姉の身代わりに結婚した相手は、私の愛する人を殺した男でした。
――私の愛する人は、この国の英雄に殺された。
「勇者よ、よくぞ悪しき魔王を討伐してくれた。貴殿こそ我が王国の救世主である!」
視界の先では、この国の王である父が、床に跪く一人の青年を褒め称えている。
彼の欲深さを象徴するかのように、豚のように肥え太ったその姿。
その体には魂など無いのか、どこを見ているのかも分からぬ虚ろな瞳。
とても国を救った英雄とは思えない、醜い容姿をしている。
(勇者、ストラゼス……コイツがあの人を……!)
彼こそが、私が愛した人を殺した男。
勇者ストラゼスは魔王を倒した功績を讃えられ、今この城にいた。
「さて、お主に褒美を与えようと思うのだが」
「陛下の寛大な心遣いに、感謝いたします」
王の言葉にも、彼は表情一つ変えず俯いたままだった。
その態度を自分に対する忠節――と都合よく受け取った父は、満足げに頷く。
「構わぬ構わぬ。それでその内容というのがな――おい、騎士団長よ。姫を連れてまいれ」
王の命令にハッ、という短い返事をした騎士団長は、颯爽と王座の間から退室していく。
ほどなくして戻って来た彼の背後には、ある人物の姿があった。
「我が娘にして、この国の第一王女。ミレーユだ。この者を勇者の妻として与えようではないか」
父に紹介を受けたその人物は、玉座の前にて優雅な淑女の礼をとる。
「わたくしがミレーユにございます。ふつつか者ですが、どうか可愛がってくださいませ」
ミレーユと名乗ったその女性は、私の一番上のお姉様だ。
艶のある金髪に透き通った青い瞳。
顔はもちろんのこと、服からアクセサリーまで何もかもが一級品。
王子が居ない我が国では、このミレーユ姉様が次代の王となる。
まさに高貴なる姫。ただの第三王女である私とは、天地ほどの差があった。
私はとある理由で家族に蔑ろにされているから、こうして同じ場所に居合わせるのも久しぶりだけど……相変わらず姉様はキラキラと煌めいて見えた。
そんな事を考えながらぼんやりとミレーユ姉様を眺めていると、感情のこもっていない瞳と視線が交わった。
(可哀想なお姉様……お父様は二人のことを知らないのかしら)
姉様と騎士団長が恋仲にあるのは、この場に居る者にとっては周知の事実だ。
彼は侯爵家の長男。騎士団でもっとも強く、なにより見た目が良い。貴族令嬢の憧れの的だ。そんな素敵な男性を射止めたと、姉様は事あるごとに鼻高々と語っていたみたい。
(それがまさか、勇者の褒美に差し出されるなんて)
見た目は騎士団長とは真逆だし、そもそも彼は平民出身だと聞いた。ミレーユ姉様が好む要素なんて何一つないのに。
それでも、王である父の決定には誰も逆らえない。
あれだけ私を蔑み、馬鹿にして楽しんできたお姉様ですら、拳を握って耐えるしかないようだった。
(それでも、私よりはマシな人生だと思うけど)
私はこの城をさまよう亡霊だ。誰からも愛されず、必要とされない存在。
(せめて、お母様が生きていてくれたら……)
お母様は低位の貴族出身で、他の王妃様たちとは違ってロクな部屋も与えられず、王城の敷地の隅にあるオンボロな作業小屋で私たち母娘は過ごしていた。
そんな母も、私が5歳のときにこの世を去った。残されたのは、誕生日祝いに母から貰った1冊の日記帳だけ。
何を書けばいいのか分からなかった私に、お母様は生前「楽しかったこと、嬉しかったことを書けばいいのよ」と仰った。そして素敵な出来事をたくさん集めて、貴方の宝物にしてね――と。
だけどお母様が亡くなってから、私の日記帳は白紙のままだった。
