01 日常の始まり
朝起きたら、違う世界にいた。
そんな経験をした人は世界にどれくらいいるのだろうか。
アニメや漫画の異世界転移や転生というのは大概とんでもない代物であったり、役に立つ便利な能力を持っていることが多いが、ここはほんの少し知っている世界と違うだけで両親や生活は全く変わらない。
そもそも世界が変わったと言っているが変わったのは自分一人で元々そんな世界だった可能性もあれば、催眠や洗脳のように思い込んでいるだけの可能性もある。
はたまた長い夢を見ている可能性も捨てきれないが、頬を抓って痛みもあれば朝食べたパンの味もしっかりしていた。
可能性を追求すればいくらでも出てくるだろうが、そのすべてを異世界に行ったなんて言葉で済ませるのは流石に無理があると思う。
今考えていることは全部可能性の話であり、妄想であり、ただの現実逃避なのかもしれないがそれでも起こったことをそのまま素直に受け入れることが出来るような強靭なメンタルは持っていない。
「やっぱり道も風景もいつもと同じだよな……」
通学路を歩きながら周りを見ても、そこにあるのはいつもと同じ風景でいつも使っている最寄りの駅も何一つ変わらない風景のままだった。
駅のホームで電車を待ちながら周りの人を見ても普段と変わらない風景ばかり。
スマホを触っている人、イヤホンを付けて電車を待っている学生、会社に出勤するために電車を待っている中年の男。
自分と同じように電車を待っている人が居るだけで他は何も変わらない日常だった。
朝の通勤ラッシュで満員な電車に乗り高校の最寄り駅に到着したが、そこには自分と同じ服を来た学生や、付近の高校の制服を来た生徒たちが大勢いた。
複数の高校の最寄り駅になっているため色々な制服を着た人がいるが、見た限りでは全て知っている高校の制服であり普段と変わらないことに少し安堵していた。
駅を出てしばらく歩くと、周りにいた他校の制服をきた人はいなくなり周りは通っている男子校の制服を着た人ばかりになっていた。
校門をくぐり、最初は違和感があった土足のまま校内に入り自分の教室を目指した。
教室の前に付き中が見えるように付けられた窓から少し緊張しながら中を見ると、そこには見知ったクラスメイト達がいた。
ほっと安心し引き戸を開け教室に入ろうとしたとき後ろからトンと肩を叩かれた。
「うっす。そんな小窓から中見て何してんだ?」
声を掛けられ後ろに振り向くとクラスメイトの藤田がいた。
「いや、なんでもないよ。朝見た夢を思い出して少し覗いてただけ」
「朝見た夢ってどんな夢見てんだよ、中見ても男子校なんだからむさくるしい男しかいねぇぞ」
「もうこの高校に通い始めて二年目だから知ってるよ」
藤田とそんな軽口をたたきながら教室の中に入った。
藤田とは高校に入ってから知り合い少し馬鹿だが基本良い奴で一年の頃から付き合いがある。
俺も藤田も部活をしていないため、たまに学校の外でも遊んだりするが金遣いが荒いこと以外は趣味も合ういい友人だ。
「ほんと、この学校の唯一の欠点は女子がいないことだからな。それ以外は校則も緩いし文句ないんだけどな……」
「今更そんなこと言っても男子校なのは元からわかってただろ。うちの高校にいる女性なんて俺たちの年齢の一回り上のおばちゃんばっかりだろ」
「んなことわかってるけど、やっぱり言いたくなるじゃんそういう愚痴って」
「本当今更だな」
男子校に通うものなら誰でも一度は思うであろうそんな愚痴を言い、教室に入ったがやはりそこは馴染みのある教室でいつも通り少し騒がしい光景だった。
ある者は眠そうな目をこすり、ある者は朝練後の空腹を満たすように弁当を食べ、ある者は朝からテレビの話で盛り上がっていた。
「で、結局朝見た夢ってどんな夢を見てたんだよ。端から見て小窓から教室を覗くお前不審者みたいだったぞ」
「どんな夢って、詳しくは覚えてないよ。夢なんてこんなだったなって漠然と覚えていても詳しく内容まで覚えてるなんて稀だろ」
「そうか? 俺なんて三日前に見た夢だけど今でも記憶にばっちり残ってるぜ! 電車の中で絡まれてる女子を俺が颯爽と」
「その話長くなるならパスで」
藤田は一度話始めると長くなるので適当なところで区切らないと延々と話されてしまうため多少雑でも強引に話を切る。
そもそも何の夢を見たか、忘れるどころか現在進行形で夢か現実化の区別なんてついていない。
「相変わらずそういうところはつれないな……、まあ可愛い幼馴染がいるお前には無縁の話かもしれないが出会いのない俺には貴重な夢なんだから少しは聞いてくれてもいいじゃん」
「……可愛い幼馴染って?」
いつも通り軽口を叩いていた藤田の口から予想外の言葉が出た。
「そりゃあ遥香さん? だよ。いつも途中まで一緒に通学してたら彰人知ってる奴なら誰でも知ってるし、詳しく聞こうとしてもいつもお前はぐらかすじゃん」
俺の知っている限り藤田と遥香の面識はないはずで、いつも一緒に通学しているなんてのも心当たりはない。
