あなたが死んで、あなたへの愛を知りました。契約結婚も悪くないですね。
女オタクな主人公です。サクッと読める系なので、お茶のお供にしていただけたら幸いです!
「レア・クリア男爵令嬢。貴女に契約結婚を申し込みたい」
「ハイよろこんでー!!」
「ああ、当然こんな酷い頼みは…………、ェ?」
居酒屋店員なみのイイお返事をしたわたくしにポカンとした顔を向けたのは、氷の仮面との二つ名で有名な美形公爵・レーゼン様だった。
レーゼン様は自分から言い出したことにも関わらず、即答したわたくしに戸惑っている。
この方、べつに噂みたいな無表情なんかじゃないじゃない……などと思いつつ、わたくしから話を進めてさしあげることにした。
「契約婚というのはあれですわよね? 最近巷で流行りの“訳アリな真実の愛”を貫くために、貴族らしい貴族の結婚をするという」
「あ、ああ……だが待っ」
「大歓迎ですわ! だってわたくしには推しがいますの!!」
「…………オシ? それはどこのど」
「推・し! 推しですわ! わたくし、作家のベルゼミュリア様を敬愛しておりますの!!」
わたくしがそう言った瞬間、レーゼン様が固まった。
一瞬目を逸らし、また別の方へ視線を送ってから、引きつった顔で口を開く。
「…………あー、ベルゼミュリアというのは、あの、色恋モノの小説を書くという」
その言い草に、わたくしは一瞬で笑顔になった。
「色恋小説ですって? ええそうですわね確かにベルゼミュリア様は作品のテーマのひとつに恋愛を据えていらっしゃいますし外せない大切な要素のひとつですわ。しかしそれが含まれるからと言って色恋小説などと一括りにされるのは大変に遺憾ですの。どうしてかわかりまして? それはですね世に溢れる古典や哲学書にも勝るとも劣らない深い人間愛や倫理への問いがありそれでいて絵本のように単純明快で心温まる滋味深いストーリー、はたまた心の傷にもなりかねないほど苛烈な展開に衝撃を受けて現実を忘れられる瞬間すらある、そんな偉大すぎる作品を次々に書かれる大作家先生だからですのよなにより」
「分かった撤回する素晴らしい小説の書き手であるベルゼミュリア先生の作品が好きなのだな!?」
「ええそうです。分かっていただけて嬉しいですわ」
スンと冷静に頷いてみせると、レーゼン公爵はごほんと咳払いをした。
ちなみに。
わたくしは──いわゆる転生者である。
そしてこのレーゼン公爵は、たぶん攻略キャラってやつなのだろう。飛び抜けて高スペックでキラキラしてるし。
この世界はなんかの乙女ゲーの世界だと思われる。
が……。
わたくしには、それは心底どうでもいいことだった。
わたくしにとって大切なのは、「なにか夢中になれるものがあるかどうか」だ。
つまりは推しがいて、幸せに推せるかどうか。
この世界が何なのかとか、その中で自分がどういう位置づけとか、目の前の相手の「設定」とか、そういうのは心底どうでもいい。
「ん、んん。ではそのベルゼミュリアを」
「先生」
「……ベルゼミュリア先生、を、オシ……推して参るためには、契約結婚が都合がいいと?」
「ええ。本格的な推し活には時間とお金がかかるのです。作家の作品を発売日にゲットして読み込むとかファン友達を緊急招集して徹夜で感想を語り合うとかグッズを可能な限り収集して祭壇を作るとか、悶々と考え込んで夜通し妄想して気持ちに整理をつけるために二次創作して朝を迎えるとか、場合によっては新刊を極道入稿するとか、どんなに遠くても舞台を聖地巡礼するとか……こういったことが全て前提で」
「前提!?」
「ええ。わたくしの場合、先生がいつか引退して趣味に生きることを決意された際や、万が一生活に困った時にパトロンになり、一生守りたいという未来まで見据えておりますの。先生は確実に貴族でいらっしゃるでしょうから、そうなったら生活水準の維持にはかなりの金額が必要です。それは爵位もない令嬢のままでは不可能ですから。叶えるためならなんでも致しますわ」
