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3.重症

 自分が大きくてガサツな分、小柄な者が余計に可愛く見えるとルイーズは言う。だが、世の女性たちの大半は、彼女よりも小柄だ。

 必然的に屋敷で働く使用人の女性たちをもれなく可愛がり、目をかけるものだから、信奉者がどんどん増える。男装の麗人から爽やかな笑顔で褒められると、彼女たちの間では黄色い声が飛んだ。

 それを見て、親戚の者たちがますます不安に駆られ、縁談を持ち込むという悪循環だ。


 リュンクス自身も幼少期は可憐な美少年であり、たびたび少女と間違えられるほど愛くるしい容姿をしていた。そんな弟を可愛がっていたルイーズの好みは、自然と助長されてしまったのだ。

 成長と共にリュンクスも背が伸びて、今では肩幅も広くなり、青年の身体つきになりつつあった。

 だが、たとえルイーズの好みから外れてしまっても、共に支え合って懸命に生きてきたリュンクスだけは、いつまでたっても可愛い弟のままだ。


「貴方のお嫁さんになる人はどんな女性だろう。今からとても楽しみだわ」

「まぁ、少なくとも姉上に盾突く者は論外ですね」


 さらりと言い切ったリュンクスに、ルイーズは目を瞬いた。


「結構なことじゃない。伯爵夫人になる子なら、それくらい気の強い女性じゃないと」


 物心つく前に王都を離れて以来、ずっと田舎で暮らしてきたルイーズが、王都に戻って王宮へ出仕するようになって最も驚いたのは、貴族令嬢のか弱さだった。


 剣を持ち歩いている貴族の女性は一人もおらず、誰もが豪奢なドレスに身を包み、『ごきげんよう』とご丁寧な言葉づかいが当たり前のように飛び交う。ささいなことで悲鳴を上げ、場合によっては貧血を起こして座り込んでしまう子もいる。繊細で儚く、蝶よ花よと過保護に育てられたのが、ありありと分かった。


 実にルイーズ好みだ。

 みんな可愛くて仕方がない。


 だが、個人的嗜好を抜いて考えると、いささか頼りないと思うのもまた事実だ。

 母親の実家の後ろ盾のないリュンクスが伯爵となった後、支えられるのは妻だと、ルイーズは考えている。吹けば飛んでしまうような女性は、少し心配だ。そのぶん弟がしっかりしていればいいだけだが、できれば妻も頼もしいほうがよい。

 当のリュンクスは微笑んだまま、ゆずらなかった。


「姉上もかなり頑固ですからね。もし二人が喧嘩になった場合、妻と姉に挟まれた私は困ってしまいますよ」

「そういうときは、妻を優先しなさい。私は貴方が成人したら、何の立場もない、ただの人に戻るんですからね」

「先ほどもそうおっしゃっていましたが、姉上が伯爵令嬢であることに代わりはありませんよ」


 リュンクスがそう言うと、ルイーズは落ち着かなさげに身じろぎした。


「背中がむず痒くなる話だわ。令嬢というのは、もっとこう……小柄で可愛い女の子にいうものではないの?」

「小柄で可愛い女の子が伯爵令嬢なのではなく、伯爵家の血筋を汲む未婚の子女を指していうものですよ、姉上」


 笑顔を浮かべたまま、リュンクスはぴしゃりと容赦がない。


 リュンクスは一見すると優男だが、幼いころからルイーズと勉学に励み剣技を磨いたことに加え、田舎の少年たちや豪胆な男性達と接して育ったものだから、なかなか逞しかった。


「私が伯爵令嬢ねぇ……」


 ルイーズにしてみると、いまだに信じがたい話だ。


 稀に姿を見せていた父親が、実は国の根幹を担う大貴族の当主だったと亡くなった後で知らされたときは、寝耳に水である。田舎の屋敷にいた使用人たちはみんな知っていたようだが、父親の意向で伏せられていたらしい。


 それというのも、父親は正妻が怖かったからだ。何とも情けない話である。


 妾がルイーズたち二人を産んだのはいいが、正妻に睨まれて王都を追い出した手前、大っぴらにすることもできず、田舎に追いやっていた。それでも気にはしていたのか年に何度かは訪れていたが、来てもルイーズには説教ばかりだった。ルイーズは心からウンザリしていたものだ。


