始まりの町_1
異世界への転生を果たした恭介は、魔王の力を試しながら人類の生存圏を目指していく
「どこだ…ここは」
気づくと恭介は強い日差しが差す、一面砂しかない場所に立っていた
「ここは…砂漠か…?
でも別に乾燥してる感じじゃないけど…
砂漠…って言うよりは砂丘なのかもな」
改めて自分の状態を確認する
見慣れた学ラン…目に見える範囲も触った感じも変化はない気がする
だが、体の奥に確実に何かを感じる
「なんだろう…今までとは違う何かが自分の中にあるみたいな気がする
でもすぐに使える…使いこなせるって感じだ」
数年乗っていなかった自転車にすぐに乗れるように、体に染みついた技術や能力が自らに備わっていると感じた
手を突き出し、体に流れるエネルギーのようなものを意識する
その瞬間、体から力の塊が飛び出した
「おわぁっ!?」
自らが放ったエネルギーの反動で、恭介は後ろに吹っ飛んでしまった
すごい勢いで体を打ち付けたが、ほとんどダメージがない
「これが異能…魔王の力か…!
神の言いぶりだと、俺には魔王の資質があるってことだったんだろうが…はっ…資質か…」
恭介が顔を上げ、エネルギーを飛ばした先を見ると、そこには巨大なクレーターのようなへこみができていた
これを自分がやったと思うと胸が踊ってしまう
「ははっ…世界が不平等になるわけだな…
ん?なんだあれ…」
自分が開けたクレーターのすぐ近くに、巨大な何かが横たわっていた
水かきの付いた二本の脚、翼の様に大きなヒレ、深海魚を思わせる顔立ちに鋭い牙
「でかい魚…?20mくらいあるぞ…?
死んだのか?」
かなり離れた場所であるが、まるで双眼鏡で見たかのように良く見える
それが普通であるかのように自然に目にエネルギーを集中させ、視力を上げているのだ
次は脚を強化し、ひとっ跳びで謎の生き物に近づいた
「やりたいことがやりたいようにできる…なんで気分がいいんだろう」
仰向けで大口を開け、横たわるその生物は死んでいるように見える
「いや…わかるぞ…こいつ生きているな
心臓の音が聞こえる…気絶してるのか?」
「…ウガアアアアアアアアア!!」
「なにっ!」
突如飛び上がった謎の生物は、勢い良く恭介に嚙みついたが、恭介は簡単にかわしてみせた
「…死んだふりか…野生でそんな方法を使うのはどんな世界でも弱者ばかりだ」
恭介は体勢を立て直して、手を突き出した
本人は気づいていないが、“魔王”の異能は授かった時点でその心身に作用する
肉体は強固に、精神は当人の常識すら変える
人生で初めて見る巨大な化け物すら、今の恭介には観賞魚と大差ない
「ウギャギャギャガガギャガ!!ガァッ!」
けたたましい咆哮の後、その巨大な口から高速で砂の塊が吐き出された
体液で粘度と重さが加えられた砂の塊は、さながら小型隕石のようだ
しかし
「ふんっ!!」
恭介の手から放たれたエネルギーの塊は砂の塊をあっさりと破壊すると、生き物の横をかすめはるか後方の砂山を吹き飛ばした
「…威力を上げれば狙いがぶれるな…目下の課題にしておこう」
「な…なんて力だ…」
「…え?お前喋るの?」
恭介は普通に話し始めた目の前の生物に愕然とし、あからさまに嫌な顔をうかべる
「お前はしゃべれちゃ駄目だろ
世界観がくずれるだろうが」
「知るか馬鹿野郎!
ちくしょう…なんなんだ、急に化け物みたいに強い人間に狙われるなんて…」
急に狙われる?何を言って…あ?
もしかして、こいつからしたら俺って…唐突に現れた謎の人間で… いきなり自分に向けて攻撃してきたやつで、死んだふりに対してとどめを刺しに来てる…ってことか?
