プロローグ
現世で死んだ高校生、志島恭介は、勇者を殺し世界を救うため、魔王として異世界に転生する
放課後の校舎裏で一人の少年が空を見上げていた
学校を牛耳ってると思っている、いわゆる不良にボコボコにされ、仰向けに倒れたまま動けなくなっていた
「はぁ…殴られてやってんだからもう少し入れといてほしいよなぁ…」
ため息を吐きながらゆっくりと起き上がる
その手には自分をボコボコにした不良の財布が握られていた
殴られながら、少年が盗んだ物だ
「今日は何食うかな…」
そう呟きながら、少年は財布から金を引っ張り出す
少し歩くと、外を走る生徒たちが見える
部活中だろうか…こっちをちらちら見ているようだが、あえて視線を外そうとしているようにも見える
関わり合いたくない…そう思うのが普通だろう
少年は誰の物かもわからないカバンの中に、空になった財布を突っ込んだ
口の中の血を飲み込みながら、ふと通学路に目をやった
子どもたちが楽しそうに帰っている
「いいな…幸せそうで」
ポツリとそう呟いた
そこから先の記憶が…うまく思い出せない
『それは…君がまだこの世界に馴染んでいないせいだよ』
「なんだって…?」
頭がふわふわする
感覚が鈍い
『目が覚めたみたいで何よりだよ、少年
正直、この世界に人間を招いたことが無いから、吹き飛んだり消滅したりしないか不安だったんだよ~』
明るく可愛らしい声が響く
何故だかわからないが最悪の気分をさらに害されるような…そんな癪に障る声だと感じた
そこで自分が倒れていたことに少年は気づいた
白い天井、ピンクのレースカーテン、ふかふかだが血のように赤いベッド
「…趣味が悪い」
『そう?私は気に入ってるんだけどね
はい、ゆっくりでいいから起きてちょうだい』
声のする方に立っていたのは、美しい顔立ちに抜群のプロポーションを薄布1枚で隠した少女だった
「ん、女の子…?誰…ですか?」
『ふふ、かわいいねえ
まぁ、そんな固くならないでよ
あ、そっちの方は硬くしてもいいけどね』
「なんだこいつ…」
『私?私はアイナス…いわゆる、神様って奴さ』
アイナスと名乗る少女は誇らしげに胸を張った
神という名に釣り合うのはその見た目だけだな
『なんか失礼なこと考えてる?』
「いいえ…最近の神様は随分フランクなんですね」
『親近感が売りなんだよ
神々しすぎると、とっつきにくいでしょ?志島恭介くん』
「…俺の名前も調べがついてるってわけですか?」
『神様だからね』
そのにやけ面に心底腹が立つ
なぜ急に知らない女に拉致されて意味不明な問答をしなければならないのだろう
「はぁ…もううんざりだ、ただでさえクソみたいな人生なのに、これ以上クソにされてたまるか
俺を誘拐したってなにもいいことなんてないぞ
うちは片親でど貧乏だし、俺を心配するような奴なんて…」
『志島恭介君、君は死にました』
「なに…?」
『死因は酒瓶による後頭部の殴打
酒に酔った君の父親が、君と口論になってそのまま殴り殺した』
「あんた…何を言って…!?」
その瞬間、記憶がフラッシュバックするのを感じた
氾濫する川のように記憶が流れ出したのだ
「うぐ…ぐぅ…!!」
『思い出した?どうやって自分が死んだのか…』
響く怒声、飛び交う家具や小さい物、酒で正気を失った父の顔…そして…
「あぁ…思い出した…思い出したよ
俺は金をせびる父親に反抗して殺された…そうだ…殺されたんだ…!」
心が苦しい…何かに潰されてしまいそうなそんな気分だった
立ち上がれない…呼吸もどんどん荒くなってきた
現実を受け入れられない…視界が眩んで…白くなっていく…
『おいおい、折れるな
ここで終わってしまったら困るよ少年…私は君に助けてほしくて呼んだんだ』
不思議な気分だった
いいことなんて何もない…生きていても苦しいことばかりだ
でも必死に生きていきた、普通も幸福も何もかも犠牲にして…それでも生きてきた
それなのに…あっさりと殺された
それも自分の父親に…
最悪だ…泣き出したい、全てを投げ出したい…喚き散らしたいのに、心がどんどん落ち着いてくる
「なんでだ…?どうして俺はこんなに落ち着いてるんだ…?」
『この部屋で取り乱すことは許されない
ここは始世界…私の作った全ての始まりの場所なんだ
この世界のルールは私であり、ルールを自由に作り変えることもできる
荒ぶる君の心を鎮めることだって簡単なんだよ』
「…それが神のやり方か?」
『ふふ、そろそろいいかな?話したいんだよね
君をここに呼んだ…わけをさ』
「どうせ話すだろ?早く話せよ…神様」
『ふふ、だいぶ馴染んだのかな…?
君をここに呼んだのは殺してほしい人がいるからなんだ』
「殺してほしい…?そんなのただの高校生じゃなくて殺し屋とかに頼めよ」
「殺し屋に頼めるならそうするけどさ…君に殺してほしいのは、“君の世界”の人間じゃない」
そうアイナスが呟いた後、唐突にいくつもの地球儀が現れた
その一つ一つは空中にとどまりゆっくりと回っている
「地球儀…だけど、一つ一つ模様が違うな」
『そう、大陸の形が違うんだ
これは全て私がここで創り出した世界…
君からしたら異世界ってやつだよ』
「これが全部…!?
