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謎の戦艦

1904年 臨時首都広島 第五師団司令部 尋問室


1904年の広島、第五師団の司令部は、薄暗い石造りの建物内にあった。尋問室は湿気と埃に満ち、木製の机と椅子が簡素に並ぶだけの殺風景な空間だった。壁には煤けた提灯が揺れ、窓から差し込む薄い光が埃の粒子を浮かび上がらせる。

部屋の中央に座る伊藤整一中将は、疲れ切った表情ながらも、その眼光は鋭さを失っていなかった。対面には、第五師団所属の士官である大尉が、眉間に深い皺を寄せて立っていた。彼の背後には、若い下士官が二人、ライフルを手に緊張した面持ちで控えている。


「貴官は何者だ? ロシア帝国のスパイか!」大尉の声は、尋問室の狭い空間に反響した。口調は鋭く、疑念に満ちる。

「戦艦大和など、我が帝国海軍に存在しない! その巨体、あの砲塔!あれは英国の物では無い! ロシアが極秘裏に建造した新兵器としか思えん!」


伊藤は静かに息を吐き、椅子の背にもたれかかった。長時間の尋問で疲労は隠せなかったが、彼の態度は依然として落ち着いていた。

「大尉、繰り返すが、我々はロシアのスパイではない。帝国海軍の戦艦大和、所属は…」

彼は一瞬言葉を切り、1945年という言葉を飲み込む。

「…帝国海軍だ。詳細を話すのは困難だが、我々に敵意はない。それだけは信じてほしい。」


「信じろだと?」大尉は机を叩き、声を荒げた。「貴様らの艦は、我が海軍のどの記録にもない! あの巨大な砲、あの鋼鉄の装甲! ロシアが送り込んだ敵としか思えんな! 」


「それでは何故戦わなかった? 戦う必要がなかったからだ。大尉、我々が戦えば、あの村は一瞬で消滅していただろう。貴官もあの46センチ主砲を見たはずだ。あれが一発でも火を噴けば、広島の街がどうなるか、想像してみたまえ。」

伊藤は鋭く反論する


大尉は一瞬言葉に詰まったが、すぐに反論した。「そのような脅しが通じると思うか! 貴様らの武装はすべて解除され、乗組員は拘束されている。今、ここで正直に話さなければ、貴様もその部下たちもスパイとして銃殺だ!」


伊藤は静かに微笑んだ。その笑みには、どこか諦めと皮肉が混じっている。

「銃殺か…ならば、そうすればいい。だが、その前に、貴官らが我々の艦を検証した結果を聞かせてほしい。 先日我が艦に技術者を送り調査しただろう…それで全てが明らかになるはずだ。」


その時、尋問室の扉がノックされ、若い伝令兵が慌てて入ってきた。「大尉、技術者たちの検証が終わりました。報告書をお持ちしました!」


大尉は眉をひそめ、伝令兵から分厚い書類を受け取った。部屋の隅に控えていた書記が、すぐに書類を机の上に広げた。そこには、呉海軍工廠から急遽呼び寄せられた技術者たちの分析結果が記されていた。大尉の目は書類を素早く走り、時折驚愕の表情を浮かべた。


報告書を読み終えた大尉は、顔を上げて伊藤を睨んだ。「…この報告によれば、貴様らの艦の技術は、我々の想像を遥かに超えているという。呉海軍工廠の平賀譲氏が直接検証に立ち会ったそうだな。」


伊藤はその名前に吹き出してしまう。

しかしそれをなんとか誤魔化し小さく頷く

「平賀譲…平賀譲、か。 その名は知っている。非常に優れた造船技師だ。彼が何と言った?」


大尉は渋々書類を手に読み上げた。「平賀譲の証言によれば、『戦艦大和の装甲、機関、主砲の設計は、現在のロシア帝国はおろか、英国やドイツの造船技術をも超えている。鋼鉄の厚さ、溶接技術、見たいことのない蒸気タービンの構造…これらは少なくとも数十年先の技術だ。 ロシアにこのような戦艦を建造する能力はない。』…だと。」


部屋に静寂が広がった。大尉の顔には、納得したくないという感情がはっきりと浮かんでいた。伊藤は静かに言った。

「だから言ったはずだ。我々はロシアのスパイではない。 それに、この報告書を見ろ 大和から発見された九九式特短小銃が三十式歩兵銃と設計思想が酷似していると指摘されている…これは我々が同じ軍に所属する事を示すものでは無いのか?」


