始まりの町_7
異世界への転生を果たした恭介は、ビギンズシティと呼ばれる都市で神の分身と出会った
街は日も落ち、裏路地はわずかな灯りと静けさに包まれている
食事を終え、酒も飲んだであろう男二人が道を闊歩しながら談笑していた
「いやぁ…さっきの店は美味かったなぁ
やはり仕事の後はうまい飯にうまい酒だよ…ん?お前、その装備の傷どうしたんだ?
表面が溶けてるぞ?」
「あぁ、これか?リクイゲニアだよ」
「リクイゲニアって…あれか?
ナメクジみたいで粘液を出すやつ」
「それそれ、今年も出ちまったんだよ…リクイゲニアの大型がさ…
月光樹の枝を取りに行ったら、巣を作っててな…戦闘になって、ちょっと粘液を貰ったんだ」
「鉄の防具が溶けるとは…怖いねぇ」
「まぁ、動きはとろいから気を付けてればただの的だったよ
討伐費用が小遣いになったってもんだ」
「おっ!じゃあその金で次の店は奢ってもらおうかな?」
「ははっなんで俺が奢らなきゃならないんだよっ」
楽しそうに響く声
その二人の間を、すさまじい速度で一筋の影が通り過ぎた
「…ん?今何か通ったか?」
「ん~?気のせいだろ
ほらもう一軒もう一軒!」
「もう一軒だけだぞ?」
笑い声は何も気にする様子もなく、軽やかに街の灯りの中に消えていった
残った闇から現れた恭介の手には簡素な財布が2つ握られていた
「ざっとこんなもんだね」
『魔力も使わずに二人の財布を…見事な手際じゃのお
速すぎてあの二人も気づいてなかったようじゃし…』
「この世界の服の作りは俺の世界のより雑だからな
簡単なもんだよ」
恭介は別の場所で万引きしてきた革袋の中に金を詰め込むと、盗んだ財布は燃やしてしまった
「証拠隠滅…簡単なもんだね」
『盗むだけなら一人からでもよかったのではないか?
2人そろって文無しはかわいそうじゃろ』
「馬鹿だな、二人から盗めば条件は同じ
後々喧嘩しなくて済むだろ?」
『物は言いようじゃな
さて、今日はもう遅いがどうするんじゃ』
「宿を探そう
腹も減ったしな」
『なら宿屋じゃな
飯も食えるぞ』
「お、いいじゃん
案内してくれ」
『あぁ、それはいいが…』
「ん?何?」
『鳥のままならわざわざ部屋を取らなくてもよかったのではないか?
どこでも寝れる場所があったじゃろ』
「そんな畜生みたいな真似ができるかよ」
『それ…わしのこと馬鹿にしておらんか?』
恭介たちは街の少し外れに位置する場所に建つ4階建の建物の前にやって来た
看板が建っており、【シエーラの宿屋】と書いてある
「これが宿屋なのか?」
『うむ、高すぎず安すぎず、一般的な宿屋じゃな』
「宿屋ってか…ホテルだな」
『ほてる…とは何なんじゃ?』
「俺の世界にある…えーっと…宿屋の凄い版
このでかさで一般的なんて凄いんだな」
『この街は豊じゃからな
それに…人に泊まる場所を提供して金を稼いでいるのは宿屋と教会だけなんじゃが、今はどの教会も不景気での』
ナノは悲しそうにそう呟いた
形はどうあれ神を崇める存在の勢力が弱まっているせいだろう
「そうか…勇者を殺してなんとかするさ
じゃないと、俺も余生が過ごせない」
『そうなればわしも嬉しいよ
さぁ、中に入ろう』
「あぁ」
ナノは恭介の胸元にもぞもぞと潜り込んで身を隠した
それを確認すると恭介は入口に向けて歩き出す
魔法により自動化された美しい装飾付きの扉は、近づくと独りでに動き出した
「すごいな…現代科学顔負けだ
さてと、こんばんは」
フロントには40代ほどの女性が一人立っていた
簡素な服に身を包んで、何かのメモを取っている
ホテルのような内装とのミスマッチにやや困惑するが、今は経済バブルのような状態で見てくれを整える前に設備に投資をしたのだろうと恭介は考えることにした
「宿泊かい?」
「はい」
「今だと…各階一部屋ずつ空いてるよ」
宿屋の女性が値段表を指さしていく
階が高いほど安いようだ
「上に行くほど安いんですね」
「そりゃあそうさ…あんた田舎の出かい?
センターみたいに魔力で動く移動箱があれば簡単だけど、うちにゃないからね
金払いのいい客を4階まで歩かせるわけにもいかないし、サービスを待たせるのも悪いだろ?」
中途半端な発展が中途半端な価値観を生んでるのかもしれない
恭介はそう考えながら財布を取り出し中身を確認する
ここへ向かう途中でナノから金銭に関する説明は受けている
「じゃあこの一番安い部屋…いたっ!」
恭介が一番安い部屋にしようとした瞬間、ナノが服の中で恭介をつついた
どうやら一番安い部屋は嫌らしい
「神様のくせに業突だな…」
「あんた…どうかしたのかい?」
「いや、なんでも…この部屋にします」
恭介は二番目に安い部屋を指さすと同時に服の上からナノを押さえつけた
不満そうに服の中で暴れている
「あいよ!食事は?」
「夜と明日の朝をお願いできますか?…金は払うので少し多めで」
「わかった!いい肉が入ってるんだ
期待していてくれよ!
