14.アルエの求婚
それから数日後、ルイーズとリュンクスは、王宮の一角、北の宮を訪れていた。
王族の居住区の一つだが、日が当たりにくい場所であり、王家の中で立場の弱い者が住む事でも知られている。その北の宮の住人になって久しいアルエ王子から、姉弟は招かれたのだ。
侍従長の案内を受けて、二人は最奥の庭園に入った。
薄暗さはあるが、管理は行き届いている。しばらく進んだ先で、白い円卓と椅子が置かれており、侍従長はそこで座って待つよう告げると、去っていった。
言われるまま椅子に座ったリュンクスとは異なり、ルイーズは立ったまま周囲を見回して感想を言った。
「王宮とは思えない静けさだね。中庭の奥という事もあるんだろうけど」
「王族の居住区に人が溢れかえっていても落ち着かないでしょうね。警備上の問題もあるから、中に入れるのは限られた者たちでしょうが……ここは少なすぎますね」
「確かに。ほとんど人に会わなかったわ」
頷きながら、ルイーズは弟の隣に座った。
「そうでしょうね。なにしろ王太子殿下が暮らす南の宮の人員に比べて、ここはその十分の一以下の配置だと聞いていますよ」
「アルエ王子は幼いのだから、人手も必要でしょうに」
「いらないんだそうですよ」
「誰がそんな事を言ったの?」
「さぁ。私も王宮に出入りを許されてまだ半月程度ですし、噂くらいしか耳にしないんですよ」
弟の言葉にルイーズは首を傾げ、その理由を自分なりに考えてみて、閃いた。
アルエ王子は賢い子供である。
多くの人の手を煩わせなくてもいいのだろう。
レオンハルト王太子の能力は知らないが、可愛い女の子達をとっかえひっかえしているように見えた。
周囲は常に騒がしいだろうから、彼には人手がいるのだろう。
「つくつぐ人騒がせな男性よねえ……」
「兄上が聞いたら、また怒るね」
苦笑する声がして振り向いてみれば、いつの間にか傍にアルエが立っていた。
少し離れた場所で侍従長と護衛らしき武官達が数名控えていたが、王子の供としてはいささか寂しい。
慌てて立ち上がろうとした姉弟を止め、アルエは二人の向かいに座った。心得たもので、侍従長がさっとやって来て、お茶の支度を手早く整え、また去っていく。
三人だけになると、アルエが切り出した。
「今日は来てくれてありがとう。急に呼び出してごめんね」
「いいえ、めっそうもございません」
ルイーズはもちろん満面の笑みであるし、リュンクスも静かな笑みを浮かべ、
「光栄です、殿下」
と答える。
そんな姉弟を見て、アルエは柔らかな笑みを零した。
「来てくれるかどうか半信半疑だったから、嬉しいよ」
「恐れながら、殿下。殿下に呼ばれれば、誰でも喜んで馳せ参じると思います!」
答えているルイーズ自身が、その最たるものであると自信を持っている。だが、アルエは彼女からすぐにリュンクスへと視線を走らせた。
「貴方もそう思う?」
「少なくとも、我が姉は朝からずっと浮かれて、楽しみにしていましたね」
「そう」
「はい」
優美に微笑むリュンクスに、アルエは僅かに目を細める。
そんな両者の微妙な間にルイーズは目を瞬きつつも、アルエも多忙であろうから、いつまでも時間をとらせては申し訳ないと気を回した。
「今日のご用向きを伺っても、よろしいですか?」
「あぁ、そうだね。君は今、弟の代理として伯爵の政務をとっているんだよね」
「左様でございとは言え、あと半年ほどで弟は成人しますので私の務めは終わりますが・・・」
「お願いがあるんだ、ルイーズさん」
愛くるしい顔に、優しげな笑みを浮かべたまま、名を呼ばれて『お願い』などとおねだりされたルイーズは、まさに天にも昇る心地だった。
天使は、微笑みながら更に言った。
「君の弟を僕にくれないかな」
「……弟を、ですか」
「そう。君も知っているとは思うけれど、僕は母を亡くしているし、この北の宮も寂しい限りだ。将来を嘱望されている未来のロワ伯爵が僕の傍にいてくれるだけで、とても心安らぐと思うんだ」
大きな円らな瞳が、真っ直ぐに見返してくる。
とても戯言とは到底思えず、ルイーズは衝撃からすぐには立ち直れなかったが、それでも懸命に自分を律して、王子に求められた弟を見やった。
リュンクスはといえば、当事者だというのに小さな笑みを浮かべたまま、
「今は姉上が当主でいらっしゃいますから、私はその判断に従いますよ」
と答えた。
「リュンクス……良いの?」
「えぇ。どうぞ、姉上のお好きなようになさってください」
優しい弟はそう言ってくれたが、ルイーズは簡単に頷けなかった。
何故なら、弟の幸せがかかっているからだ!
可愛いアルエに詰め寄りたくは無いが、ここは姉として一言いわなければならないだろう。
泣きたくなる思いでアルエを見据えると、少年は驚いたように目を見張っていた。勇気がしぼみそうになるが、何とか口を開く。
「恐れながら、殿下。こういう大切な事は私ではなく、弟へ直におっしゃるべきかと思います」
「でも、現当主は貴女だよね?」
「確かにそうですが、そもそも私は弟に幸せな結婚をしてほしいと、心から願ってもいるのです!」
「うん……?」
「内々の話で申し訳ないのですが、私どもは田舎で育ち、伯爵家の者という事すら、最近になるまで知りませんでした。ですから、弟は急激な変化に晒されている上に、本来は何の障りも無かったはずの結婚でさえも、身分を考えなければならない状態です。姉として、大変心苦しいのです」
「それは分かっているけど……どうして結婚話になるのかな?」
「殿下に求められたら、弟は断れるはずがないではありませんか。私に従うといじらしい事を言ってくれていますが、やはり当事者同士の気持ちが大切だと思うのです!」
アルエに男色の嗜好があるとは知らなかったが、これだけ可愛いのだから、確かに誰でも虜にしてしまうだろう。弟はそうした趣はなかったが、王子に求められれば臣下として断れない。姉であるルイーズの立場も考えて、従うと言ってくれているのだ。
国法上、同性の結婚は認められていないため、公然の秘密になるだろうが、それでも苦難があるだろう。
弟が幸せだというならいいが、圧力をかけられた末の事というのは、何としても避けたかった。
ルイーズは必死だったが。
アルエは何故か半眼になり、リュンクスは肩を震わせてあさってのほうを向いている。遠巻きにしていた侍従長は真っ白になっており、護衛官たちは全員、愕然とした顔をしていた。
「あ……ら?」
何かがおかしいと思ったルイーズは、愛くるしいとばかり思っていた少年の顔に、大変冷ややかなものが浮かんだのを見てしまった。
背筋が寒い。
「僕がいつ、君の弟に求婚したのかな?」




