村人、畑を耕していたら人生が変わった
朝日が昇ると同時に、俺はいつものように畑に出た。
鍬を手に、畝を整え、雑草を抜く。
作物の様子を見ながら、水を撒く。
それが終われば、裏山で薪を拾い、川で水を汲んで帰る。
特に誰かに命じられたわけでもない。
でも、村ではそれが“普通”だった。
だから俺――アインも、今日も変わらず土を耕す。
「……さて、午後は剣でも振るか」
村を守るために、最低限の力は必要だと思ってる。
盗賊が来るかもしれないし、魔物が迷い込むこともある。
だから俺は、毎日六時間だけ、剣の素振りをしてる。
誰に教わったわけでもないけど、昔拾った剣術書を真似して、十年間続けてきた。
木を真っ二つにできるようになったのは、ここ最近だ。
……最近、木が柔らかくなったのかもしれない。たぶん。
そんなある日だった。
畑の真ん中に――空から人が降ってきた。
「っ――!」
咄嗟に走って、地面に落ちる寸前の人影を抱きとめる。
そのまま勢いで土の上に転がったが、どうにか衝撃は受け止められた。
抱きとめたのは、女の子だった。
真っ白なドレス、金色の刺繍、胸元に王家の紋章。
そして、どこか気品のある整った顔立ち。
「――お姫様?」
「……っ、助かった……あなた、何者ですの?」
そう言って、彼女は俺を見上げた。
鋭い瞳だった。警戒と、同時に安心の色が混じってる。
「ただの村人だよ。アインっていう。……そっちは?」
「わたくしは、クラリス・レオノーラ・エステルリア。王国の第一王女ですわ」
……うん、冗談にしては重すぎる。
けど、次の瞬間、さらに信じられないことが起きた。
空が――裂けた。
黒い煙とともに、魔獣が姿を現した。
全身が鋼のような鱗に覆われ、赤い眼をギラつかせた獣。
その姿を見た姫様が、青ざめて叫んだ。
「あれは……《黒雷の獣》。王国最強の騎士団ですら歯が立たなかったはず……!」
そう言われても、俺にはよくわからなかった。
ただ、そいつが姫様に向かって牙を剥いたから、俺は反射的に飛び出して、剣を抜いた。
――そして、魔獣を一撃で斬った。
特に力を込めたわけでもない。ただ、真っ直ぐ斬っただけ。
斬られた魔獣は、音もなく崩れ、塵になって消えた。
その隣で、姫様は呆然と俺を見つめていた。
「……やはり、間違いありませんわ。あなたは、英雄ですわ……!」
「いや、だからただの村人だって」
その日から、俺の平穏な人生は終わった。