キョウジン ガ アラワレタ!
この作品に手を伸ばしていただきありがとうございます。ふつつかな作者ですので、気楽にお読みください。
俺は今、「虚ろう森」で不気味な女と相対している。
この女の何が不気味なのかと言えば、山が積み上がる程に際限がない。見てくれや動き方は当然なのだが、何より背後から近づいた俺の首に迷いなく片手剣を振り抜いた事だ。俺でなければ反応すら出来ずにお陀仏だっただろう。
相手の間合いから外れる位置に立ちながら話し掛ける。
「オイオイ、ずいぶん物騒な挨拶だなぁ。俺は平和的な挨拶しようと近づいただけだぜ?」
女は話し掛けてきた俺を不思議そうに見るだけで口は開かない。一体どうしたら殺そうとした相手をそんな純真な眼で目られるのだろうか。どう考えたって油断させるための演技としか思えない。が、乗ってやろう、この世界じゃ楽しんだやつが正義だからな。
「俺はサンショ・クモチって名前のもんだ。良ければなんだが、フレンドにならないか?今日が初めての邂逅だが、俺達気が合うと思うんだ」
一歩、次は半歩、また半歩と少しずつ近づいていく。
剣と五歩の間合い、女の反応はまだない。俺の話を信じたのか?
剣と一歩の間合い、女の反応はまだない。リアクションが返ってこないことが、これ程不気味に感じたのはいつ以来だろうか。
剣の間合い、だらりと垂らされた剣を握る左腕は動かない。なんだ、杞憂か?
「受け入れてくれたよおで嬉しいよ……仲良くシようぜ?」
俺が剣の間合いの内側に入った瞬間、女の剣がノーモーションで振るわれる。
準備していた短剣で防ぎ距離をとる。油断をしている訳ではなかったが、恐ろしい速さだ。奇襲しようとしていた俺でも守るので手一杯だった。
「なんだお前もこっち側か?!こりゃあ面白くなってきた!」
おニューのジャケットに隠していた二対の短剣のもう片方を取り出し構える。
女が剣を振るったのは剣の間合いに入ったタイミング、正確にはどちらも俺の首が間合いの内側に入った瞬間だった。分かっていれば対処は容易い。
「お前の名前教えろよ、殺し合う相手の名前も知らないのは味気ないだろ?何より、知ってる奴を殺すのは……興奮する」
一分は待っただろうか、いや俺は短気だからもっと短いかもしれないな。女は俺の問いに答えなかった。……それでもいい、殺し合えればそれで問題ない。
右手の短剣を高く構え、左手の短剣を相手の意識から外させる為に低く隠し持ち、仕留める為に動き出す。勿論女の剣は俺の首を狙って空中を滑るが、短剣で上に弾く。女は俺が思っていたよりも体勢を崩さなかったが隙は出来た。俺ならばそれだけで十分だった。
「俺の――」
――勝ち、そう出かかった言葉は、女の首を捉えた短剣が生身の手に掴まれたことで止まった。
すぐに掴まれた短剣を離し、空から降ってきた剣を右手の短剣で逸らしながら回避する。
目の前の同業者は一筋縄ではいかないらしい。
「やるな」
半ば無意識に出た言葉。それに気づいた時、口角が吊り上がり、俺はさらに興奮していた。
女は俺から奪い取った短剣を不思議そうに一瞥した後、踏み出した。瞬間移動と見間違う程に自然な動作で不自然な距離を詰められる、それと同時に左から右へと一閃の様に剣が振るわれる。
俺は苦し紛れに短剣で防ぐ。
しかし女は俺の短剣を先程の俺と同じような動きで、俺の首に向かって振る。
後ろに倒れこみながらどうにか避ける。そして勢いのままに起き上がり、どうにか立つ。隙はあっただろう俺の体に追撃は来なかった。
体勢を立て直し改めて女を見据える。地面に擦りそうなほど長く、吸い込まれるように艶やかな黒髪。凛とした表情の似合う整った顔。暗めの配色で纏められた、ひらりとした動きにくそうな着物。黒の足袋に草履を履いた足。まるで日本人形のような冷たい印象を与える女だった。
この女は俺よりも強い。それは俺と女のこれまでの打ち合いからすでに明らかな事実だ。正攻法の俺じゃ勝ち目は薄い。だからこそ、俺はこの戦いが楽しい!
