戦艦大和、漂着す
1904年 太平洋沖 戦艦大和
「長官! ロシア艦が接近中! 距離900メートル!」見張員の叫びが響く。航海士が海図を握り潰すように見つめるが、レーダーもコンパスも異常を訴え、現在位置は依然として不明。
「長官、あの艦は我々を追ってくる気です!」見張員は再び叫ぶ。伊藤は双眼鏡を手に、再び水平線を睨む。
ロシア帝国の艦隊は、木造船と小型の装甲艦で構成されており、明らかに大和の速力に追いつけない。
「逃げるぞ。敵の意図がわからん以上、戦闘は避ける」と伊藤は静かに命じた。
能村副艦長「その前に電信で我が方に敵意は無いことを伝えるか?」
伊藤中将「あんなボロ船に電信なんてあるのかね?」
伊藤中将は一瞬目を閉じ、深呼吸してから鋭く命じた。「全速前進! 速力27ノット! この場を離脱する!」
機関室に命令が伝わり、大和の12基の蒸気タービンが咆哮を上げる。72000トンの巨体が海面を切り裂き、猛烈な速度で進み始めた。
白い航跡が長く伸び、波濤が甲板を叩く。
ロシア巡洋艦隊
双眼鏡を手に取り、ベゾブラーゾフ司令官はほくそ笑む
「我らが突撃を仕掛けたらすぐ退散を始めたな やはりデカくても黄色人種の船よ 見掛け倒しに過ぎん!」 彼は再び余裕を取り戻し、ウオッカを飲み始めた
しかし時間が経つにつれ、追っているはずの大和の巨体が急速に遠ざかっていくのが見えた。
「なんだ、あの速さは…! 追いつけんぞ!」水兵の一人が叫ぶ。
「我らの艦隊の主力は装甲巡洋艦だぞ! 戦艦に、それもあの馬鹿でかい図体の化物に追いつけん筈がない!」
カールイェッセン海軍少将は自分の目を信じ切れず叫んだ。
「追え! 追うんだ! 帝国の名誉にかけて!」ベゾブラーゾフは歯噛みしながら叫ぶが、巨大な戦艦はみるみるうちに水平線の彼方へ消えていった。水兵たちは疲れ果て、甲板に座り込む者もいた。
艦内は混乱と恐怖に支配されていた。
その最中、甲板上である事を呟く兵が居た
「夢だ…どこかの本で読んだ事がある…これは集団幻覚というやつだ…」
すると、
「確かに…あんなデカイ戦艦が日本にあるか?」
「蜃気楼は幻覚を見せるっていうぜ?」
その言葉に呼応し、ロシア兵達は糸が切れたように笑い出し同意し始め、一気に集団幻覚という事に改変される
ベゾブラーゾフはウオッカを一気に飲み干し「仕事中の飲酒は…これで最後にしておくか…」と呟いた
逃走中 戦艦大和
大和の艦内では、緊張がピークに達していた。機関室では、若い兵たちが汗と油にまみれながら蒸気タービンの出力を維持していた。「出力最大! まだいけるぞ!」と機関科の先任下士官が叫ぶが、機械の軋む音が艦内に響く。
甲板では、25mm機銃の射手たちが空を見上げ、敵機の襲来を警戒していたが、視界には何も現れない。雷雨はすでに収まり、青い海が広がっていたが、どこか不自然な静けさが漂っていた。
艦橋では、伊藤中将が海図を睨みながら呟く。「あの艦影…ロシア帝国の旗は本物だった。だが、ロシア帝国だと? ソビエトはどうした? 冗談じゃない」
能村副艦長は冷静に答える。「それより長官、冗談かどうかはともかく、我々は未知の海域にいる。まず位置を特定し、帰還の方法を考えねばなりません」
航海士が報告する。「レーダーもコンパスも使い物になりません。ですが、星が見えます。昔ながらの六分儀と星図で位置を推定できます」
伊藤は頷き、「やれ。どんな時代だろうと、日本へ帰る。それが我々の務めだ」と答える
夜が更ける中、航海科の兵たちは甲板に上がり、北極星や南十字星を頼りに六分儀を手に測量を始めた。波に揺れる艦の上で、星の位置を慎重に計測する。航海長は星図を広げ、計算を重ねる。「…この星の配置、1904年のものと一致します。だが、海図上の島影がどこにもない」乗組員たちの間に不安が広がる。「過去に?嘘だろう?」「家族はどうしてくれるんだ」と囁き合う声。
通信科の士官は無線機の前に座り、必死に周波数を調整する。「我大和、応答せよ」と呼び続けるが、返事はない。
通信科の若い兵が呟く。「少尉、この時代に無線なんてあるんですかね…?」士官は答えられず、ただ唇を噛む。
数時間、日本近海
星を頼りに航行を続けた大和は、日が明けると同時についに陸影を捉えた。
見張員が叫ぶ。
「島影確認! 日本の海岸線に似ています!