「いいではありませんか。姉上は今までずっと私のために、ご自分を省みず頑張ってこられたのです。少しくらい羽目を外されても、文句を言われる筋合いはありませんよ」

「でも、何をしたらいいか、まったく思いつかないのよね……将来のことは考えておかなきゃいけないんでしょうけど」


 母親の死後、親代わりになって弟を護るのに必死だったが、その時間も終わりが見えてきている。リュンクスはいつまでも庇護がいるわけでもないから、ルイーズは自分の人生と向き合わなければならない。


「そうですとも。姉上なら、王家に嫁ぐことも可能ですよ」


 リュンクスの言葉にルイーズは目を見張り、笑みを浮かべて大いに照れた。


「やだ、そんな。私なんか殿下に不釣り合いよ!」

「……いえ。隣に並んでも、きっと遜色ない美しさをお持ちです」


「とんでもない! 足元にも及ばないわ。あんな綺麗な方、貴方以外にもいたのねぇ」

「……姉上。殿下をお見かけしたのですか?」


「王宮で少しだけね。すぐ女性が傍に来ていたから、お話はできなかったけど……」

「まぁ諸外国でも有名な美男子として知られる方ですからね……各国の姫君からの求婚も絶えたことがないとか……しかし、そんなに姉上が反応されるとは思いませんでした」


 軽口のつもりであったので、彼女の態度はいささか心外だったリュンクスがつい顔をしかめると、ルイーズはくすくすと笑った。


「本気にしないで。私のようなガサツな大女が、身分だけで王家に嫁げるはずがないでしょう。別に恋心なんて抱いていないわよ。ただ本当に……こう……」


 彼の姿を思い出しただけで、顔がにやけるだけだ。


 うっとりとした顔をしたルイーズに、リュンクスは眉をひそめた。


「数多の女性たちと浮名を流しているようですよ。手が早そうですね」

「……それは仕方がないことだよ。周りが放っておかないでしょう」


「お忍びで町を出歩いてしまうとか。王家の者の自覚にいささか乏しいかもしれません」

「市井の事に無知であるより、ずっといいじゃない」


「血の気も多いようで、戦いともなると先頭に出るとか」

「頼もしい話だわ。勇ましいわね」


 何を言っても彼を擁護する姉に、リュンクスの美貌の顔が引きつり始める。


「姉上……思いっきり気にされているではありませんか」


 呆れたような顔をされ、ルイーズは少し頬を染めて恥じ入った。


「だ、だから、心配しすぎよ。何度もいうけれど、私が殿下に嫁げるはずないわ!」

「分かりませんよ。今日の謁見で見初められるかもしれません」


 リュンクスはだんだん不安になってきた。


 ロワ伯爵家を継ぐにあたり、先日姉弟は揃って王への謁見が許され、継承を認められた。今日は王宮の夜会に招かれて、王子たちと引き合わされる予定になっていた。


 名門ロワ家の姉弟と、王国を将来担う王子との対面は、早いほうがいいだろうという判断である。国王には二人の実子がいるが、王太子が王都を離れていたこともあり、改めて接見の場が設けられたのだ。


 だが、直接会わなくても、リュンクスの耳は否が応にも王子たちの話は耳に入る。

嫡男である王太子などは、帰都した日に女性たちが大騒ぎをしていたものだ。姉もその様子を見ていたようだが、それでも擁護しているとなると、いささか重症かもしれない。


「ないわ。ありえない。可愛い子が沢山いるんだから」

「……それならいいですが」


 自分のことを省みず育ててくれた姉には、自由気ままに生きて欲しい。

 王家に嫁ぐなどとなれば、さらに苦労が絶えないだろうから、できれば王太子などに恋焦がれないでほしい。

 百歩譲って、姉が結婚したいというならば、王太子は自分よりも姉を大切にする男であってほしい。


 そんなことを真面目腐った顔をして考えているリュンクスこそ、よっぽど『重症』であることを、誰も知らない。

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