1-2:第9騎士団、その惨状
「……労災、だよな。これ」
煙の立ち込めるエントランス――と呼ぶにはあまりにボロい板張りの空間で、俺は立ち尽くしていた。 視界の先では、木製の机が半分炭化して転がり、壁には「誰かがバズーカでも撃ったのか?」と聞きたくなるような巨大な焦げ跡が刻まれている。
そして、その爆心地の中央。
煤まみれになった少年が、膝を突いて肩で息をしていた。
「……っ、クソ。まただ。また抑えられなかった……」
少年の右手からは、今もなおパチパチと青白い火花が散っている。それは美しい魔法の残り香などではなく、制御を失った高圧電線がのたうち回っているような、不吉で暴力的な音だった。
「大丈夫か? とりあえず、現場の安全確保が先決なんだけど」
俺が声をかけると、少年――レオは、弾かれたように顔を上げた。
怯え、怒り、そして深い諦念。それらがグチャグチャに混ざった瞳。かつて前世で、入社三ヶ月で「向いていないから辞めろ」と上司に詰められた新人の目にそっくりだ。
「……誰だよ。新しい処刑人か? 悪いけど、まだ死ぬ気はないよ。死ぬのは、次の暴発で自分の体が消し飛んだ時だって決めてるんだ」
「処刑人って何? そんな物騒な役職じゃないよ。今日からここの副団長になったサトウだ。それより、その手見せてくれる?火傷がひどいじゃないか」
俺が歩み寄ると、レオは露骨に顔を歪めて後ずさった。
「寄るなよ! 俺は呪い持ちなんだ。この『呪い』がうつっても知らないぞ。えらそうな鑑定官が言ってたんだ。俺の魔力は『不純物だらけの欠陥品』だって。溜めるそばからこうやって勝手に爆発するんだ。誰も近寄らねえよ、このゴミ溜めにはさ」
ゴミ、か。
前世で何度も耳にした言葉だ。「あいつはコストに見合わないゴミだ」「このプロジェクトに無能はいらない」――。
だが、俺にしてみれば、この世に本当の意味でのゴミなんて存在しない。あるのは「配置ミス」と「評価基準の不適合」だけだ。
俺はレオの言葉を無視して、彼の右手を観察した。不思議な感覚だった。頭の中に、前世で使い古した「スキル評価マトリックス」のような図表が浮かび上がる。これが辞令の時に言われた『鑑定眼』の力だろうか。
【対象名:レオ】 魔力出力:SS(異常高出力) ・魔力制御:F(処理限界オーバー) ・現状分析:出力を制御する能力不足。
「……なるほど。欠陥品、ね。評価した奴の目は節穴か?」
俺の呟きに、レオがポカンと口を開ける。
「なんだよ……。あんた、俺を慰めるつもりか? そんなのいいよ。俺はもう、自分の人生に期待してないんだ」
「慰める? まさか。事実に基づいた評価だよ。レオ、君の魔力が爆発するのは、君が『無能』だからじゃない。むしろ逆だ」
「逆……?」
「君の魔力は、強力すぎるんだ。例えるなら、ストローにバケツの水を入れると細すぎて入りきれず溢れるだろ?それと同じだ。溢れて制御しきれずこぼれてしまう」
俺は焦げた壁を指差した。
「その強力すぎる魔力を制御するのに、君がこれまで教わってきた方法が、見合っていない。要するに、やり方が間違ってるんだ。……レオ、君に興味が出てきた。君はこの騎士団にとって、不良債権どころか、救世主かもしれない」
「救世主……? 俺が?」
レオは呆然としたまま、自分の煤けた右手を見つめている。その時、建物の奥から、酒臭いあくびと共に巨大な影が現れた。
「おいおい……。新入りの副団長さんよ。ガキをその気にさせるのはいいが、夢を見せるのは残酷だぜ。ここは墓場なんだ。墓を掘り返して何が出るってんだ?」
現れたのは、ボサボサの白髪に、だらしなく開いた胸元。腰には錆びついた剣をぶら下げた、絵に描いたような「終わったおっさん」だった。
老兵、バド。かつての英雄。今は、このゴミ溜めの守り人。
「……失礼。次は、あなたの面談の時間かな? バド教官」
俺は、この異世界で初めて、人事担当者らしい「不敵な笑み」を浮かべてみせた。 どうやらこの騎士団、問題山積(課題の宝庫)だ。
胃はキリキリと痛み始めているが、不思議と気分は悪くない。リストラする側の俺が、人生をリストラされた奴らを、もう一度「現場」へ復帰させる。これ以上のリベンジマッチが他にあるだろうか。