王城での日々は、その日記帳と同じで……まっさらで何も書かれていない、無味乾燥な日々だった。お姉様たちばかり社交界でもてはやされ、低位貴族の母から生まれた私は馬鹿にされる。
姫とは名ばかりで、放置された私は王城に棲みつく亡霊のように過ごしていた。
「このまま、何者にもなれないまま死んじゃうのかな……」
勉強や魔法を頑張ってみても、誰も見てくれない。毎日が同じことの繰り返しで、退屈な日々を過ごすだけ。
そんな私にとって唯一の希望は、幼い頃に命を救ってくれた魔王ウィルクス様だった。
『魔王様……どうして私を助けてくれたんですか?』
まだ私が小さかった頃――たまたま訪れていた辺境で、魔物の襲撃があった。
その日はたまたまお付きの騎士も留守にしていて、その場には幼い私しかいなかった。当時の私はまだ魔法の使い方が分からず、ただただ恐怖に震えることしかできなかった。
そんな私の前に現れたのは一人の男性だった。彼は襲い来る魔物を一瞬で倒すと、「怪我はない?」と優しく問いかけてくれたのだ。
そして魔族を束ねる王のウィルクス様と知るのは、もう少し後のこと。
彼は私が王女であることも気にせず、何も見返りを求めず去っていった――誰よりも優しい魔王様。
自分の国と戦争をしている相手に憧れているって言ったら、きっと怒られるだけじゃ済まされないけれど。それでもあの人みたいに、誰かを助けられる存在になりたいって思った。
……でも、あの人は勇者に殺されてしまった。
私はもう、目の前が真っ暗になった。
当代の勇者は味方ですら恐れるほどの怪物だって聞いていたから、いつかそんな日が訪れてしまうかもしれない。そう覚悟はしていたけれど――魔王討伐の報告で皆が嬉し涙を流す中、私は人知れず別の涙をこぼした。
自分が頑張ったことを見せたい人も、私の名を呼んでくれる人も――もう居ない。
魔王様、私ね……もう一度、あなたに逢いたかった。
俯いてそんなことを考えていたら、不意に私の名を呼ばれた。
「……そちらのリディカ様と、結婚させてもらえないでしょうか」
「えっ?」
突然の言葉に、私は耳を疑った。
でも私の名を呼んだのは間違いなく、魔王様を殺した勇者だった。
◇
「ふふふ。貴方にはお似合いの相手じゃないの、良かったわね」
「お姉様……」
勇者の戦勝報告が終わり、私は勇者の物となった。
初めて着るようなドレスを着させられ、彼に献上する準備をしていたところへミレーユ姉様が嬉しそうに笑いながらやって来た。
「あのクズ勇者も見る目があるわ。自分に相応な相手をキチンと選べるんだもの」
「……そうですね」
まるで自分のことのように喜ぶミレーユ姉様に、私は力なく笑ってみせる。
そんな私の態度が気に入らなかったのか、彼女は眉をひそめた。
「なによ……もっと喜んだらいいじゃない!」
バシンッ!と頰を打たれる。
突然の凶行に驚き唖然としていると、今度はお腹を思いきり蹴られた。胃の中まで抉り出されそうな衝撃に襲われて、私は床をのたうち回る。
やがて口の中いっぱいに血の味が広がった。
「あんたみたいなただお父様の血を引くだけの女が、どうして私の城にいるの? 同じ王女というだけで、鳥肌が立ちそうだわ!」
怒りに任せて私を足蹴にするミレーユ姉様。
彼女の背後では、侍女がオロオロと所在なさげに佇んでいる。私は痛みで朦朧とする意識の中で、彼女が言った言葉を噛み締める。
(そっか……お姉様は妹であることさえ否定するほど、私のことを嫌いなのね)
そう理解した瞬間、自分でも抑えきれないほどの悲しみが溢れ出した。
「私は……本当に、誰にも愛されないのですね」
「なによ急に。今さら分かったっていうの?」
