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牙城大社縁起

治水の為にクマに変身した禹王を祀る石碑

作者: 大浜 英彰
掲載日:2026/02/18

挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」と「AIイラストくん」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。

 元化二十七年九月一日。

 この「防災の日」に合わせる形で鴨川流域の治水を祈願する禹王碑(うおうひ)の再建が出来た事は、京都市で育った私としては喜ばしくて誇らしい事で御座いました。

 鴨川は古来より「暴れ川」と呼ばれており、人々は洪水などの水害に長らく悩まされていた歴史が御座います。

 夏王朝の禹王を治水の神としてお祀りする夏禹廟が建立された事も御座いましたが、時代の変遷などもあり何時しか夏禹廟(かうびょう)は歴史の闇に消えていってしまったのでした。

 しかし歴史ある古都としての矜持と防災への誓いを新たにするという普遍的な意義が合致し、この度こうして禹王碑としての再建が叶ったのです。

「それでは巴図魯(バトゥル)殿。新聞記事用の写真撮影なのですが、禹王碑を前に私達二人で握手という構図で如何でしょうか。」

「それは良う御座いますね、生駒美里亜(いこまみりあ)嬢。私と美里亜嬢によるテープカットで始まった落慶式、その締め括りも私達二人で行うのが筋で御座いますね。」

 屈託のない快諾の次の瞬間には、私達はガッチリと右手を握り合いながらストロボを浴びていたのでした。

挿絵(By みてみん)

「御声をかけて頂き感謝しますよ、生駒美里亜嬢。日本における禹王碑の再建に携わらせて頂けて光栄で御座います。」

 至って慎み深く謙虚な巴図魯殿ではありますが、この御方の助力無しでは禹王碑の建立が成り立たなかったと申しても過言ではないでしょう。

 私こと生駒美里亜、嵐山を本山とする牙城大社の次期大巫女という立場ではあるものの声掛け出来る範囲や分野には限界がある事は否めません。

 神戸や島之内の華僑コミュニティからの多額の金銭的支援に、道教の道士の招聘に中華王朝在日大使館や今上の女王陛下からの祝辞。

 こうした禹王碑の建立と落慶式に欠かせない諸々は全て巴図魯殿の根回しにより成立したのですから、その影響力の大きさには驚かされるばかりです。

「そう御気になさらないで下さい。全ては二つの祖国である日中の友好と我が君への御為に。その為に出来る事を私なりに行っているだけの話であり、それは中華王朝の臣下である私としては当然の務めで御座います。」

 主君への忠義と、二つの祖国の橋渡し役としての邁進。

 その為ならば各所へ働きかける労を厭わず、また彼女の呼び掛けに応じる人々がこれ程までに存在する。

 それは実に驚くべき事であり、また実に頼もしい事でもあるのでした。


 そうして落慶式は滞りなく規定のプログラムを進行して無事に閉会を迎え、関係者の親交を育む打ち上げパーティーへと移行したのでした。

「此度の禹王碑の建立事業に携わる事が出来ましたのは、中華王朝の巴図魯である私と致しましても喜ばしい限りで御座います。何しろ夏王朝の初代君主である禹王こと姒文命(じぶんめい)は私の敬愛する歴史的人物の一人でもあり、その御尊名を冠した石碑と祠の建立に携われるという名誉を得られたのですから。」

「それは禹王が中華の伝説的な名君であり、黄河の治水事業に尽力されたからですか?」

 来賓の一人である京都市長の問い掛けに、巴図魯殿は「我が意を得たり」とばかりに頷かれたのでした。

挿絵(By みてみん)

「禹王こと姒文命は決して驕らぬ人徳を備えられた仁君で御座いました。諸税の減免や行政制度のスリム化といった民衆の為の仁政を心掛けられたので、沢山の人々から慕われたのです。そんな禹王ですが、猛々しいクマに変貌した為に妻の塗山氏を驚愕させた逸話もまた御座います。決して驕らぬ仁君が猛々しいクマに。それは何故だと思われますか。」

 突然の問題提起に、間近にいた行政関係者は思わず顔を見合わせるばかり。

 日本の地方行政の専門家である彼等が、古代中国神話に詳しいとは限らないのでした。

挿絵(By みてみん)

「あっ、もしや…はっ!」

 喉元まで出かけていた私の答えは、巴図魯殿の赤い双眸から放たれる無言の圧力により封じ込められたのでした。

‐こちらには段取りがあるのだから、たとえ気づいたとしてもまだ言ってはならない。

 そう物語っているかのような眼差しでした。

 そんな私と巴図魯殿の無言の遣り取りなど知る由もなく、京都市の行政関係者は顔を見合わせて首を傾げるばかりでした。

「さあ、それは…」

「それでは巴図魯殿の見解をお聞かせ頂けますかな?」

 その反応を待ち望んでいたかのように、巴図魯殿は清朝式の化粧が施された白い美貌に微笑を浮かべられたのです。

「私の見解では、それもまた仁君としての一つの在り方であると考えるのです。治水工事の為に峻厳な山中を切り拓くのは、重機などの存在しない古代においては容易ならぬ事。しかし悠長にしていては工事が捗らず、民達が今後も不利益を被るのは必定です。そこで民達の為に強大な力を求めて、猛々しいクマに身を変えたのです。謙虚な仁君と猛々しいクマ。一見すると正反対でも、その実は『民達の為』という優しさが共通していたのです。」

 その要旨は正しく、私が考えていた答えでありました。

「かく申し上げます私にしても、今でこそ中華王朝の準貴族である巴図魯として穏やかな顔で各種式典やらシンポジウムやらに出席させて頂いていますが、本質的には公安職の武官で御座いますからね。穏やかな顔と険しい顔の両面を持ち合わせております。しかしその両者には、『公共の福祉』という理念が共通しているので御座います。いかなる時も『公共の福祉』を忘れない。クマに身を変えた禹王の逸話から、私はそのような教訓を学ばせて頂きました。」

 そうして穏やかな微笑を浮かべながら拱手の礼を示される巴図魯殿に、万雷の拍手が浴びせられたのでした。

 牙城大社の次期大巫女として、そして京都の名士の娘として。

 私も「公共の福祉」を正しく実践してゆきたいと改めて実感した次第です。

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― 新着の感想 ―
仁君と猛々しいクマ。一見すると相反するようですが、そこには共通の思いがあったんですね。 暴君として伝わっている人物も、もしかしたら、『クマ』の面だけを切り取られてしまったのかも。 大変、勉強になりまし…
民を治めるには聡明さや穏やかさだけでなく、時には猛々しさも必要になりますね。 これらを兼ね備えていた禹王は、だからこそ伝説的な君主となれたのでしょうね。
知らなかったので調べてみたのですが、禹王は治水の神様なのですね。本当にクマになったかはともかく、そう語られるくらい民のために自ら動いたお方だったのでしょうね。 政の評価はあとからされるものではあります…
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