大尉は唇を噛み、黙り込んだ。彼の内心では、伊藤の言葉に一定の説得力を感じ始めていたが、プライドがそれを認めることを許さなかった。尋問室の空気は張り詰め、誰もが次の展開を待っていた。


その時、扉が再び開き、重厚な足音が響いた。部屋に入ってきたのは、帝国海軍の呉鎮守府司令長官、柴山弥八中将だった。

背後には、数人の海軍士官が従い、みな一様に厳粛な表情を浮かべていた。柴山の軍服は折り目正しく、胸には勲章が輝いていた。彼の登場に、陸軍大尉は慌てて敬礼した。


「柴山長官! ご足労いただき、恐縮です!」陸軍の声には、緊張と尊敬が混じっていた。


柴山は軽く手を上げ、敬礼を制した。

「大尉、ご苦労。だが、この尋問はここで終わりだ。」

彼は伊藤の方へ向き、穏やかだが力強い声で言った。

「伊藤中将、貴官と貴艦の乗組員は、これより呉鎮守府の管轄下に入る。戦艦大和は、広島の漁村から呉へ曳航された。すでに我が海軍の技術者たちが調査を開始している。」


伊藤は驚きを隠せず、立ち上がった。「柴山長官…貴官がこの事態を?」


柴山は小さく頷く

「詳細はわからん。だが、技術者たちの報告を聞き、貴艦が尋常ならざる存在であることは理解した。ロシアのスパイなどという愚かな疑いは、呉で晴らす。貴官には我々と共に呉へ向かってもらう。」


大尉は抗議しようとしたが、柴山の鋭い視線に気圧され、口を閉ざした。柴山は続けた。

「この戦艦が何者であれ、帝国海軍の財産だ。陸軍の管轄ではない。異論はあるか?」


陸軍大尉は渋々首を振った。「…いえ、長官。ありません。」


数時間後、伊藤中将と柴山長官は、馬車に揺られながら呉へと向かっていた。馬車の窓からは、明治時代の日本の風景が広がっていた。田んぼを耕す農民、木造の家屋、遠くに見える山々の稜線。すべてが伊藤にとって懐かしく、しかしどこか異質だった。


馬車の中では、柴山が静かに口を開いた。

「伊藤中将、貴官の話は信じがたい。だが、戦艦大和を見たとき、私は何か得体の知れない力を感じた。あの艦は、まるで未来から来たかのようだ。」

伊藤は苦笑した。

「未来、か…。長官、もし私が、貴官の想像が正しいと言ったら、信じるか?」

柴山は一瞬目を細め、茶を飲みながら答えた。

「信じるかどうかは、呉で確かめる。貴艦の乗組員、装備、そして技術…すべてを検証する。そこで真実が明らかになるだろう。」


呉に到着した戦艦大和は、巨大なドックに収容されていた。明治時代の技術者たちは、その圧倒的な巨体と先進的な設計に目を奪われていた。平賀譲をはじめとする造船技師たちは、夜を徹して艦の構造を解析し、驚愕の声を上げていた。


「この溶接技術…どうやってこの厚さの装甲を?」「この機関部は… 重油を使っているのか?」

「46センチ主砲の射程と威力…これが実用化されれば、世界の海戦が変わる!」


一方、大和の乗組員たちは、呉の海軍施設で厳重な監視の下に置かれていた。だが、彼らに対する扱いは徐々に軟化しつつあった。九九式特短小銃やその他の装備が、帝国海軍の技術と一脈相通じるものであることが確認され、疑念は薄れ始めていた。


その夜、呉のドックを見下ろす丘の上で、伊藤と有賀艦長は並んで立っていた。大和のシルエットが、月光に照らされて浮かび上がっていた。


「長官、我々はどうなるんだろうな。この時代に留まるのか、それとも…」

有賀の声は不安に満ちている、


伊藤は静かに答えた。

「わからん。だが、我々は帝国海軍の将兵だ。どの時代にあっても、祖国を守る。それが我々の務めだ。まずはこの時代で、我々に何ができるかを考える。」


有賀は小さく頷き、月明かりに照らされた大和を見つめた。

「そうだな…。この艦が、明治の日本で何を成すのか。見てみたいものだ。 それに…あの戦争を…」

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