隠蔽、そして片鱗
放課後、暇を持て余して屋上に来た。そこには珍しくうなだれた先輩の姿。フェンスに寄りかかって、天を仰いでいる。
「……はぁ」
ほんとに珍しい。というか――泣いてる?これまで涙目までは見たことがある。だけど、今は違う。明確に、泣いていた。
「頑張ってるんだけどな……」
「先輩」
「翔くん!?どうして」
「それはこっちのセリフ。どうしたんすか」
「えっと……その」
あれ、歯切れが悪い。ほんとにどうしたんだ。……先輩のこんな顔、見るたびに胸が痛くなる。
涙を拭いて、先輩がいつもの調子でしゃべりだした。
「ま、まぁこんなところ見られたところで、ね?地球上ではありふれた光景だよ。何の面白みもないし、お金取れるレベルにない、素人のサーカスだ」
「ほんとにどうしたんすか」
「っ……何でもない、何でもないから!」
先輩の手には――プリント?ああ、この時期は模試か。判定悪かったのかな。
「成績落ちたんですか」
「……ふふっ、キミはまったく、デリカシーってものがないのかね」
力なく笑った。ああもう、ホントに俺は余計なことを……。
「すんません」
「いいよ。わかってるし。あーあ、これからどうしよっかな」
「そんなに思いつめなくても、まだ時間ありますよ」
「……あのね、キミにとっては”まだ”かもしれない。でも私には”もう”」
そんなにギリギリなのか……。高三だし、そういうものかもな。一年ないって、感覚的にはキツイもんな。
「人生、時間は有限だからさ。何事も早いに越したことはないし、諦めるのも重要かなって。私、バカだから。…間に合わないよ」
「先輩は、いろいろ知ってるじゃないですか。使い方を間違えてるだけですよ。俺でよければ、勉強手伝います」
「ふふっ、ありがと。でもいいの。どうせ私なんて……」
「先輩のそんな姿は見たくないです。いつもみたいにデカいスケールで語って、笑っててくださいよ。好きですよ、先輩の笑顔」
「っ……!」
流れる涙。顔も赤くなってきた。先輩でも、こんな表情するんだ……。俺は、どうしたらいい?
何もできずにいる俺。ただ、待つことしかできなかった。しばらく、泣いている彼女をただ見守っていた。
「……ふう、泣いたらすっきりした。覚悟してよね。女の子泣かせるなんてサイテー。世界では”生きたい!”って泣く子もいるのに、こんなことで泣かせないで。……責任、取ってもらうからね」
「……すんません」
「でも、キミのこと、ちょっと見直した。優しいね」
「先輩のことは好きですから」
「ふふっ、悪い子」
よかった。少しだけど、調子が戻ってきたみたい。
「結局、どんだけ判定悪いんですか」
「見る?」
先輩が渡してきたのは、模試の結果。そこに記載されてるのは――。
「B判定じゃないっすか」
「大問題よ。Aから落ちた。もう私には落ちる未来しか見えない。ぴえん」
なんなんだ、この人……。心配して損した。
だけど、少しだけ気づいたことがある。普通A判定から落ちたくらいで、ここまで落ち込まない。泣くなんて、もっとあり得ない。いくら何でも背負い込みすぎ。それに、言語についての対話の時のあの態度……。
――「キミって、言葉の裏、読める方?」
――「ううん私じゃなくて……」
――「自分の気持ちを、正直に伝えられなくて」
先輩――無理しているんじゃないか?