」艦橋に安堵の空気が流れるが、伊藤中将は慎重だった。「確認しろ。本当に日本か?日本だとしたらどの場所だ?」艦はゆっくりと海岸に接近。遠くに見えるのは、煙を上げる小さな村と、畑を耕す農民たちの姿。近代的な建物はなく、木造の家屋と着物を着た人々が目に入る。乗組員たちは甲板に集まり、信じられない思いでその光景を見つめる。「これ…明治の日本じゃねえか…?」と、砲術科の兵が呟く。
大和が錨を下ろすと、村人たちは巨大な艦影に驚き、騒然となる。子供が走り、老人が指をさし、女たちが叫び声を上げる。「あれはなんだ!? 軍艦か!?」「神の船じゃ!」「いや、化け物だ!」と、村はパニックに陥った。
庄屋が近隣の町に急報を送り、馬に乗った使者が駆ける。
数時間後、遠くから土煙が上がり、帝国陸軍の部隊が現れる。明治時代の軍服に身を包んだ兵士たちが、ライフルを手に海岸に集結。隊長らしき男がメガホンを手に叫ぶ。「貴艦は何者だ! 名乗れ!」
大和の艦橋では、伊藤中将と有賀艦長が顔を見合わせる。「どうする、長官?我々は…1945年の帝国海軍だと言えるのか?」
有賀の問いに、伊藤は重く答える。「名乗るしかないでしょうな。だが、この時代に我々の存在をどう説明する? 我々すら今の現状を掴めていないんだ」
艦橋の窓から見える陸軍の兵士たちは、明らかに緊張していた。ライフルを構える手が震え、隊長の声にも動揺が混じる。大和の46cm主砲を確認した陸軍兵士たちの間にざわめきが広がる。「あ、あの砲はなんだ…!」「撃たれたら村が消えるぞ!」と、兵士の一人が叫ぶ。
伊藤中将は艦橋のマイクを手に取り、深く息を吸う。「こちらは…帝国海軍、戦艦大和。所属は…」と、言葉を切り、しばし沈黙する。乗組員たちは息を呑み、艦長の次の言葉を待つ。だが、その瞬間、陸軍の隊長が再び叫んだ。「その様な艦は我が海軍に存在しない! ロシア帝国の戦艦か!」
大和の甲板では乗組員たちが焦り始める
艦橋から自分達を警戒する陸軍兵士を見た能村はため息をつく
「陸さんは変わらんなあ。 これでは説得のしようもないではないか… 説得といっても、彼らを説得するような理由は我々はなにも持っていないがね」
「今は恐らくこの日本でも戦時中、警戒する事は当然だ 今は一先ず投降し、なんとか話を聞いてもらうしかあるまい」
有賀艦長は毒が混じったような口調でありながら冷静に返答する
「「こちら戦艦大和の艦長有賀幸作である 我々に敵意は無い これより武装解除、及びに投降を行う。」」
海岸線に発生器で拡散された声が広がり、大和に白旗が登る。
その後戦艦大和は陸軍の兵士が入艦し、次々と兵士が武装解除されていった。
「無敵の戦艦が、あろう事か戦いもせず、それに味方に降伏するとは 面白い事もあるものですな」
伊藤は能村が皮肉交じりに呟いた言葉を聞き漏らさなかった。