お前、工作感覚で創ったんじゃないだろうな…!」
その言葉に対して少し笑うと、神は一つの世界の元へ歩み寄った
『世界の創造はとても難しいんだ
災害、病気、戦争…知的生物が絶滅する要因はいくらでもある
君らの世界もそうさ…何度も滅びるんじゃないかとひやひやしながら育っていった
そんな中でもこの世界は私のお気に入り…最高傑作にもなり得ると思っているんだ』
正直、クソみたいな生活をしてきた俺からすれば、別の世界に傾注するアイナスの発言はとても腹立たしい
だが、その怒りの感情すら抑制されているような気がする
「…どんな世界なんだ」
『剣と魔法のファンタジー世界って言えばわかりやすいかな?
どう?ワクワクする?するよね!?』
「ワクワクったってな…」
『でも!そんな私の世界が滅びのピンチなんだ!
この世界の支配者にして、最強の者のせいでね!』
「おいおい…まさか魔王を殺せ、だなんて言わないよな」
『違うよ…君に殺してほしいのは…勇者さ』
そう言うと…神は不敵にほほ笑んだ
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魔王が支配する世界
その世界で、“勇者”は希望だった
勇者は数百年に一度、人間から現れる
そして、その短い一生の間に人類を害する者を打ち倒してきた
今代の勇者は厳しい旅を乗り越え魔王を殺した
世界に平和が訪れ、勇者は人々にこう言った
「皆!!聞いてくれ!魔王が倒れ、世界は光の時代に突入した!
この平和を盤石とするために、我々は強くならなければならない!
辛く苦しい旅の中、僕らを助けたのは神ではない!
共に戦う人々だ!
脅威に立ち向かう人間の強さだ!
いもしない神に祈り、崇めるのはもうやめよう…!
これからは自分たちの力を信じて生きて行こう!!」
人々を照らす光
生きる希望…まさにその姿は勇者であった
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『最悪でしょ?』
「いけ好かない奴ってのはわかったけど?」
『この無数の世界を一気に管理するのは不可能なんだよ
だから、私は私の分身を各世界に派遣してる
彼らが活動するためのエネルギーは信仰心なんだ』
「…それじゃあ」
『そう、人類は神を見限った…私の分身の力がどんどん弱まってて…これじゃあ何かが起きたときに世界の調整ができない』
「神の怠慢の結果だろ」
『神だからって全ての生命に納得のいく幸せを与えることなんてできないよ
それにこのままだとこの世界が滅びに向かう可能性だってある…別の世界とは言え、何十億という人間が死ぬのは君も悲しいでしょ?』
「いや別に…」
『そう悲しいんだよ!!
だから諸悪の根源をつぶしたいんだ』
「人の話を聞かない奴だな…勇者なんて大それたものを殺してもいいのか?」
『所詮“勇者”は資質でしかない
この世界の生命には必ず何かの異能が宿る
数百年に一度、異能に足る資質を持つ人間に宿るもの…それが勇者の正体だよ
今代の勇者が死んだところで、数世代後にまたひょっこり現れるさ』
「…そんな考えだから見限られるんだろ
…拒否権は?」
『どうぞ?
君は改めて死に、輪廻転生の輪に落ちる
魂がリセットされ、私の作った世界のどこかに生まれ落ちるだけだからね』
「つまり拒否権はないってことね…
でも、行ってもすぐに死ぬだろ?」
『その点は大丈夫!力を上げるからね!』
「力…そうか、神の力なら勇者くらい簡単に殺せるってことか」
『そんなのあげないよ
神の力は唯一無二
あげたら私が使えなくなっちゃうじゃん』
「そういうもんなの?
じゃあ何をくれるって言うんだ」
『魔王の力だよ』
「なんだって…?俺に人間やめろって言うのか?」
『は?なんで?』
「…え、人間が魔王になれるのか?」
『なるとかならないとかじゃないんだよ
言ったでしょ?それは単なる資質でしかない
異能に足りうる人間以外の生物に宿る異能…それが魔王の正体
その異能を神の権限で人間である君に与える
先代魔王とほぼ同等の力をそのままあげちゃうつもりなんだ
あ~なんて太っ腹!』
「でも…勇者に負けた力をだろ?」
『先代は強かったけど、魔王を名乗るには少し資質が足りなかった…
私何の意味もなく、偶然いいタイミングで死んだ君を連れてきたと思うのかい?』
「それじゃあ…」
『君のセンスに期待かな
他に聞きたいことは?』
「勇者を殺した後、俺はどうなるんだ?」
『新たな世界で強者として生きるといいさ』
「…そうか、安心したよ」
『そう?…あっ!もうこんな時間!!説明は終わり!
さぁ志島恭介…君は新たな世界へ転生する!
二度目の人生を存分に楽しむといいよ!』
「お、おい!まだ話は…!」
『あ、そうだ…ビギンズシティと呼ばれる街に私の分身がいるはずだから、寄ってみてね!』
「だから待てって!!」
『話したくなったら私に会いたいって願ってね?じゃあね~』
その瞬間、俺の意識は一気に消え去った
やはり俺は、神という存在が嫌いだと心底感じた