「俺にもあんな可愛い幼馴染いたら今頃青春を満喫していただろうになあ……」
「なぁ藤田、俺っていつも遥香と一緒に通学してんの?」
藤田は不思議そうに首をかしげた。
「いつもって、たまに電車で一緒になる時はいつも二人で一緒に乗ってるじゃん。俺はたまにしか一緒にならないから詳しくは知らないけどいつも一緒に来てんじゃねぇの?」
「……あぁ、そうだよな。確かに一緒に登校してるし、お前と違って多少は青春してるみたいだよ」
「なんだよ! 自慢か! 確かに俺の周りにはいつまで経っても女の気配なんてものはないけどそんな自慢されるほど俺の青春は色あせてねぇぞ!」
少し自慢を含んだ返事に藤田は声を上げるが、俺自身としてはそれどころじゃなかった。
正直今でも夢か現実かなんてわからないが、もしこれが現実だった場合俺の知っている世界との差異が分からない。
遥香と疎遠になった理由は単純に学校が別になったからで、他に特別な理由があるかといわれれば無いと言える。
ただそんな疎遠だった幼馴染と今は一緒に通学してるなんてことになっている。
夢であれば、それは俺が望んでいたことになるのかもしれないが正直昔ならいざ知らず今では特別何か思うなんてことはないはずだ。
それに覚醒者と対策課とかいう警察の建物。
夢か現実かなんてことは置いておくにしても今自分が置かれている現状をしっかり整理しなければどうしようもない。
「藤田……、いきなり変なこと聞くんだけどさ。覚醒者ってどう思う?」
「はぁ? どう思うって、まぁ羨ましいとか憧れるって思うけど。けどなりたいと思ってなれるようなもんでもないし、それに今朝ニュースでやってた奴みたいに好き勝手やってるの見たら平凡に暮らせるだけマシかなって感じだろ」
「そっか、そうだよな。変なこと聞いたな、サンキュー」
少しずつ、知っている日常からずれていく感覚がする。
周りは変わらないのに自分一人だけ取り残されていくような不思議な感覚。
夢か現実か、そんな現実逃避も許さないと言わんばかりに少しずつ俺の日常から乖離していく。
「? 彰人今日は朝から変だけど本当にどうしたんだ?」
心配そうに藤田が見てくるが、心配してくれるのはうれしいが正直どうしようもないというのが現状だ。
「いや、大丈夫だよ。朝見た夢が頭から離れなくて少しボケっとしてるだけだから」
「……彰人がそういうなら大丈夫なんだろうけど、あんまりヤバそうなら早退して病院いけよ?」
心配してくれる友人に礼を言うと、チャイムが鳴った。
教師が入ってきたため自分の席に戻り一日が始まった。
授業はいつも通り進んで行き、途中睡魔に襲われたりしながらもいつもと同じように一日は過ぎていった。
だが、そんな授業の中でも普段とのズレを感じる部分があった。
世界史の授業中所々出てくる覚醒者といった言葉。
思った以上に昔から覚醒者という能力を使う人物がいることを知り、授業とは関係ない部分を開いていく。
以前授業で習った内容が変わっており、歴史の節々に覚醒者が登場している。
それは近代なんて近い歴史だけではなく教科書の一番古い内容から覚醒者がいたのでは、といった内容になっていた。
思った以上に覚醒者とは密接に歴史に関係している様で、余計に夢だと疑ってしまいそうになるが、教科書の見たことのない内容にも記述があることで、これは夢ではなく現実なのではと思い知らされてしまう。
授業が終わり学校での一日が終わったが、授業の所々で覚醒者といった言葉が出てきており、正直今日の授業は全然頭に入ってこなかった。
「彰人、今日もゲーセン行くけどお前はどうする?」
藤田がいつもと同じように遊びに誘ってきた。
「……あぁ、今日は辞めとくわ。ちょっと体調悪いみたいで、頭が重い」
「そっか、なら真っ直ぐ帰って安静にしとけよ。ゲーセンにはまた明日にでも行こうぜ」
藤田はそういうと他の友人たちと一緒に教室を出ていった。
実際には体調が悪いわけではなく、ただ知っている日常との乖離で頭が付いて行っていないだけではあるが、それが原因で頭が痛いのも事実。
俺は教室を出て真っ直ぐ帰ることにし、帰路に着いた。
電車に乗っている最中スマホで覚醒者のことを調べたが、少し調べるだけで色々な情報が出てきた。
電車を降りた後も歩きながら覚醒者や対策課といったことを調べていたが、そこに書かれている成り立ちやどういった立場なのかと調べるだけでも全く知らない事ばかりが書かれていた。
歩きスマホをし、マナーが悪いとはわかっているがそれを気にしている場合でもないと開き直りながら歩いていると、後ろから声を掛けられた。
普段聞きなれないが、数年前までは聞いていた女性の声。
「あきくーん‼ 今帰りー!?」
後ろを振り向くとスクールバックを肩にかけ小走りで近づいてくる女性の姿があった。
それは俺の知っている姿よりも少し成長した背格好で、今でもたまに顔を合わせる程度だったはずが、いつの間にか一緒に通学するようになった。
――幼馴染の遥香がそこにいた。