第10話 ――展望台にて
夕暮れ、五時過ぎのH急川東駅。
学生、主婦、サラリーマン。
改札前は、いつも通りの人波で賑わっていた。
「あっ、透~!」
声をかけられて、思わず足を止める。
斜め前の席の――えっと、誰だっけ。
どうやら、前までの“私”は彼女と仲が良かったらしい。
「あれ、透っちの家って、そっちだっけ?」
曖昧に笑って誤魔化し、その場を抜ける。
会話に混ざる余裕は、今日はなかった。
市立公園の展望台。
ここに登るのは、だいぶ久しぶりだった。
特別な理由があったわけじゃない。
ただ、このまま家に帰ると、考えすぎてしまう気がした。
丸太で組まれた階段を上りながら、息を整える。
制服のスカートが足にまとわりつく感覚は、まだ慣れない。
展望台に着くと、街が一望できた。
夕方。
――僕は、確かあのとき。
告白する前にも、ここでこの景色を眺めていた。
オレンジ色に沈みかけた空。
少しずつ灯り始める家々。
世界は、ちゃんと続いている。
ベンチに腰を下ろすと、
みな子の声が、頭の奥で蘇った。
――ちゃんと、向き合ってきな。
簡単に言う。
あの人らしい言葉。
でも。
何に、どう向き合えっていうんだろう。
ひなたの気持ち?
それとも、自分自身?
私は、男だった。
その事実は、今も消えていない。
でも、
今の私は、女としてここにいる。
制服も、
鏡に映る顔も、
誰かの視線も。
全部、嘘じゃない。
それなのに、
どこかで「仮の姿」だと思ってしまう。
もし、この身体のまま生きることを選んだら。
ひなたの気持ちを、受け取ったら。
それは、
“なりすましている”ことになるんだろうか。
それとも――
やっと、本当の場所に立つだけなんだろうか。
クローゼットの奥の服が、頭をよぎる。
ずっと、境界線の上に立っていた。
男か、女か。
好きか、逃げか。
事故は、きっかけにすぎなかったのかもしれない。
私は、奪われたわけじゃない。
ただ、選ばされているだけだ。
風が吹いて、髪が揺れる。
遠くで、鳥の鳴く声がした。
「……向き合う、か」
呟いた声は、思ったより小さかった。
ここにいても、何かが変わるわけじゃない。
結局、考えすぎてしまうのは分かっている。
そろそろ、帰ろうか。
足元に置いていたスクールバッグを拾い上げた、そのとき。
背後で、足音がした。
砂利を踏む、軽い音。
振り返る前から、なぜか分かってしまう。
そして。
「ここにいると思いましたよ、先輩」




