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第1話 ……明日まで、待ってほしいです

「……明日まで、待ってほしいです」




その一言を聞いた瞬間、心臓が一度だけ強く跳ねた。




振られたわけじゃない。かといって、OKでもない。


宙ぶらりんの返事だった。




夕暮れの校舎裏。部活帰りの生徒の声が遠くで混ざり合っている。


一年後輩の彼女は、胸の前で指を絡めながら、困ったように笑った。


逃げではない、と信じたかった。




本当に考えてくれているだけだと。




「……うん、わかった」




そう答えた自分の声が、やけに大人びて聞こえたのを覚えている。


内心は、期待と不安でぐちゃぐちゃだったのに。




帰り道、空はもう暗くなりかけていた。


スマホを取り出して、メッセージを打とうとして、やめた。


今日は何も送らないほうがいい。


そういう直感だけは、妙に冴えていた。




横断歩道に足を踏み出した、その瞬間だった。




白い光。




クラクション。




浮遊感。





――ああ、明日。




彼女の返事を聞くはずだった「明日」という言葉だけが、


頭の中でやけに鮮明に残った。




目を覚ましたとき、まず違和感があった。


視界が低い。


天井が、やけに遠い。


ベッドに横たわる自分の身体を見下ろして、思考が停止した。




……細い。


肩幅が狭い。


胸に、ありえない膨らみがある。




「……は?」




声が出た。


高い。明らかに、自分の声じゃない。




慌てて飛び起きようとして、バランスを崩し、ベッドの端に手をつく。


その拍子に、長い髪が肩から滑り落ちた。




鏡。




部屋の隅に立てかけられた姿見。





そこに映っていたのは――


見慣れない女の子だった。




いや、見慣れていないはずなのに、妙に既視感がある。




制服。


部屋。


カレンダー。




日付は、昨日の続きだった。


世界は何も変わっていない。


家も、学校も、時間も。




変わったのは――





「……僕、だよな」




鏡の中の「私」が、同じタイミングで口を動かす。




頭の中には、昨日までの記憶がそのまま残っている。




二年生。




男。




一年の後輩に恋をして、告白して、「明日まで待ってほしい」と言われた。




それなのに。




「……私は、女だ」




呟いた言葉が、胸に落ちる。




僕は男で。


私は女で。




――それでも、君に恋をしている。


スマホが震えた。


画面に表示された名前を見た瞬間、呼吸が止まる。




昨日、告白した相手。


他でもない朝霧ひなた、彼女からのメッセージだった。




『おはようございます、先輩』




たったそれだけの文章。


なのに、胸が締めつけられる。


明日が来てしまった。




――神のみぞ知る、なんて言葉で片づけられるほど、


簡単な話じゃない。




私はスマホを握りしめながら、


深く息を吸った。




物語は、ここから始まる。

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