眷属契約①
反逆者デュークによる聖都襲撃から3日が経過していた。
後の調査で分かったことだが、デュークが操っていたアンデッドの大群は聖都の地下墓地で安置されていた遺体を使って生み出された事が判明した。
それと今回のアンデッド襲撃事件は地下墓地に突如出現した魔力溜まり(高密度な魔力が何らかの原因で出現して周囲に影響を与えてしまう現象)の影響で遺体がアンデッド化してしまったことになっている。
これは聖都の民を不安にさせない為の考慮だ。リスティング神聖国を守護するはずの騎士団長が邪神側へと寝返るなんてことはあってはならないことだ。もし事実を知れば暴動が起きる可能性があると判断したのだろう。
アンデッドの大群により聖都の街は甚大な被害を受けてしまったが、この3日間の復旧作業により必要最低限なまでには回復していた。
それは聖城も同じで、内部の壁や床には多少傷が残っていたりもするが扉等は修復が済んでいる。
そして俺は今、聖城の玉座の間を訪れていた。
ただし、1つだけ明らかにおかしいところがある。
それは何故か俺が玉座に座らせられており、聖王様や聖職者の面々、立場の高そうな人たちが跪いていた。
「……一体何事?」
理由が分からず、思わず呟いてしまう。いや本当に何事なんだこれは?
すると聖王様は顔を上げる。
「まずはこの聖都をお救い下さったこと感謝致します。そして我々をお許し下さい。貴方様が女神レイシア様によって遣わされた救世主だと知っていればあのような無作法をとることもなかったのですが……誠に申し訳ありません!」
聖王様が重い表情を浮かべながら謝罪してくる。
「いやいや、大国の王がそんなに謝らないで下さい! 何だかこっちが気が引いてしまいます」
「貴方様のお心遣いに感謝します!」
そう言って再度頭を下げる聖王様。だから謝らないでくれよ!
話によるとこの国では女神様は崇高にして絶対の存在。そしてその女神様に遣わされてこの世界に現れた救世主である俺も同様の存在として扱われるそうだ。
勿論、俺が救世主として認められたのはこの神槍のお陰だ。
どうやらこの槍を扱えるのは女神様に選ばれた俺のみらしく、それ以外の人がこの神槍を扱おうとすればとてつもない激痛が伴うそうだ。そんな神槍を扱える俺を救世主だと疑う余地がないとされたようだ。
最初は神槍を神聖国へと返還しようとした。これ程の代物をデュークを倒す為とは言え、無断で使用したのだからな。
しかし断られてしまった。元々これは救世主である俺が持つ為だけに存在するとのことなので、結局俺が所有することになった。
「それで話とはなんですか?」
俺は聖王様から重要な話があると聞いて聖城へ来たのだ。話とは一体何だろうか。
「はい、貴方様に一つお願いがございます。どうか私の娘であるユフィアが貴方様に仕えることをお許し下さい」
「…………………………はい?」
今、聖王様は何と言った? ユフィアを俺に仕えさせてくれだって? どうしてそうなるんだ?
「突然の申し出に戸惑うのも無理はないでしょう。ですがユフィアは貴方様に仕えることが既に決まっていたことなのです」
それはどういうことだ? 既に決まっているだって? 意味が分からないぞ。
すると聖王は説明を始める。
事の発端は先々代【聖女】--つまりユフィアの祖母が原因だった。
先々代【聖女】には未来を見ることができる加護を有しており、その力で多くの危機を救ってきたらしい。
そして先々代【聖女】が亡くなる間際、彼女が見たのは再び邪神が復活するという恐ろしい未来だった。
しかし、そんな邪神の野望を阻止する為に立ち向かっていたのは神槍を手にした女神が遣わした救世主だった。そしてその傍には成人となったユフィアの姿もあったという。
それからユフィアは救世主に仕える為に様々な教育を受けたようだ。
そうか、ユフィアが言っていた決められた相手というのは救世主のことだったのか。つまり、俺と言うことだ。
「どうかユフィアを貴方様にお仕えさせて下さい。お願いします」
「私からもお願いします」
そして当の本人であるユフィアも頭を下げて懇願してくる。
「私は既に貴方様に身も心も捧げる覚悟は出来ています。どうか私を貴方様にお仕えさせて下さい」
覚悟を決めた表情でユフィアはそう口にする。
「……俺と一緒にいるということは危険を伴うことになるぞ。ましては邪神討伐の為には自ら戦地に赴くこともあり得る。それでもいいのか?」
おそらく邪神と関わりがあるところでは今回この聖都で起きた出来事と同じような事になることは必須。つまり命を失うかもしれない。ユフィアにはそんな目に遭って欲しくない。
「構いません。どうか私を貴方様のお側に」
どうやらユフィアの決意は固いようだ。短い付き合いだが、彼女が頑固なのは知っている。
俺は小さくため息を吐いて玉座から立ち上がると、ユフィアへと近づく。
「分かったよ。これからもよろしくな、ユフィア」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
こうしてユフィアが俺と共に行動するようになったのだった。
◆◆
夜、俺は聖城に用意された客間(どの部屋よりも豪華)に戻ると、ばたりと倒れ込むようにベッドへと横になった。
「はあ、疲れた……」
聖王様達との謁見後にパーティが行われた。どうやら救世主である俺の為に催してくれたそうだ。
中には貴族や騎士だけでなく女神教のお偉い様まで参加しており、大勢の人達を相手にすることになってしまったのだ。中には女神の神器である神槍を拝見しようとした者もいたな。
そのせいで豪華な料理に殆ど手をつけられなかったので空腹だった。城内の誰かに言えば夜食を貰えないかな?
