第13話 ――聞いたよ?
放課後。
「ねえねえ、聞いたよ?」
心臓が、止まった。
みな子が、教室の出口で待ち構えていた。
目が、にやにやしている。
ひなたの件。
バレた。
誰から。岡沢? それとも――
「英語の小テスト」
「……え?」
「唯一の赤点。来週補習だって?」
……あ。
心臓が、元の位置に戻る。
そっちか。
「先生がさ、『東雲さんらしくないですね』って。珍しく名指しだったよ」
みな子が、おかしそうに笑う。
「……たまたまだよ」
「たまたまで唯一の赤点は取らないでしょ」
返す言葉がない。
正直、今日は何も頭に入らなかった。
英語だけじゃない。数学も、古典も、全部、上の空で。
理由は——言えない。
「はいはい。慰めてあげるから、お茶しよ」
みな子は、鞄を肩に掛けて、出口を顎でしゃくった。
「おごりね」
「なんで私のおごり……」
「赤点の罰」
◇
駅前の喫茶店は、思ったより空いていた。
窓際の席に、向かい合って座る。
みな子はアイスのカフェラテ。
私はミルクティー。
店内のBGMが、小さく流れている。
みな子がストローをくるくる回しながら、
何気なく言った。
「で」
「……で?」
「ひなたとは?」
来た。
さっきのフェイントは、全部これのためだ。
胸が、少し跳ねる。
でも、さっきほどじゃない。
「……うまく、いった。と思う」
自分でも、曖昧な答えだと分かっている。
みな子は、一口飲んでから、
私の顔をじっと見た。
「ふうん」
それだけ。
追い詰めない。
でも、見逃さない。
「顔、昨日と違うもん」
「……そう?」
「うん。ちょっとだけ、ゆるんでる」
恥ずかしくて、ミルクティーに目を落とす。
氷が溶けかけて、少しだけ薄くなっていた。
「まあ」
みな子は、ストローから口を離して、笑った。
「よかったんじゃない」
それ以上は、聞かなかった。
窓の外を、学生たちが通り過ぎていく。
みな子は、もうスマホに目を落としている。
こうしていると、
何も変わっていないみたいだ。
放課後。
寄り道。
どうでもいい話。
変わったはずなのに、
変わらないものが、ちゃんとある。
「補習、ちゃんと出なよ」
「……分かってるって」
「英語で留年とか、シャレにならないからね」
「一回で留年しないでしょ」
「さあ、どうだろ」
軽い口調。
いつもの調子。
それが、少しだけ救いだった。




