始まりの町_5
異世界への転生を果たした恭介は、ビギンズシティと呼ばれる都市で神の分身と出会った
この世界は、創造の神が澱みに向けて息を吹きかけたことから始まった
吹き込まれた息吹と澱みが混ざり大地が生まれ、人、魔物、精霊という3種の生命も誕生した
精霊は種として確立し、変わらぬまま世界の移り変わりを見続けた
いつしか、人と魔物は交わり、両種族の特徴を有した新たな生命が生まれた
より人に近い者は亜人、より魔物に近い者は魔人と呼ばれた
「異世界の世界史って興味あったけど…どの世界でも人間のやることは変わらないんだな
澱みに息を吹き込んだとか意味わかんない」
『お前の世界の神話もこんななのか?』
「詳しくは知らないけど、うちの国の神話は…確か…神様が棒を突っ込んでかき混ぜたら大地ができたんじゃなかったっけ?」
『なるほど?おもしろいな…人間は賢く、ずば抜けて数が多いから発想も多様で面白い
こっちの世界も、お前がいた世界も力の弱い人間たちは、そういう方向に進化したんじゃろうな
どっちの世界もアイナスが創ってるからそんなわけないがのぉ』
「かもな…にしても、亜人とか魔人とか、そんなのがいるのか、この世界は…あ、街中にいた変な見た目の奴らがそれか!」
『おそらくそれは亜人じゃ
この国は亜人に対する差別意識が低いからの』
「…差別されてるのか?亜人とか魔人って」
「魔物は獣じゃからな…中には賢い種族もおるが、基本的には本能のまま戦い、喰らい、生きておる
そいつらと交わり生まれたから、気持ち悪いと思うらしいぞ?
人というものは異なるものをはじき出そうとする種族じゃからな」
恭介はその言葉に納得する
自分の世界でもそうだった
背が小さい、太っている、生まれた国が違う、貧乏だ
大した理由じゃなくてもいい
ただ違うだけで蔑まれる
それが人間だ
「…街にいるのはおそらく亜人って言ったな?
魔人がいない理由ってもしかして…」
『魔王が魔人からしか生まれんからじゃ』
「なるほどな…魔王は世界を支配しようとしてたんだ
敵の親玉が生まれる種族なんて普通に一緒にいたくないし…過激な奴からすれば、滅ぼしたいって思ってもおかしくないか…」
『そうじゃな…魔人から魔王が生まれ、人々は魔人を迫害した
亜人は同じ道をたどらぬよう、魔人を切り捨て人間の味方をすることにした…
じゃから、魔人は魔物と手を組み戦うことにしたのじゃ
魔人の平和を守るために、世界を手中に収めんとした』
人間も亜人も支配されかねない魔王という強大で共通の敵は、図らずも両種族の手を取らせた
ただ強者が生まれただけで種族そのものが排斥されようとしてしまう
平和を願う魔人は魔王にすがり、世界の征服なんて馬鹿げた願いに縋るしかなかったのだのう
「皮肉なもんだな
でも…同じように人間からは勇者が生まれてしまった…」
『そう、人ならざる力を持つ規格外…それが勇者じゃ
魔王が生まれれば勇者が生まれ、勇者は生涯をかけ必ず当代の魔王が死ぬ寸前まで追いつめる
勇者と魔王の異能は引かれあい、互いに牽制しあい…そうして戦線が保たれてきたんじゃ
だが、今代の勇者は魔王を殺した』
「人間は圧倒的優位になって…神すら頼る必要がなくなった…か
魔物も魔人も散り散りか?」
『あぁ、魔物は魔王の支配から解き放たれ、野生に帰った
わずかに残った魔人たちは今や生きていくのも大変じゃろう
勇者は故郷の村へ帰り、そこは始まりの村と呼ばれ栄え、いつしかビギンズシティと名を変えて有数の大都市になったというわけよ』
「魔法があれば、現代のスピード感を超えた発展が可能なのか…想像以上だな」
『一気に発展させていったから、ほころびも多いがな
見たじゃろ?あの歪な建物を
後先考えずにバンバンと建物を建て、その隙間に魔法を使って力技で建築を進めた結果じゃ』
「それでああいう形になるのか…さて、ざっくり世界史の後は、詳細も気になるところだし…あれにしよっかな」
『…本読むのが好きみたいじゃな』
「図書館は邪魔も入らないし金もかからないから好きだったんだ