「…別に狙ってないよ」
「あ?」
「ちょっとはしゃいでたから、それに巻き込んじゃっただけ」
「はしゃいだで済む威力じゃないだろボケナス!」
「うるさい」
「うぎゃああああああ!」
うるさいので、目玉を蹴ったがよりうるさくなってしまった
「ひ、ひでぇ…なんて野郎だ…
というか、何でお前は俺の言葉がわかるんだよ」
「普通はわかんないのか?」
「当たり前だ、俺は魔物だぞ
俺だって人間がなんて言ってるかなんてわかんないしな
魔物と話しができたのなんて魔王くらいだった」
「なるほど…魔王の異能に備わる、動物とのコミュニケーションを可能とする能力か
ずいぶん便利だな」
「…魔王のどういうことだ?」
「自己紹介だな、俺は志島恭介
魔王の力を持ってるんだよ」
「異世界から勇者を殺すために来た…か
にわかには信じられねえけど…事実、人間なのに俺と話せてるしなぁ」
「俺も来たばっかりでよくわからないことばかりなんだ
神って奴は想像よりもクソ野郎でさ」
「そうかよ、まぁ予想通りだけどな」
「お前はなんなんだ?でかい魚みたいだけど?」
「俺は魔物だ、ただの魚と一緒にするな
魔王は俺らの種のことを砂の魚って呼んでたぜ」
「安直だな…じゃあお前はサキューって呼ぶことにしよう
砂丘に住んでるし」
「お前もよっぽど安直じゃあねえか?」
「うるさいな
サキューは人間が住んでる町を知ってるか?」
「あぁ、知ってるよ
あっちだ」
「…連れてって」
「あ?なんで俺が…!」
「急に魔王の力を試したくなってきたな」
「誠心誠意ご案内させていただきます!」
昼下がり、発展した都市の中で多くの人々が楽しそうに歩いている
ここはビギンズシティ…世界屈指の大都市の一つである
この街の中心にそびえ立つ巨大な建造物の最上階の会議室では重々しい空気が流れていた
「んじゃ、情報共有よろ」
ソファに深く腰掛ける筋肉質な男がけだるそうにそう呟いた
近くにいた女性が頷き、手元の資料を読み始める
「はい、マスター
異常が発生したのは西の砂丘
闇の魔力と思われる強大な力を感知しています」
その言葉を聞き、会議の参加者たちがざわつき始める
「闇の魔力だと!?何かの間違いだろう!」
「それは魔王の力だ!魔王は死んでいなかったというのか!?」
「異能は滅びれば別の生き物の異能として再び生まれるだろう…!」
「だとしても早すぎる…!そんなことがあり得るのか!」
「うるせえなぁ!!!」
ギルドマスターと呼ばれた男は部屋一帯がビリビリと震えるほどの大声を出した
参加者たちはその轟音に目をまるくしている
「魔王だろうがそうじゃなかろうがどっちでもいいんだよ…!
人類を脅かしかねない闇の魔力を感知した…それが事実
お前らに求めてんのはお気持ちを飛ばし合うことじゃねえ
建設的な対応策だろ?」
その言葉で部屋全体に緊張が走る
「おい、アメリア、お前の見立てが聞きたいな」
「はい」
ギルドマスターの隣に座っていた女性がやれやれという顔で、マスターと呼ばれた男の呼びかけに応えた
「…魔王が生きていた可能性は限りなく低いかと思います
それは、マスターのお考えも変わらないはず」
「…“闇の呪縛”は解除され、世界中の魔物は魔王の支配下から野生に戻ったしな」
「世界中で保管されていた魔王の肉片も、あの戦い以降消滅しています
…世界中のギルドと勇者のパーティーの捜索をかいくぐって暗躍していたとしたら、このタイミングであのような派手な行動を起こすのも不自然です」
「…だよなぁ…ってことは、魔王に変わる新たな闇の力の登場か…通説を覆して、異能が最速の転生を果たしたか…
それともやっぱ魔王は生きて隠れてたけど、どうしようもない敵に襲われたのか…」
「なんにせよ早急に対応しなければまずい案件である可能性高いです
西側の防御を固め…“勇者”に連絡することを提案します…」
「まぁ、そうなるだろうなぁ…
騎士たちに連絡して、集められる兵を西側関所に集めろ
それから、勇者さまにすぐに連絡するように…以上だ」
人類の生存圏に早くも恭介の存在が感知された頃…恭介とサキューは高速で砂上を移動していた
「結構速いな!これならすぐにつけるんじゃないか?」
「砂場の移動速度で俺らにかなう種族はいないさ!」
「頼もしい話だな…ん?おい、サキュー減速してくれ」
「どうした?」
「変な感じがする…」
「変な感じ?」
「ぞわぞわする感じだ…視線を感じるような…はっ!?バックだ!下がれサキュー!」
「え?おお!」
サキューがすさまじしい速度でバックした瞬間、その場所から巨大な円柱型の何かが飛び出した
「おわあああ!?なんだ!」
「砂の牙だ!」
「砂の牙…!?」
「魔王がそう呼んでた…!
俺らを食う天敵だ!」
「そうか、死んだふりなんてするんだもんな…!
ちゃんと襲う相手がいるよな…!」
巨大な円柱の先はぱっくりと割れ目が入っており、そこに鋭い牙がずらりと並んでいる
「おい!お前はしゃべれないのか!」
「ゴアアアアアアアアアア!!!」
地響きのような咆哮を上げると、砂の牙は地面に潜りだした
「無駄だ…あいつは魔王も会話を諦めたはずだ!」
「知能が低いのかな…?
なんにせよいい機会だ…今度こそ試してやるぜ、この力をなぁ!!」