第12話 ――星が、きれいですね
ひなたが、笑っていた。
ゆっくりと。
確かめるように。
泣きたいわけじゃない。
ただ、どこかが満ちていく。
そういう感じがした。
夜風が来た。
冷たかった。
でも、逃げたいとは思わなかった。
展望台の手すりに、ふたりで並ぶ。
さっきより、少しだけ近い。
肩が、触れるか触れないかのところ。
言葉は、どちらからも出なかった。
出さなくて、よかった。
空に、三日月が浮かんでいた。
細くて、静かな形。
ひなたが、それをちらっと見た。
それから。
「……星が、きれいですね」
月を見ていた。
でも、そう言った。
私も、同じように月を見てから、答えた。
「星、きれいだね」
また、沈黙。
でも、重くなかった。
ただ静かで、
それが心地よかった。
ずっと、何かがざわついていた。
頭の奥。
胸の奥。
男か、女か。
普通か、普通じゃないか。
そういうものが、今夜は、静かだった。
答えは、まだ出ない。
きっと、明日になっても、出ないだろう。
でも。
ひなたの隣に立っている「私」が、
確かにここにいる。
その事実だけは、
嘘じゃなかった。
「好きなんです」と、ひなたは言った。
男だった頃の僕に、ではなく。
今ここにいる、この私に。
その言葉が、まだ、
胸の中で温かかった。
風が、髪を揺らす。
遠くで、誰かの笑い声。
車のエンジン音が、遠ざかっていく。
ひなたの横顔が、街の灯りにほんのり照らされていた。
見ていると、気づかれた気がした。
それでも、ひなたは何も言わなかった。
ただ、少しだけ、笑った。
「帰ろっか」
気づいたら、口から出ていた。
男だった頃の僕には、言えなかった一言だ、と、
どこかで思った。
ひなたは、少し間を置いてから、
「……はい」
と、言った。
それだけだった。
それで、十分だった。
丸太で組まれた階段を、ふたりで降りる。
夜道は暗い。
足元だけを、確かめながら。
ひなたが先を歩いて、
私がその後ろに続いた。
背中が、近い。
声をかけようとして、
やめた。
砂利を踏む音が、ふたつ分。
ゆっくりと、響く。
階段を降りきると、ふたりは自然に並んだ。
特に、話し合ったわけじゃない。
ただ、そうなった。
公園の出口が、見えてくる。
街の灯りが、少しずつ近くなる。
人の声。
車の音。
日常が、また始まる音がした。
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翌朝。
目が覚めた瞬間に、なんとなく分かった。
来る、と。
スマホが、震えた。
画面に、ひなたの名前。
「おはようございます、先輩」
一文字も、変わっていない。
でも。
胸に届く重さが、違う。
私は、スマホを取った。