それはもはや八つ当たりだったのだろう。私が何も言い返す気がないことを示すと、ミレーユ姉様は最後にこう言い放った。
「いい気にならないでちょうだい! あんたなんか勇者に玩具のように弄ばれて、辺境の地で死ねばいいのよ!」
そう、私はこれから、勇者と共に辺境の地へ行くことになる。
魔族領と人族の国境にある村。魔物が跋扈し、いつ死ぬかも分からないほど危険な土地だ。
「あ、あの……」
「大丈夫です。身支度もこの程度でいいでしょう。私は勇者の待つ貴賓室へ向かいます」
ミレーユ姉様が部屋から出ていったあと。
遠慮がちに差し伸べてきた侍女の手を取らず、私は一人で立ち上がる。
体に走る痛みなんて、心の痛みに比べたらなんてことはない。
私はこれから、勇者の妻となる。だけど――
「たとえ勇者に体を許そうとも、私は、あの人を愛し続けるでしょう。それが私のたったひとつの、ささやかな願いだから」
――それが私に残された、唯一の生きる意味だから。
「では、さようなら」
短い別れの言葉を呟いて、私は部屋を出ていった。去り際に見えた侍女の顔には、暗い影が落ちていた。
◇
「……どうして、私を妻に選んだのですか」
貴賓室へ向かうと、勇者はソファーで寛いでいた。
そのあまりにもリラックスした様子に苛立ちを覚えた私は、思わず彼にそんな不躾なことを訊ねてしまった。
勇者と姫の結婚は、おとぎ話では良くある話だ。邪竜や魔王討伐の褒美に与えられる、みたいな。
私たちをトロフィーか何かと勘違いしているのか? ――と怒りたくなる気持ちはさておき。この人が、どうして私を選んだのかが知りたかった。
お姉様を始め、私よりも美しいご令嬢はたくさんいるはず。家柄のことだってそう。誰だって、石ころよりも金ぴかのトロフィーの方が嬉しいに決まっている。
「なんでそんなこと気にしてんの?」
まるで気にした様子のない勇者は、あっけらかんとそう言った。
「見た目や出自? そんなん関係ないだろ、俺はあんたが良いって思ったんだし」
出会ったばかりの私に、彼は脂肪でたるんだ顔を震わせながら笑いかけてきた。
しかも「リディカ姫だって美人じゃん。ミレーユ姫とはまた違ったタイプの」なんて褒め殺しまでしてくる。
……正直、そこまで悪い気分はしなかった。私も別に、男性の見た目や貴族の位なんて、微塵も興味が無いから。そもそも魔王様は魔族だし、人族の感性で判断していない。
でも褒められたところで、油断なんてするものですか。私の大事な人を殺めたことは、何があっても許さない。
巷での勇者の評判は、最低最悪。魔物に襲われた子供を見捨ててその場を立ち去ったとか、味方ごと魔法で魔物を焼き尽くしたとか。
目の前の男は、そんな人でなしなのだ。気を許せば私なんて、すぐボロボロにされて魔物のエサにされてしまうだろう。
(だけど……これはもしかしたら、神様が私に与えてくれた復讐のチャンスかもしれないわ)
勇者の近くにいれば、非力な私でも彼を仕留める隙が生まれるかも。
外道な存在をこの世から排除することを、この世では正義と呼ぶ。そうよ、勇者が魔王様に対してやったことと同じじゃない。
「……なんだか、以前に聞いていた貴方の印象とはだいぶ違いますね」
「そ、そうか?」
「えぇ。なんだか親しみ深いですし……仲良くなれそうで良かったです」
そうと決まれば、まずは勇者の懐に入って油断を誘いましょう。人の少ない辺境の村に行けば、きっと機会は巡ってくるはず。
天国で見ていてくださいね、魔王ウィルクス様。
必ずや私が、貴方の仇を取ってみせますから。
◇
辺境の地、プルア村での日々は、予想外の連続だった。
まず、勇者の人柄が思っていたものと違った。
