1-1:社畜の終焉、異世界での再就職
人生の幕引きというものは、もっとドラマチックなものだと思っていた。
たとえば、愛する家族に囲まれて「良い人生だった」と微笑むとか、あるいは世界の危機を救うために巨大な隕石に突っ込むとか...
だが、現実は非情だ。
俺、佐藤貴志(三十四歳・独身・趣味は胃薬の銘柄比較)の人生が幕を閉じた場所は、冷房の効きすぎた会議室。目の前には、俺が先ほど「今後のキャリアのために、社外という広いフィールドを検討してみてはどうか」という、人類史上最も回りくどい言い回しでクビを宣告した若手社員、田中くんがいた。
「……佐藤さん、あんた、、、血も涙もないんすね」
田中くんの絞り出すような声が、二十四時間戦えますかの世代に片足を突っ込んだ俺の心に、小さな穴を開ける。
ごめんよ田中くん。俺だって君に期待していたんだ。だが、上からの「人員削減リスト」の最上段に君の名前を書いたのは俺じゃない。俺はそのリストを執行するだけの、単なる『死神代理人(人事部員)』なんだよ。
会議室を出た直後、心臓が「ちょっと休ませてくれ。臓器にも休みは必要だ」と叫び声を上げた。 視界がホワイトアウトする。ああ、これが俗に言う心不全ってやつか。意識が遠のく中、俺が最後に考えたのは「明日提出予定だったリストラの進捗報告、誰が引き継ぐんだろう」という、救いようのない社畜の懸念だった。
――そして、次に目が覚めたとき。 俺は、石造りの見知らぬ部屋にいた。
「……お目覚めですか、サトウ殿」
目の前には、コスプレ……にしては随分と重厚な鎧を着た、中年の男が立っていた。
状況が飲み込めない。死後の世界にしては湿っぽすぎるし、なにより鼻をつくのは古い羊皮紙と、馬小屋のような獣の臭いだ。
「ここは……?」
「王都の人事管理局ですよ。貴殿は、隣国との国境付近で倒れていたところを保護されたのです。異界からの迷い人……『渡り人』としての保護期間は終了しました」
男は事務的に、一枚の分厚い紙を差し出してきた。
そこには、見たこともない奇妙な文字が並んでいたが、なぜか意味はスラスラと頭に入ってくる。
「これは……辞令?」
「左様。我がリステリア王国は、渡り人にはその特性に応じた職務を与える義務があります。貴殿の『前世での経験』を鑑定した結果……出たのは『人を見極める者(人事)』。よって、本日付で以下の組織への配属を命じます」
俺は震える手で、その「辞令」を読んだ。
【配属先:王国第9騎士団・人事担当官兼副団長】
騎士団!
おお、異世界転生の王道じゃないか。副団長といえば、現場のナンバーツー。部下を率いて魔物を討伐し、美しい女騎士たちに囲まれる華やかなセカンドキャリアの幕開け――。
「あの、質問です。第1から第8までの騎士団は、どういった組織で?」
「第1は王族守護、第2から第5は国防の要、第6から第8は治安維持の精鋭ですな」
「なるほど、エリート揃いですね。では、私の行く第9は?」
男は一瞬、憐れみを見るような目で俺を見た。
その目は、俺が田中くんにクビを宣告したときの目によく似ていた。
「……あそこは、通称『ゴミ溜め』。あるいは『窓際族』と呼ばれております。適性検査で『呪い』と判定され、どこにも居場所のない者が最後に放り込まれる……まあ、姥捨て山のような場所ですな」
……。 …………。
青い制服のOLが巻き起こした平成のドラマか。。
なるほど。
神様、あんたは最高に性格が悪い。 転生してまで、俺に「窓際部署の管理」をさせるのか。
俺は手渡された地図を頼りに、王都の最果て、今にも崩れそうなボロい詰所へと向かった。
そこには「第9騎士団」と書かれた、今にも外れそうな看板がぶら下がっていた。
つい前世の癖で、胃薬はあるか? と反射的にポケットを探るが、そこには何も入っていない。
俺は深いため息をつき、錆びついた扉を押し開けた。
「失礼します。本日付で配属された、サトウです。……どなたか、いらっしゃいますか?」
返ってきたのは、返事ではなく、奥の部屋で何かが大爆発したような音と、若い男の悲鳴だった。
俺の異世界再就職。
初日の研修は、どうやら「火災現場の確認」から始まるらしい。




