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花の繁殖

作者: 相上唯月

「ん? あれ、なんだろう。」

そう呟き、千春は足を止めた。近づいてみると、それは花だった。

つい先日、高校二年生となった千春は、今日も見慣れた道を歩いていた。しかし、今日はそこに些細な変化があったのだ。

コンクリートの隙間に、淡い青色をした、しなしなの花が、ポツンと咲いていた。

「昨日はなかったよね…?」

一日でこのように咲くものだろうか。しかも、一日で枯れている。とても綺麗な花だったのだろう。枯れかけているが、それでも群青色と空色のグラデーションがかかった花弁は、とても美しかった。

千春は無性に、この花が咲いている様子が見たくなった。そこで、到底無理だと思いながらも、リュックの中から水筒を取り出し、その花に水をかけた。

「嘘っ…!?」

千春は思わず瞠目した。なんと、みるみるうちに青い花はその花弁を持ち上げ、しまいには空へと向けた。目の前で起きたその現象に驚きながらも、千春は花をよく見るため、その場にしゃがみ込んだ。

そして、息を呑んだ。

「なんて綺麗なんだろう…。」

花の最盛期を目にして、千春は思わずうっとりとした。花弁の根本はまるで透き通る新雪のようで、そこから花弁の先まで、綺麗なグラデーションとなっている。そこで、千春は気づく。

(この花、雄花だ…!)

雌蕊がなく、雄蕊しかない。確か、稲や銀杏もそうだった気がする。

数秒間ほど、千春は息もせずに青い花に見惚れていた。それも、鼓動が高まり、まるで恋をするような感覚で。

「あっ…こんなことしてる場合じゃない! 早く行かないと遅刻する!」

ハッとして、千春は勢いよく立ち上がり、再び歩き出した。

花に忘我するなんて、自分でも信じられない。だが、確かにこの花には人を魅了する力があったのだ。


翌日も、花は同じ場所に生えていた。しかしまたしても、しなしなと枯れている。千春は不思議に思いながらも、水筒を取り出し、花に水をかけてあげた。

その後、学校に到着し、教室の扉を開けた途端、

「おはよう千春! ねぇ、聞いた? 昨日の事件のこと!」

大声で千春の名を呼び、いつものように友人の絢音が飛びついてきた。

「事件って?」

物騒なワードを耳にし、絢音をあやしながら、千春は眉を顰める。

「知らないの? 学校中、この話題で持ちきりだよ。」

すると、千春の反応に驚いたのか、絢音は目を見開いた。千春はテレビニュースもネットニュースも見ないので、情報を仕入れる道具がないのである。速報なら尚更。

「あのね、昨日、この近くに住んでいる女性が、不可解な死に方をしたんだって!」

絢音はそう切り出し、詳細を教えてくれた。彼女が言うには、学校近隣に在住していた女性が、腹が裂けた状態で見つかったという。そこまで聞いて、なんとも猟奇的な殺人事件だな、と千春は顔を顰めたが、その後がさらにおかしかった。

「それでね、裂けたお腹からはね、お花が咲いていたんだよ!!」

「へ?」

思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。今、なんと言ったのか。"お花"とはあの花だろうか。

「どういうこと?」

「そのまんまの意味! お腹の肉に根っこが生えて、青い花が咲いてたんだって! しかもそれがめっちゃ綺麗らしい! 超怖くない?」

絢音は捲し立てるように情報を並べた。

「根っこって…どうやって根付くのよ。」

「そんなのあたしが知るわけないじゃん。でも、本当に根っこが肉にはりめぐらされてたんだって。」

「えー…?」

どこか辛気臭いという気持ちと、あまりにグロテスクで恐ろしいという二つの感情が心を占めた。

(あれ、青い花ってどこかで…。)

もう少し絢音に詳細を聞きたいと思ったが、運悪く、そこへ担任の先生がやってきたため、この話は中断となった。その後、やり忘れていた課題を発見し、それどころではなくなったため、身の毛のよだつ陰惨な事件は忘れ去れられた。