ほら、鍵だ」
「ありがとうございます」
鍵を受け取ると軽く会釈をし、部屋までの階段を登り始めた
以前であれば4階まで一気に登れば多少疲れたものだが、今は全くそれが無い
それがあまりに心地よくつい早足で登ってしまう
『随分楽しそうじゃな』
「あぁ、この楽しさは最初から強かったお前にはわからないかもな」
『そうかもしれんな…弱体化はしたが、たぶんまだ疲れずに登れると思うよ』
「…今回は俺が運ぶから大丈夫だな」
『あぁ、快適じゃよ』
そんな話をしている間にあっという間に4フロア分を登り切り、恭介は部屋の前に来た
貰った鍵で扉を開けると7畳程度の広さに、机とベッドがある簡素な作りが広がっていた
「結構立派じゃないか」
『部屋はどうでもいいが、飯がなぁ…
部屋のグレードに飯は左右されるんじゃ』
「いい肉が入ったって言ってたからいいだろ?
安定収入があるまでは我慢しろよ」
『どうせ安い部位じゃよ
やはり世の中金じゃな…わしが言うのもなんじゃがの』
「お前は神だからな…ってか、今更だけど肉食うのか?鳥のくせに」
『待て、鳥のくせにとはなんじゃ?鳥のくせにとは!』
ナノが勢いよく懐から飛び出すと恭介の周りをパタパタと回る
「あ~!うっとおしいな!鳥なんだから鳥って言ったっていいだろうが!」
『お前…わしが常に鳥だと思ったら大間違いじゃぞ…!』
「違うの?」
『鳥とて素晴らしい生き物じゃが、わしはこの世界の生き物であればどんな姿にだってなることができる!
貴様と同じ人にだってなれるわ!見せてやる!』
ナノは床に降りると体を大きく広げた
すると、まずは両翼が変形を始めた
バキバキと音を立てながら翼が巨大化し、先端には五本の爪のようなものが現れる
『うぐぐ…ぐああああああ…!!』
体も巨大化し、体中に生えていた翼がぬけていく
頭部には新しく金色の髪が生え、人の顔が造形されていく
わずか十秒程度でナノは完全な人間に姿を変えたのだった
『やはり…一気に体を変えるのはしんどいのぉ…
どうじゃ禁術など必要としない、肉体を作り変える神の御業じゃ』
「お、お前…!?」
恭介は慌てて顔をそむけた
ナノはアイナスを彷彿とさせる美しい女性に変身したうえ、一糸まとわぬ姿だったのだ
「女だったのか…!?」
『ぬ?わしに性別があるわけではないが…アイナスがひな形になっておるからな
あいつはたまに姿を変えるんじゃが…わしが作られた時は女体だったらしい』
「はぁ…どいつもこいつも神ってやつは…ほら、ローブがあったから着てくれ」
『ふふ、少し刺激的じゃったか?
そういうところは人間味があるんじゃな』
「前の世界でも経験に恵まれなかったからな…
明日は服も買わなきゃいけないかな…」
『その服汚いしのぉ』
「俺のじゃないって…あ、お前はわかるんだ
見た目変えてるのに」
魔法で見た目を変えているためぱっと見はわからないが、恭介の着ていた学ランは砂丘で暴れたため砂やほこりでかなり汚れている
『当たり前じゃ
懐にも入ったしの』
「汚いだけなら大丈夫だよ
ほら禁書の棚の本を守る魔法があったろ?」
『ほこりも汚れもつかんって言ってたやつじゃな』
「あの魔法を解読してみたんだ
応用して汚れたものを綺麗にする魔法も開発した」
そう言うと、恭介服を元の学ランに戻した後、自分の体を魔力で包んだ
するとあっという間に服は綺麗になり、においまで取れてしまった
『すごいのぉ
このレベルの生活魔法なら構築式を公開するだけで大金持ちになれるんじゃないか?』
「いきなり目立つのは怖いからそれは最終手段にする
そんなことよりさ…綺麗になってもやっぱり学ラン…異世界の服は目立つだろ?」
『ん~大して気にならんと思うがの
お主の世界はみんながみんな同じような格好をしているのか?』
そう言われれば、元の世界でも一般的ではない格好をしている人間はたくさんいた
そういう人間を見て、あぁ、異世界から来たんだなと思ったことは確かに無い
『服なんてどうとでもなる
わしだってちゃんと服くらい持ってるから安心せい
それに、明日宿を出るころにはどうせ動物に戻っとるんじゃ
このままでええじゃろう~』
ナノはそう言うとベッドに向けて倒れこんだ
「…人の姿になった瞬間急に子供っぽく見えるもんだな…」