そう思ってベッドから身を起こすと、コンコンと扉からノック音が聞こえた。
「ユフィアです」
ユフィアか、どうしたんだろうこんな時間に?
俺はベッドから降りて、扉を開ける。そこには白い綿のネグリジュ姿のユフィアが立っていた。手にはパンとスープの入った皿が置かれた盆を持っている。
「夜分遅くに申し訳ありません、ルイ様。あの、パーティでは殆どお食事に手を付けられていないと思い、夜食を作ってきました」
どうやら気を使わせてしまったようだな。それにしてもユフィアの手作りか。これは楽しみだ。
「ありがとうユフィア。せっかくだから部屋に入りなよ」
「はい、失礼します」
俺は部屋にユフィアを入れてソファーに座らせる。
俺はユフィアから皿を受け取ると、スープから放たれる甘い香りが食欲をそそらせて、一口食べる。
どうやらこれはカボチャを使ってスープで、ポタージュのようだ。カボチャとミルクの濃厚な甘味が美味さを引き立てている。
そしてパンも余程上質なのだろう。焼きたてのパンのように温かくて柔らかい。そして微かに甘みがある。この世界に来てからは黒パンなどと言った固いパンばかりだったので、かなり嬉しい。
そして10分後。
「ごちそうさま、とても美味しかったよ。ユフィアは料理も上手いんだな」
あっという間にパンとスープを平らげると、俺はユフィアに感謝の言葉を述べる。
「はい。ルイ様にお仕えする為に幼少の頃から色々と習ってきましたから」
「俺の為か……」
その言葉を聞いた俺は彼女に対して罪悪感を感じてしまう。
ユフィアは救世主--つまり俺に仕える為だけにその人生を送ってきた。おそらくその重圧は並大抵のものではなかっただろう。
「ユフィアは決められた運命に対して不満を思ったことはないか?」
もし、未来を予知する加護によって運命が決められていなければもっと違う未来を歩めたかもしれないのに……。
それがこんな俺なんかと共に生涯を歩むことになるなんて、それが本当に幸せなことになるのだろうか……。
「……不満はありませんでした。けれど不安はありました。いつか仕える救世主様はどのような方なのか、そして私はそのお方に心からお仕え出来るのかと」
それはそうだよな。幾ら信仰している女神が遣わした救世主とは言え、名も顔も分からない人物に対して不安は抱くよな。
「けれど、そんな不安はもう無くなりました。何故ならその救世主様は私が初めて好意を持ったお方だったのですから」
そう言ってユフィアは微笑む。
「本当に……」
--本当に俺なんかで良いのか?
そう言いかけて、口を閉ざす。今更それを問うのは無粋というものだろうな。
女性にここまで言わせておいてそれに応えなければ、男が廃ると言うものだ。
俺は覚悟を決めてユフィアを抱き寄せた。
「ル、ルイ様?」
「少しだけこうさせてくれないか?」
「……はい」
ユフィアは小さく頷き、身を委ねてくれた。彼女の頭をそっと撫でると、「ふふふ」と笑う。
「何だかこの感じ、初めて出会ったことを思い出しますね」
「そうだな」
そう言えば、あの時もこうして頭を撫でていたな。
「ルイ様……」
ユフィアは顔を上げて、潤んだ瞳でこちらを見つめる。
「ユフィア……」
そして、その瞳に引き寄せられるように、唇を重ねた。
「ん……」
そっとユフィアと口づけを交わすのだった。




