アンジェリカは騎士見習い
短剣が回転しながら宙を舞う。
その剣はブーメランのように、近くに返ってきて土に刺さる。
「ロンド」。この国に古くから伝わる剣の技だ。
2年前までは真剣の代わりに木刀を使って練習していた。本物を使っての剣術は緊張感が走る。
私の名前はアンジェリカ。騎士見習いだ。見習い期間を過ぎると、我が国ネノニーア王国の初めての女性騎士になる。
私の家は代々、騎士の家系で父も祖父も現役の騎士だ。1人娘の私が騎士になるのは当然のことだと思う。母が亡くなってから、その気持ちはますます強くなった。
それに私はニンジャ、ニンジャの中でも「クノイチ」という女性ニンジャに憧れていた。ニンジャは東洋にある和の国の隠密部隊で、とても素晴らしい技術を持っているらしい。つまり女性が優秀な働きをしているということだ。
父も祖父も私が騎士になるのを応援してくれている。そのおかげで私は優れた剣術を身につけ、上手に馬に乗れるようにもなった。そう自分で自信を持って言える。
私は今、騎士の寮に住んでいる。贅沢なことに1人部屋だ。普通なら4人で使う広い部屋を1人で使っている。家族から離れて暮らしている私だけど、他の騎士見習いとの交流もあり、楽しい生活だ。
「アンジェ!」
透き通った、でも元気のいい声が聞こえた。振り返ると柵の上に乗った王子がいた。
王子は整った顔、愛嬌のある茶色の瞳、薄茶色の巻き毛で、チャーミングな外見をしている。……国民にも人気があるらしい。よく知らないけど。
「王子。柵の上に乗らないでください」
「平気だよ」
「私は柵が潰れないか、それを心配しているのです」
「えーっ! 冷たいなぁ」
王子はしぶしぶ、柵から降りて私の隣に来た。
「アンジェは王宮騎士になるんだろ?」
「その予定です」
「もしかしたら、僕の護衛騎士になるかもしれないね!」
「はぁ……そうかもしれませんね」
「きっと、そうだよ! 年齢も近いし」
「私は19歳、王子は15歳じゃないですか。近くありません」
「じゅうぶん、近いじゃないか! 4歳しか離れてないよ! アンジェは僕のことを子供扱いしすぎだよ。身長は僕のほうが高いのに」
王子は、こうやってムキになる所が子供ぽいのだ。それに、おおやけの場以外はボーッとしていて頼りない。
「剣の稽古をしているのです。危ないから離れてください」
「僕も! 稽古をしに来たんだよ!」
王子をよく見ると、動きやすそうな質素な服を着ていて、腰には短剣を帯びている。
「アンジェ、見てて!」
王子は剣を抜くと高く宙へと投げた。剣は回転する。そして斜め上のカーブを描き、くるっと向きを変えて、手前の地面に刺さった。あざやかな「ロンド」の技だ。
「はぁ……。王子の腕前は認めます……。でも……」
「なんだい?」
「騎士になりたいなんて、また言わないでくださいね」
「なんで騎士になっちゃいけないのさ。差別だ、差別。王子や王様が騎士になる国もあるのに」
「我が国は違います。それに和の国も王と騎士は別の人ですよ」
「アンジェは和の国びいきだなぁ。気持ちはわかるけど。ニンジャを目指してるんだっけ?」
「ニンジャ、クノイチが私の目標です」
「ニンジャに会ってみたいな」
「隠密部隊だから会えませんよ」
「……アンジェ。僕のことを『マーブ』と呼んで」
「王子のことを、そんなふうに呼べませんよ」
「呼んでくれたら、騎士になることをあきらめるから……」
本当に子供っぽい。「マーヴィン王子」と呼ぶことは、たまにあるけど、愛称でなんか呼べるわけがない。
「アンジェ、そしたらさ髪をほどいてみて。きっと綺麗だと思うんだ」
王女様から「王宮騎士は見た目も大事です。その見事な金髪は伸ばしなさい」と言われて、背中まで伸びた髪。はっきり言って邪魔でしょうがないのだ。
「ほどきません!」
「ケチ!」
きっと王子は私のことが好きなのだと思う。子供が大人の女性を好きになることは、よくあることなのだ。貴族学園に通っていた時も年下の学生から、よく告白された。もちろん全部、断ったけど。
王子は結局、日が暮れるまで私の稽古をひたすら見学し、くだらない話を時々していた。王子ともあろう人が、こんなことでいいのかと思う。ちょっと心配。でも王族って、これくらいでいいのかも?