「ただ知りたいだけだ」
その横顔だけは、
少しだけ、
昔の“天才”に見えた。
数日後。
先生は死んだ。
研究室で、一人。
心臓発作だった。
ニュースにもならない。
誰も気にしない。
「あの変人か」
そんな扱いで終わった。
研究室の片付けを頼まれた。
段ボールに資料を詰める。
数式。
観測記録。
意味不明なメモ。
その時だった。
一冊のノートが落ちる。
最後のページ。
走り書き。
観測された瞬間、空は固定される
その下。
震えた字。
見るな
思わず、窓を見る。
青空だった。
いつも通りの。
変わらない空。
……なのに。
一瞬だけ。
空が、
揺れた。
ノイズみたいに。
古い映像が壊れるみたいに。
そして、
何事もなかったように戻る。
息が止まる。
今のは。
瞬きをする。
空は普通だった。
雲が流れている。
鳥が飛んでいる。
いつも通り。
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
違う。
気のせいだ。
疲れてるだけだ。
そう思おうとした。
でも。
机の上。
先生の最後のメモ。
そこには、新しく一行だけ増えていた。
やっと気づいたか
ここまで読んでくださりありがとうございました。
観測することで固定される世界、
みたいな不気味さを書きたくて描いた作品です。