なるほど、とレーゼン公爵は顎に手を当てて考え込んだ。
目を爛々とさせて期待の眼差しを向けるわたくしをジッと見て、なぜか一度ため息を吐いて、そうしてからレーゼン公爵は頷いた。
「分かった。全て叶える。だから私と契約結婚して欲しい」
「ええ、ええ! よろこんで! お勤め、頑張りますわ!」
嬉しくって両手をぎゅっと掴んで繋ぐと、レーゼン公爵はふいと横を向いた。
ついつい感情が高ぶると前世の一般人な仕草が出てしまうので、しまったと思ったのだが。
はしたないと手を振りほどかれるわけでも、怒られるでもなかった。
◇
向こうからの契約要求は、なんと。
「普通の貴族の夫婦がすることを全て行う」という要求のみだった。
白い結婚でもないし、期間限定でもない。
つまりは貴族らしい体裁を保って、社交して、後継者を産み育てるということ。
無期限との事だったので、わたくしの追加要求も呑んでもらえた。
それは、「ベルゼミュリア先生の作品をより深く読み解くために必要な経験を提供する」というもの。
文豪の作品は読むだけでひとつの人生を体験できるような気持ちになるものだが、そのシーン一つ一つをさらに深く読み解くためには、己の人生経験もまた必要だ。
であるからしてそう申し出たところ、問題ないと快諾された。
それは向こうが望む「普通の貴族夫婦」の人生と重なるところもあるからだろう。
さて。
そんな契約だったので、婚約期間のデートも、卒業パーティーでのエスコートも、結婚式も、ハネムーンも、初夜も、夫婦での社交も、共同での領地経営も、子育ても、全てが私たちの人生には含まれていた。
まず、デート。
貴族学園時代からぐるぐる黒縁メガネで女友達と推し活に勤しんでいたわたくしであるから、異性とのデートなんて経験もなかったし興味もなかった。
いや興味が無いと言うよりはその暇がなかった。
が、レーゼン様は週末に必ずわたくしを貴族街に連れ出してデートをした。
キラキラした貴族街のお土産やオサレなスウィーツには興味がなかったが、少ないとはいえ作品に登場することもあるし、役目だからと思って付き合った。
卒業間際になると平民街への変装お忍びデートをさせてもらって、それは読者として大いに良い経験になったし、次の新刊にそのシーンが登場したので私は大いに共感しながら読むことが出来た。
次に卒業パーティーでのエスコート。これも条件だったので頷き、お供した。
視界の端で悪役令嬢が逆転ざまぁしてクソ聖女を断罪し、勝利の雄叫びを上げながら勇ましくガッツポーズしていたが、それにあまり興味のないわたくしは会場の装飾を観察していた。
最新作のミステリーで、殺人現場となる“卒業パーティー会場”の絢爛豪華な様子が描写されていたからだ。
装飾の布の色や飾られた花などは年度によって変わるらしいので違っていたが、ホールの作りは同じ。
わたくしは自分が作品の中に居るような幸福感に浸れたと共に、ベルゼミュリア様がこの学園の卒業生であるらしいということを肌身で感じ打ち震えた。
そんなふうに楽しく過ごしていると、レーゼン様がやってきた。
OB代表として祝辞が終わったらしい。
「作品には卒業パーティーでのダンスシーンもあるだろう。体験してみてはどうだろう」と素晴らしい申し出をしてくれたので、大喜びで頷いた。
なお当然のようにわたくしは運動音痴なので、レーゼン様の足を踏むどころか足の上に足を乗せさせてもらってそのまま運ばれるレベルのおんぶに抱っこダンスだった。
聖女の断罪が終わって合流したレーゼン様の御学友たちがお腹を抱えて笑い転げ、最高の思い出だと仰ってくれたし、レーゼン様も珍しく笑っていたのでなかなか面白い体験となったと思う。
そこからの結婚式。
わたくしは公爵家のご好意により、資金力にものを言わせた最高の支度をされ、最高級のドレスに身を包み、最高級のエステで磨きあげられたが、それでも自前のぐるぐる黒縁メガネだけは絶対に手放さなかった。
