脱出作戦
僕の名前はマーブ。マーヴィン王子という名前があるけど、マーブと呼んでくれたほうが嬉しい。
僕は落ち込んでいるんだ……。というのも。下々の者には、まだ言ってないけれど、この国が戦いに巻き込まれそうだからだ。
……その予感は当たってしまったようだ。僕とアンジェは、国王と王妃つまり僕のお父様とお母様に呼び出された。
国王は人払いをすると、おごそかに告げた。
「隣国、ニレーヌ王国に紛争が起こった。我が国にも被害が起こる可能性がある。マーヴィン王子は、ただちに東太島の国へと避難せよ。これは命令である。アンジェ、こちらに」
「はい!」
「そなたをマーヴィン王子の護衛騎士に任命する。そなたには、騎士としての技量がもう備わっておる。しっかりと王子を護衛してほしい。頼むぞ」
「はい! たまわりました」
「待って! 僕は国民を置いて逃げることなんて出来ない! 僕は国民のために騎士になって戦うんだ!」
僕は叫んだ。
「マーヴィン! こんな時に、ふざけるのは止めなさい! 命令を聞きなさい!」
王妃がきびしい口調で言った。すると、アンジェが僕を助けるように言った。
「いいえ、王子はふざけて言っているのでは、ありません。真剣です。いつものボーッとした目じゃありません」
アンジェには「恋をする男の目」が理解できないらしい。
王妃が今度は少し笑って、優しく僕に言った。
「マーヴィン。逃げ延びることが、あなたの使命です。あなたは生き延びて、国民の希望になるのです」
アンジェも僕に言ってくれた。
「死んではいけません、マーブ」
「もう一度、言って」
「死んではいけません、マーブ」
「ああ、アンジェが『マーブ』と呼んでくれた。いつ死んでもいいや」
「だから死ぬなと言っているのです!」
僕は国民を守るために命をかけて戦う気でいた。でも妖精のように美しいアンジェに「死ぬな」と言われて、逃げる決心がついた。
国に留まれば王子というだけで、命を狙われる危険があるのは、僕もわかっていた。優秀な女性騎士、アンジェが一緒なら安全に隣国の東太島の国に脱出できるだろう。
アンジェは騎士の腕前の他に、美しさを評価されて、この国の初めての女性騎士になった。こんなに美しい女性が騎士だなんて、敵は思わないだろう。意思の強そうな大きな瞳は、静かな湖を思わせるブルー。少し高めの身長に抜群のスタイル。アンジェが剣を振るう時、その体は現実離れした美しさに包まれる。
「……安全に国外へ脱出するために、変装をしてみてはどうだろうか?」
と国王が提案した。
「変装!?」
と僕とアンジェは同時に言った。
「そうだ。変装だ。たとえば王子は騎士に変装する」
「私は王子に変装するのですね」
「アンジェは姫に変装してもらおう」
「姫ですって! 私が、あんなヒラヒラのドレスを着るのですか!?」
「おぬしなら、どんな服を着ても騎士の役割が果たせるであろう」
「そう……ですけど、姫の変装なんて嫌です」
「この国に王子がいることは有名だ。姫と騎士に変装すれば脱出がやりやすくなると、わしは思う」
「でも姫なんて……」
変装を嫌がるアンジェに僕は言った。
「ニンジャは変装が得意らしいよ」
「ニンジャ……!……私……やります!!」
こうして僕とアンジェは変装することになった。
僕は側近にも手伝ってもらって、騎士服を着た。騎士服の中でも地味な物を選んだ。ネノニーア王国のシンボルカラーの上品な薄いベージュ色の騎士服に、金の勲章が付けられている。憧れの騎士服なので、こんな時だけど、にやけてしまう。鏡に映った騎士服の僕は少し子供ぽかったけど、こんな騎士もいるだろう。
アンジェの変装が終わったらしい。
「お綺麗ですわ!」
「お似合いですわ!」
という、王妃の侍女の声が聞こえる。僕はアンジェが見たくて急いで、その声のほうへ駈け寄った。
顔をほんのり赤らめたアンジェが水色のドレスを着て立っていた。動きやすいようにか膝までのドレスで、すそには長い薄い布が飾りのように広がっている。金髪はほどかれ、ゆるやかに波うって、アンジェの美しさを引き立てていた。
「どう……でしょうか……」
アンジェが話しかけてきたので、力一杯ほめることにした。
「似合う! すごく綺麗だよ、アンジェ!」
「お化粧まで……してもらって……靴は、さすがに動きやすい物ですが」
「そうなんだ! いつも綺麗だから、わからなかったよ!」
「これで……ニンジャに近づけたでしょうか……」
「近づけたよ! いや、アンジェはニンジャそのものと言っていい!」
騎士になれたのにニンジャのことを気にしているのが、アンジェらしくていい。
「侍女様から化粧道具をいただきました……。大切にします……」
「良かったね!」
「『お似合いの男性に出会うために使ってください』と言ってくださって……」
「なんだって!」
アンジェに似合う男は僕に決まっているじゃないか! 化粧道具を取り上げようと思ったけど、アンジェが喜んでいるから、それは出来ない。でしゃばりの侍女たちめ……! でもアンジェをこんなに綺麗にしてくれたし……。
僕は複雑な気持ちで一杯になった。
変装が終わって直ぐに僕たちは旅立った。荷物はあらかじめ、侍女たちが用意してくれていた。2人きりの旅になる。僕は嬉しさを隠しきれない。
が、馬車に乗る前に側近の1人が1通の手紙を渡してきて、僕に言った。
「東太島の国の力を借りるために、大切な手紙を国王様から預かってきました。必ず、あちらの国王様に渡してくださるよう、お願い申し上げます」
国王は、よく僕に言っていた。
「この国の兵力は少ない。戦いに巻き込まれれば侵略されてしまうだろう。でも東太島の国の力を借りれば、我が国の国民を守れるはずだ」
東太島の国は、島国で海に囲まれた要塞のようなものだ。「力を借りる」とは東太島の国に逃げるということだろう。
僕は重大な責任を負ったと自覚した。今は飾りにすぎない騎士服の勲章に、そっと触れる。立派に生きよう。生きて使命を果たそう。そう僕は誓った。