…勉強だけが他のクラスメイトと平等にできることだって思ってたしな」
『そうか…よっと』
神は飛び上がると恭介の肩に乗った
「なんだよ」
『わしは神じゃ何でも知っておる
わからんところはわしが答えよう』
「…ありがたいね
ところでお前ってさアイナスみたいに名前はないのか?」
『ん~人がつけた名前ならばいくらでも歴史の中で出てきたが…どれがいいかの』
「あ~そりゃあ神話があるんだからそうなるよな
でもなぁ…神と同じ名前の鳥を連れ歩くのもな…」
元の世界でペットにアマテラスとかアッラーとかゼウスとかつけるようなことは目立つし恥ずかしいから避けたい
恭介は手に持っていた一冊の本の表紙に目を向ける
そこには著者 ナザリーノと記載されていた
「ナザリーノ…長いな
ナザ…いや、縮めるならナノ…
よし、じゃあ…ナノって呼ぶことにしよう」
『ナノ…ナノ…ナノか…うん、気にったぞ
ありがとな、恭介』
「…どういたしまして」
ただの鳥なのに、なんだか微笑んだように見えた
いつぶりだろうか、ただ感謝の気持ちを伝えられるのは
恭介は少しだけ微笑み、禁書の棚の本を読み漁り始めた
途中で脳や視力を魔力で強化することで、人知を超えた速読をする技能を新たに獲得したことと、ナノの完璧なアシストによって凄まじい速度で知識を増やしていった
その頃…ビギンズシティセンター内最上階執務室内では、冒険者ギルドの長たるギルドマスターが渋い顔をしていた
「…どうしました?マスター?」
マスターの隣で作業をするアメリアが、いつもと違う様子に気づき声をかける
「ここは会議室じゃないからアイズでいいよ
いつもギルドのトップでいるってのも疲れるしさ」
「いつも何も変わらないじゃないですか」
「はは、そうかも
んで、どうしたかって言うとね、禁書の部屋に誰かが入ってる気がするんだよなぁ…」
「まさか…あそこには扉くらましの魔法、鍵魔法、鎖状封印魔法の三重施錠で守っています
とても侵入できるとは…」
「シティ関所で押される魔証紋は犯罪歴のある者と悪意のある者…そして危険な力を持つ者をはじく…入れたとしたらその魔力情報は騎士団のもとに届くはず…何か連絡は?」
「いえ、ありません…」
「だよねぇ
となると、悪意が無いと判断された?
それか、ハンコの不備かな…まぁ、どっちにしろやばいけど…もっとやばいのはほんとに禁書を見られた時
禁書の部屋に入れた時点で重罪だ
重要なのは入れた方法だよなぁ…魔法でバレないように施錠を外して入れちまったとしたら…勇者のパーティーに匹敵するぞ」
「でもそんな強力な魔法を使用すれば、解錠の際にもっとはっきり気づかれるのでは?」
「…封印とか結界とか恒常的で受け身な魔法はさ、魔力量に物言わせてぶっ壊すってのもいいんだけど…どっちかっていうと大事なのは構築式の解読なんだよね
構造がわかれば、少ない魔力で対応できるじゃん?」
「可能性をいたずらに潰すのは愚策だとわかっていますが…私にはあの三重施錠魔法を解読できる者がこの世界にいるとはとても思えません」
「結局、会議では間違いなんじゃないかで様子見になったけどさ、俺はまだ闇の魔力の現存を疑ってるんまよねぇ…関所で変な魔力の動きがあった気もしてるんだ
もしかしたらそいつが禁書の部屋に侵入してるかもしれないだろ?
常識で考えるのはだめかもしんないぜ」
「…では、どうしますか?」
「一応…確認しに行きたいなぁ…」
「禁書の部屋を開けるだけでもリスクになりますし…一度解除魔法を行えば、再度施錠魔法が必要になります
上層部が納得するか…何か確認に足る根拠があればいんですが…」
「部屋を守る魔法の魔力が揺らいだ気がしたってのはどう?」
「…わかりました、行きましょう」
「え、まじ、いける?」
「マスターの魔力感知能力は勇者様を超えていらっしゃいますから
十分理由として納得いただけるでしょう
納得いただけないなら、ごり押しします」
「はは、信頼してくれて嬉しいねぇ…それじゃ魔法部門長を急いで招集してくれる?
すぐに図書館に向かうからさ」
「はい、承知いたしました」