支度をしてくれた侍女が「折角美しく仕上げたのに」とオヨヨと泣いていて可哀想だったが、これだけは手放せなかった。
だってベルゼミュリア先生の作品には何度も結婚式のシーンが登場するのである。
メガネがないと、人の表情であるとか衣装の細部であるとか、料理の繊細さとか花のみずみずしさとか、参加者の表情とか、そういう、作品に描かれていたような結婚式の光景を観察できなくなってしまう。
そう力説すると、レーゼン様は「なるほど、確かに」と頷いた。まぁ契約結婚なので当然の反応か。
……そう、思ったのに。
レーゼン様は、わたくしの新婦のベールを上げて、誓いのキスをする瞬間。
わたくしの黒縁メガネを、そっと、おでこの辺りまで上げて外した。
じいっと見られる。
そうして、わたくしが抗議する隙もなく、ちゅ、と唇にキスをした。
それから一度お顔を離したのに、少し逡巡してから何故かまた戻ってきて、角度を変えて性急にちゅ、ちゅ、ちゅ、と。
最後に、わたくしのメガネを優しく優しくかけ直して。
そうして、誓いのキスを終えた。
せっかくの結婚式体験だったのにその後の記憶がブッ飛んでしまったので、わたくしはちょっと恨んだ。
……その後はハネムーンだ。
警戒していたわたくしは慎重に行動した。
そもそもわたくしたちは契約結婚。つまり、愛のない結婚をして身を捧げる代わりにそれぞれが己の欲望を叶えるという関係である。
レーゼン様がキラキラのイケメンだからといって、惑わされてはいけない。
であるからして、わたくしは悩んだ末、一般的なラブラブデートスポット行きのハネムーンではなく、作品の聖地巡礼を願い出た。
それは了承され、ベルゼミュリア先生の作品に登場する各地の舞台を見学することが出来たので、結果としてハネムーンは大満足に終わった。
レーゼン様もいつの間にかベルゼミュリア先生のファンになっていたようで、「ここは知らなかった」とか「思っていたより小さい建物だな」とかポソポソ呟きながら楽しそうにしており、なかなか良いハネムーンになった。
で、初夜。
これは。
か、割愛する。
結果として年子の、二男二女の子供たちを育むことが出来たとだけご報告しておく。はい。
とにかくわたくしは契約通り、公爵家の後継者たちを育むことが出来た。
長男は今年で六歳。前世の衛生知識も活用してめちゃめちゃ大切に子育てしたので、ひとまず、この世界で幼児が死亡しやすい危険な年齢をひとつ越した。
子供を産み育てるという体験も推し活の糧にはなったが、それ以上に、流石にこれは自分自身の体験として大切にしている。
さらに少し時が経ち、わたくしは三十歳になった。
長男も立派な少年になり、全寮制の貴族学園初等部に入学した。
その記念に、王都の写真館にて、家族で記念撮影を行った。
末っ子の娘が持たせた花や飾りを何でもかんでも玩具にするので写真を撮るのに難航したが、それも良い思い出になった。
そんな、その日その時。
王都でクーデターが起こった。
護衛が血を流しながら写真館になだれ込んできて、倒れながらそう言った。
すぐに護衛は止血をされ、別室に連れていかれて処置を受けた。
玄関にバリケードが張られた。
貴族の馬車は王都から出られないようだと聞いてわたくしは真っ青になった。
貴族はクーデターを起こした者達や便乗する暴徒達にとって人質であり、復讐相手であり、交渉相手であり、時には理由もない憂さ晴らしの対象なのだと、わたくしは知っていた。
前世でも落ち武者狩りみたいなことはあったし、どさくさに紛れれば人は何をするか分からない。
しかし早期の段階なら農民や商人の馬車は都から出られるかもしれないと聞いて、わたくしとレーゼン様は懇意にしている写真館の出入り商人に頼みこみ、子供たちを荷台の果物箱の中に隠してもらって、裏口から脱出させた。
大人は箱に入れないから脱出できないと聞いて、迷いもなく真っ先にそうした。
「流石のベルゼミュリア先生もクーデターの小説は書いていないな」