秘蔵の短刀を一本取り出し構える。
「さっき仕留め切らなかった事を後悔しろっ!」
俺は凡そ人間の出せる速さを超過しながら近づく。
女は何てことはないように剣を置く。
止まれず突っ込んで死ぬなんて間抜けは晒さない。スピードを維持したまま躱し、右手の短刀を突き刺す。
女は体を横にしながら短剣を横なぎに振る。
出しておいた予備のナイフで短剣を弾き、躱された短刀を女の腹に刺す。
女は表情一つ変えずに下がりながら剣を振り、俺の肩から脇腹にかけてを掻っ捌く。ただしゼロ距離からだったからだろう、随分とやりずらそうだった。
怯むことなく前へ前へと踏み込み、短刀とナイフを交互に振るい、手数で攻めていく。
女は正確に、ダメージの大きい攻撃を弾くか躱し、浅い攻撃を無視して俺の猛攻を凌いでいる。
掛かったな!そう叫ばないようにするので精一杯だった。俺が今持つ秘蔵の短刀には猛毒付与がエンチャントされている。付与される毒はレベル差や毒耐性を貫通する強力なものだ。勿論掠っただけでも毒は付与され体を段々と蝕んでいく。
いくつかの打ち合いの後、女の視線が俺から見て右上の方にいく。目の焦点が何かに合った時、能面のように変化の乏しい女の顔が驚きの表情に変化した気がした。
「今頃気付いたか?お前の置かれている状況にッ!」
跳び上がり上から叩きつける様に短刀とナイフを下ろす。
姿勢を低くして剣を持ち上げ短刀を受け止め弾く。
こっからは一撃も入らないだろうが関係ねぇ、手数で押してポーションを使わせなきゃ勝てる。アドレナリンが分泌されまくってるのが分かるくらいキマッてる!指の先々まで脳の命令で正確に動かしている感覚がある。未来でも見てんのかってくらい攻防が有利に運べてる。
俺が求めてたのはこんな極限の戦いだ、欲を言えば毒は使わずにこの状態になりたかったなぁッ!
これだから殺し合いはやめられない!
欲求のままに短剣を振るい走り切りつける。
正確無比に無慈悲に防ぎ待ち躱し反撃する。
俺は腹に突き刺さった真っ赤な刀身の片手剣を見下ろす。 ……流石だな、自惚れてたわけじゃないがタイマンで負けるとは思わなかった。
「そう……か。あとちょっとで、勝てると思ったんだがな。だめだっ……」
「三食餅……好き、なの?」
俺の腹を容赦なく貫通させた女が目の前で、初めて口を開いた
掠れた声で言った。
「は?」
この女、なんつった?『さんしょくもち』、『すき』?は?いやいやいや文脈がなさすぎる。仮に俺の戦闘能力が認められたからだとしてもありえないだろ。じゃあなんて言ったんだ?
「てめぇい……」
「今なんて」と、はっきりと聞こえなかった言葉の真意を訊き終わる前に視界がホワイトアウトして何も見えなくなる。
……死んだことで最前線の街のセーブポイントに戻ることもできたが、俺はそのままログアウトすることにした。
現実の体で起き上がる。いつもなら起きる前に外すVR機器がそのままなのは、何故か高鳴る心臓に気を取られていたからだった。この高鳴りはの原因はあの女との戦闘だけが原因なのだろうか。強いプレーヤーとの闘いは興奮する、だが今感じているこれはそれとは少し違う気がしていた。
ログアウトしてから僕は、彼女の最後の言葉を考え続けていた。たとえ考えないようにしたとしても、ふとした瞬間に戻ってくる。この日は寝てからもあのシーンを夢で再現していたような気がする。
二日後、VRを起動しなくてもモヤモヤとした感情が取り除けず、学校から帰ってきてすぐにログインした。
「まずはアイテムの補充からだな」
バックの中身を確認をしながら必要なものを探す。
投げナイフや予備の短剣をいくつか補充したい。あとは猛毒と麻痺毒の薬が必要だな。それに装備の耐久がごっそりなくなってるから修繕してもらうか。一昨日稼げてれば装備の新調も視野に入れてたんだがな。
そんなことを考えていると、ふと隣からの視線を感じた。俺の勘違いか視線の主の気まぐれかとも思ったがどうもそんな感じじゃない。
流石にじろじろ見られて気にならない性質じゃないので、メニューから顔を上げる。
「はぁっ?」
視線の主を見て、思わず後ずさる。なんと俺の事を見ていたのは、一昨日俺のことを殺してくれたあの女だった。
「おまっ、なんでここに!!」
書きたいところだけ書いてみました。この後どうなるんでしょうか、楽しみですね。
お読みいただきありがとうございました。是非感想など残していただけると助かります。