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私は姫です

 マーブの物だった船室に入り、寝衣に着替えて私は、やっと落ち着いた。

 マーブが悪いのだ……。

 「マーブ」と親しみをこめて名前を呼べば、自分の気持ちがわからなくなる。「国民のために国に残る」と言った顔。騎士に変装した姿。この……感情は……これが恋、なのか……?

 いいえ、多くの女性を夢中にさせてきたマーブだもの。これは恋じゃないのかもしれない。

 ただ、胸が苦しい。それは……幸せな苦しさだった……。

 マーブを見ると顔が熱くなる。それをマーブは「可愛い」とほめてくれる。他にも色々ほめてくれた。

 「女性をほめるのはマーブのクセではないか?」と私は疑ってしまった。そして「マーブは私のことが好き」というのは、私の勘違いではないのか?

 ベッドに寝ていると、そんな考えがよぎる。

 やめよう……。マーブを信じよう……。

 私とマーブは今、姫とその騎士。ああ国王様、変装を提案してくださって感謝します……。

 変装の疲れもあって、私は深い眠りに落ちた。


 朝、目が覚めて、私は姫のドレスを自分で着た。ドレスは1人でも着やすいように脇で留めるデザインになっている。張りのある生地でパニエなしでも形がたもたれ動きやすい。

 ……お化粧の仕方を侍女様に教わっておいて良かった。おしろいを濃いめに顔にのせる。顔が赤くなっても目立たないようにだ。おしろいだけでは、のっぺりとした顔になってしまうので唇と頬には薄い紅をあしらう。「目元はやりすぎないように」との侍女様の指示通りに、まぶたにフワリとブルーの光る粒をのせた。鏡に映った自分は、可愛かった。侍女様ありがとうございます……!

 甲板に出たら騎士服のマーブが待っていた。朝の光を浴びながら私を見つめている。その視線がいつもより熱く感じる。私はうぬぼれている……。

「おはようございます、マーブ」

「おはようアンジェ。あのさぁ……」

「なんでしょうか」

「アンジェは姫なんだから、僕に敬語を使うのは止めようよ」

「えっ、でも……」

 こんな素敵な騎士の姿を見せられて、「敬語を使うな」とまで……!

「でも、じゃなくて。ニンジャになりたいんだろ。これくらい出来なくちゃ」

「そうね。これぐらい、ニンジャなら平気よ」

「そうそう。その調子」


 東太島の国が見えてきた。

「綺麗な国ね、マーブ」

「ああ」

 緑豊かな大きな島の中央には城があり、霧がたちこめて幻想的な雰囲気を作っている。

 私たちは、その島に近づいていく風景をワクワクした気持ちで眺めていた。


 無事に東太島の国の港に着いた。私とマーブの旅は成功したのだ。

 港の関門では、ネノニーア王国で発行した身分証を見せた。姫と騎士の物だ。すると関門の役人の男が

「ネノニーア王国の王族には王子しかいないはずだが? この身分証では関門は通せないな。何を企んでいるか知らんが帰るんだな!」

 と強い口調で言い、疑いの眼差しを向けてきた。

 私は、うろたえてしまってマーブの方を見た。

「こちらの姫君は間違いなく王族の方です。身の安全のために存在を隠しておられました。なにしろ、こんなに美しい方ですから」

 マーブが説明をしてくれた。

 私も出来ることがある、と気が付いた。

「私は、王族だけに伝わるダンスが踊れます」

「はははは……そのダンスの噂は聞いたことがある。でもごまかそうと思っても無駄だぞ」

「ダンスに使う楽器もあります。今、ここで踊ってもいい」

「無駄だと言ってるんだ。俺の娘が、そのダンスを知っているからな。呼んで本当のダンスかどうか確かめさせてもらうぞ」

 マーブが心配そうに

「王族以外の人が見てもわかるの?」

 と聞いてきた。

「大丈夫。わかる人にはわかるのよ」

 しばらくして関門の奥の扉が開いた。

「ほら、娘を連れてきたぞ。踊って見せてくれ。娘はいつもは奥で手紙の整理をしているんだが、ちょうど良かった」

 役人の娘は、私と同じくらいの年齢かと思われる外見で、質素な服を着ていた。私のほうを見て、何も言わずに軽くお辞儀をした。


 王族だけに伝わるダンスは王妃様から教えてもらった。

「マーヴィン王子と結婚すれば、あなたも王族になるでしょう?」

 と王妃様に言われて、はじめは断ったけど

「女の子が産めなかったから、あなたに教えたいの」

 と言われてしまって断れなくなった。

 母が生きていれば今でも、王妃様のように何かを教えてくれただろうか。そう思いながら自分で「完璧」と思えるぐらい、何度も何度もダンスの練習をした。


 私は荷物の中から金の鈴と銀の鈴を取り出した。鈴には、それぞれ金と銀のヒモが付いている。私は、その紐を足首に飾りに見えるように巻き付けた。左足に金の鈴。右足に銀の鈴。

 王族に伝わるダンスの楽器は、これだけだ。


 私は深くお辞儀をすると、銀の鈴を付けた右足を小刻みに動かした。シャン、シャン、と小さい音が鳴る。そして金の鈴を付けた左足を上下に力強く動かす。

 シャリーン……

 金の鈴は銀の鈴よりも大きく、異なった音階を持っている。2つの鈴を組み合わせて音色を作っていく、それが、このダンスの音楽の特徴だ。

 腕の動きにも特徴があり、それぞれの動きに意味がある。

 人差し指で、あごを指し「私は」左胸に手を当て「信じています」

 手の平全体で相手を指し「あなたを」左胸に手を当て「信じています」

 その動きを繰り返す。

 胸の前で腕を交差させ「信じてください」


 私は信じています

 あなたを信じています

 私は信じています

 あなたを信じています

 信じてください


 シャーリーン、シャン、シャン、と鈴の音を鳴らしてダンスが終わった。

 役人の娘は右手の親指と人差し指で丸を作ると、役人に見せた。役人は驚いた顔をしながら娘と同じように、右手の親指と人差し指で丸を作って娘に見せた。「正解」という意味の手の動きだ。

「疑ってすまなかった。あなた方は王族の方に違いない。俺の娘は耳は聴こえないが『手が語る』の意味はわかりますから」

 と役人は頭を下げて言った。


 王族だけに伝わるダンス「手が語る」は戦争中の暗号として使われたものだった。鈴で即興の音楽を作り、ダンスの手の動きで暗号を表していく。かつては王族のみに伝わっていた、その暗号は最近になって、耳の聞こえない民衆にも伝えられ使えるようになった。それだけ平和になってきたということだ。


 私たちは役人から通行証をもらい、ようやく東太島の国の地に降りたった。港に寄せた馬車の中から乗り心地の良さそうな物を選び、城へと向かった。


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