「これだから素人は……。デビュー前の同人誌時代に書いておりますわ。それはもう恐ろしく勇ましい筆致でしたの。体験してみてリアルさを痛感いたしましたわ」
「あーそういえば……。ならこれも契約履行のひとつになるか」
「馬鹿じゃないの」
わたくしは夫に暴言を吐いた。
「馬鹿じゃないの……」
矢を受けて血を流すあなたを見て、くずおれて横たわったその体に縋り付きながら、精一杯バカにした。
子供たちを馬車で脱出させ終えて、裏口にもバリケードを張り終わろうとした、まさにその瞬間に、貴方は隙間から飛んできた矢を受けた。
駆けつけた時には、もう立っていられないほどの出血をしていた。
「死なないで」
声が震えた。
死なないで欲しくて、そばにいて欲しくて、狂おしくて叫び出しそうだった。
「……死なないさ。……そういう、作品もないしな……」
「あります。同人時代の無料頒布本に。短いけれど切ない死に別れの話があるのです」
「……本気で忘れてた……き、君の追っかけは……そんな時から……」
「ね。きっともうすぐ、御学友達が助けに来てくださいます。だからそれまで」
「……」
「持ちこたえてくださいませ。ね、レーゼン様」
「……ん」
「起きていて」
「……」
「レーゼン、さ、ま」
「……」
「…………レーゼン様!」
レーゼン様の瞳が閉じていく。
それを、正気では見ていられなかった。
わたくしの、頑なに愛を示さない臆病なわたくしの事を愛してくださったレーゼン様の瞳。
それが、光を失っていく。
熱が失われていく。
耐えきれなくて揺さぶる。
「レーゼン様。……お願い起きて、ね、ねえ、あなた。……あなた ……、……レーゼン様?……。お願い愛しているんです、あなたがいないと私は……あなた、……あなた!」
──レーゼン様がその声に答えることは、なかった。
無かったけど、ペロッとちいさくかわゆく舌を出してちょっと笑った。
「は?」
「お!レーゼンいい死にっぷりだな!!??ダハハハハ!!!!」
光の指す方から声がした。
殿下だ。レーゼン様の仲良しの。クソバカ有能殿下。
それが裏口のバリケードをベリベリ剥がして現れた。
「おっ死んでるな。いやーカタブツを地でいってたお前がこんなことをするとはなぁ」
続いて現れたのは最近宰相になった御学友その2だ。
「いや死ぬには出血量が足りてないだろ。演技も準備もぬるすぎだ」
騎士団長だ。レーゼン様の幼なじみでライバルの。
「……は?」
呆然とするわたくしに、三馬鹿が言った。
「どっきり大成功~♡」
……わたくしは瞬間的にレーゼン様を見て、今更ちょっと気まずそうに視線を逸らしているその顔を思いっきりひっぱたこうとした。
が、その手をがっしりレーゼン様に掴まれた。
「駄目だ」
「っなにを……!」
「そんな勢いで叩いたりしたら、君の手が痛くなるだろうが」
反対の手でブッ叩こうとして止めた。
そういう所が悔しいほど愛しかったから。
「……最悪……」
涙がぽろぽろ零れた。
「君が悪い。私の心からの愛をずっと分からないフリなんかして」
「だからって限度がありますわ」
「そうだな。でも君も大概だぞ」
「……」
「普通の夫婦が体験することを全て行う、という契約だったはずだ」
「……」
「心で愛し合うのだって普通の夫婦の体験だろう。 それを逐一否定されて、さみしかったのさ」
なら、最初から契約結婚なんて言わなければ良かったのに。
そう言いかけて、わたくしは自分で答えを出した。
多分、それなら断っていたからだ。
接点のない超高位貴族から結婚を申し込まれて夢うつつになれるほど、美しい自認もなかったし、賢くもなかったし、かといって呑気でもなかった。
そもそも、身分違いだった。
だからわたくしは予防線を張った。
とんでもない変人であることを見せ、相手が引かないことを確認した上で、相手が不利な契約書を書いてくれるのでない限り、恐ろしくて夫婦になどなれなかった。
だけど──レーゼン様は、全てを呑んでくれた。
契約結婚じゃないとわたくしが頷かないことを把握していた程度には、ずっと前から私のことを見てくれていたのだ。