その日の帰り道。千春はふと、朝見かけた青い花のことを思い出し、コンクリートの隙間を見た。

「え…?」

しかし、その場所にあの花はなかった。こんなことあり得るのだろうか。千春は何者かによって花がちぎられたのかと、辺りを見回したが、それらしき残骸は見当たらなかった。少しショックを受け、トボトボと家路へついた。


しかし、奇妙なことが再び起こった。

翌日も、あの青い花を見つけたのだ。そして、やはり枯れている。

「なんで…? 帰りはなかったのに…?」

千春は奇妙を通り越して恐怖を覚え、駆け足で学校へと向かった。

学校では、昨日も"お花植え事件"が起こったらしく、学校中が騒がしかった。犯人は見つからないどころか、存在していた形跡すらない。

授業を終え、恐怖心を抱きながら、下校する千春。すると、昨日は帰りに消えていた青い花が、今日はあった。朝の状態のまま、枯れている。いや、朝よりもしなしなだ。千春はなんだか花が可哀想に思えて、昨日のように花に水をあげた。そして、先ほどの様子が嘘のように、一瞬にして花は美しく咲き誇った。

千春はしばらく花に水をあげたりあげなかったりして、あることに気づいた。花は、朝に水をあげると帰りには無くなっていて、一方で水をあげないと、帰りには朝よりも枯れた状態でそのまま生えている。


千春が不思議な花の仕組みに気づいて嬉々としている今も、"お花植え事件"は継続していた。

しかし、狙われるのは一人暮らしをしている女性に限られていたため、自分たちに被害が及ばないことがわかり、生徒も慣れ始めた頃。

「やばいよ! 千春!」

もはや日課となっている水やりをして登校をすると、今日も絢音が飛んできた。しかし、様子がおかしい。パワフルなのはいつものことだが、この時の絢音はまさしく鬼気迫る表情をしていた。

「どうしたのよ、絢音。」

「"お花植え事件"が、うちの学校の生徒にも起こったの!!」

狙われるのは一人暮らしをしている女性だと決めつけられていたが、ある日、その認識が覆された。

「え…誰…?」

「一つ上の先輩みたい。あ、女の人だよ。」

「どうして女子高生が…?」

「わからない。」

絢音の体は、生まれたての子鹿のようにガクガクと震えていた。教室中を眺めても、どこか陰鬱な空気が流れていた。それを掻き消すように、男子たちの笑い声が響いている。

(男子はいいよね、襲われる心配がないんだもん…。)

しかし、この認識も間違っているのかもしれない。千春はそう思ったが、毎日のように起こるその後の事件を見ても、狙われるのが女性であることに間違いはなさそうだった。


その日の夜、両親がたまたま残業が重なり、二人とも遅くなり、一人で就寝することになった。千春は心細くて仕方がなかったが、どうしようもないので一人でお風呂に入り、床に就いた。カーテンを閉めようとした時、吹き込む冷たい風を感じて、窓がほんの少しだけ空いていることに気づいた。

「なんでだろ…窓なんて開けったけ?」

奇妙に思いながらも窓を閉め、しっかり施錠をしてからカーテンを閉じた。そして布団に潜った時、何やら足に何かが当たった。ひんやりとした、小さな柔らかいもの。布団を捲って見るが、そこには何もない。気のせいかと思い、千春は目を閉じると、しばらくしてそのまま眠りに落ちた。

翌朝目が覚めると、千春の腹が裂けていて、そこから一輪の青い花が咲いていた。また、千春のパンツには血がついていた。


【解説】

雄花である青い花は、千春に水をもらうことで、その夜に人間の女性の元へ通い、繁殖するための力を得ていたのだ。本当はそんな親切な千春に根を下ろしたかったが、目的の女性以外の人が家にいると繁殖をすることができない。そこで、別の女性で繁殖を続け、機会を待っていたのだった。

また、帰り道に千春が青い花を見ることがなかったのは、青い花が繁殖をするため、毎日女性の元へ通っていたからだったのだ。


すなわち、青い雄花は無事に意中の女性と結ばれたのだ。

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