本当の本音を言えば、だ。
卒業パーティーのころには好きだった、と思う。
優雅なダンスとは程遠い、ちっちゃな子供と父親みたいなおんぶに抱っこのダンスをして、御学友からはバカ笑いされて、恥ずかしがったりうるさがったりしながらも、それでもくるくる回る社交ダンスをしながら顔を上げて大笑いしていた貴方の歳相応の顔を、わたくしを腕に抱いて、眉を下げて、満足そうに目を細めたその顔を見た時から、もう好きだったのだ。
でも、それを認めてしまうのはあまりに恐ろしいことだった。
あくまで契約結婚なのに、こんなクソオタク女が勘違いして恋しちゃいましたなんて言ったら、それこそ真実の愛のオンナがどこからかひょっこり登場するんじゃないかと、臆病に恐れた。
結婚してすぐの頃、「愛人の方にもご挨拶したいですわ」とわたくしは言った。
レーゼン様はそんなものはいないとサラッと否定したけれど、それ以外に契約結婚なんてする必要性が思いつかなかったから、そんな人ではないと思いながらもどこかにはいるのかもしれないと思い続けてきた。思い続けようと、してきた。
レーゼン様が、先端が吸盤で出来ていたらしい矢をキュポッと外して放り投げる。
仕込まれていたらしい血糊袋もペッと捨てられる。
動揺しすぎてそんな稚拙な仕掛けも見落としていた。
その姿をへたりこんで眺めながら、わたくしは呟いた。
「いつから……」
レーゼン様は起き上がり、わたくしを優しく抱きしめながら言った。
「七歳の頃のガーデンパーティー」
「そんな前から!?」
「ああ。同年代の顔合わせのプチデビューパーティーだというのに、熱心に植木の観察をしていただろう」
「ええ。好きな絵本にあの庭園が出てきたものだから」
「うん。あまりに変な子なので気になって見に行ったら、媚びるでもなくおすましするでもなく、キラキラした顔で楽しそうにしていた」
それで好きになった……としても。
どうして初めての会話のタイミングが、それから十年近くも経った後の貴族学園だったのだろう。
そう思って見上げると、こちらを見守っていた御学友の三馬鹿様方が笑った。
「絶対にフラれたくなかったから、らしいぞ」
「え?」
「オイ言うなよお前ら……」
レーゼン様が聞いたことないくらい砕けた口調で三馬鹿様を罵った。顔が赤い。
「こいつ、文章書くのは得意だけど、女性と喋るのは下手くそなんだ。だから落とせる自信がなくて、契約結婚で縛れるまでは絶対に嫌われないように近づかなかったらしい」
宰相閣下がそう言って、殿下がはっはっは!と笑った。
「恋しい女との夢をひたすら筆でしたためるこいつはいじらしかったな!」
「筆……?」
「やめろオイ!」
珍しく焦った様子のレーゼン様が口を塞ぐまでもなく、騎士団長が言った。
「ベルゼミュリア先生は一途なんだよなぁ」
「……へ?」
ぽかんとする私の前で、レーゼン様が額に手を当てた。
そして真っ赤になって、ちらりと私を上目遣いで見ながら言った。
「……だって君、私が悶々と悩んでいるのにひとりで楽しそうだったから。悔しくてこっち向けって思ったんだよ。……それがきっかけで」
「き、きっかけであんな最高の作品群を?」
「書き出したら楽しくて……。しかも君が好きだとか言うから、最近は余計気合いが入ってしまって」
嘘でしょ。
そんなの。
そんなのって、まるっきり。
「いやぁ愛だな~~!」
三馬鹿がニヤニヤ笑いしている。
レーゼン様は頭を抱えて真っ赤になっている。
わたくしは。
……わたくし、は。
愛おしい夫に、敬愛する先生に。
いいや。
可愛らしい、わたくしのレーゼンに。
思い切り抱きついて、キスをしたのだった。
子供たちもグルなので、外に止まっている馬車の中でくすくす笑いあっています。
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それでは、ここまでお読み下さりありがとうございました!