噂とはまるで違って、彼は心優しい人物……のように見えた。
行き場を失っていた獣人の子たちを助け、村での暮らしに溶け込めるよう身を粉にしていた。
それだけじゃない。勇者は私に隠れて、魔物の被害に苦しむ辺境の村々を“救済”していたのだ。
魔物に襲われている村や街に単身で乗り込み、解放する。同時にそこで住む人々に牽制も行っているらしい。
プルア村は、オーガのように強い勇者が守護している。復興の邪魔をしようと悪い気を起こしたら、魔物のように完膚なきまで叩き潰される――と。
今では魔族領にまで、勇者活動の手を伸ばしている。畑を荒らしに来ていた魔物を出張退治してくれたと、近くの村に住む人たちが教えてくれた。
彼のおかげで、この辺境における魔物の被害がかなり減ったみたい。
でも私が一番驚いたのは、勇者が“人助け”に見返りを求めないことだった。
魔物の討伐や村を救っている報酬として、彼は一度も“お金”を要求することはなかったのだ。
それどころか、街の復興のために魔物の素材を売ったお金を寄付してしまう。助けられた人たちも、それで恐縮してしまって……。
彼は「困っている人を放っておけないだけだ」と言うけれど……。
あの悪逆非道で肥え太った豚勇者が、今はそんな善行をしているなんて誰が思うだろう? いっそ誰か別の人と中身が入れ替わった、という方がしっくりくるかもしれない。
私は彼のことを知ればするほど、どんどん分からなくなっていく。
ただ、悪い人ではないことは分かった。
本当に、良い人なのだと思う。
……魔王様を殺めたことは、今でも殺したいほど憎くて堪らないけれど。でもそんな勇者が、私と一緒に居ると楽しいって言ってくれた。
「俺はリディカ姫が笑ってくれるなら、それだけで嬉しいよ」
そんな恥ずかしい台詞を平気で言えるのは……ちょっと、どうかと思うけど。
私も……彼を見ていると、この辺境での生活が楽しいと思えるようになってきた。
まだこの辺境に来て、まだひと月も経たないけれど。畑仕事や牛の世話もやりがいがあるし、みんな同じテーブルで一緒にとる食事も賑やかで好き。
そんな日々を支えてくれるのは、やっぱり勇者の存在が大きいと思う。
今までずっと、誰にも認めてもらえなかった私の頑張りを……彼は認めてくれた。家族でさえ無視する私を、勇者だけは真っすぐに見てくれた。
だから私も、もっと頑張ろうって思えるようになったんだ。私自身が、ありのままの自分を受け入れられるようになった。
結局のところ。これまでの私は、拗ねてばかりの子供だったんだ。悲劇のヒロインぶって、誰かが助けてくれるのを、ただただ待っているだけだった。
笑っちゃうわよね。それでいて、魔王様みたいなヒーローになりたいなんて思っていたんだから。
「日記、書いてみようかな」
灰色だった日々は終わりを告げ、私の人生に色が付き始めた。お母様が言っていた“楽しいこと”も、今なら書ける気がする。
だったら最初に書くのはやっぱり、ちょっとおデブなあの人だ――。
◇
王国歴834年 若葉の月 3日
今日から日記を再開することにします。
どうせまたすぐに書く内容が無くなると思うけれど……。
領主の妻として、日々の記録だけでもしておきましょう。
王国歴834年 若葉の月 4日
王城から転移してきて数日が経過した。
ようやく辺境での生活に落ち着きが出てきた感じがするわ。
それにしても……。
まさか自分が、城の外に出る日が来るなんてね。
慣れないことだらけで大変な反面、とても充実した日々を送れている気がする。
一緒に暮らす獣人の孤児たちは、とっても可愛い子ばかりだ。
姉ばかりだった私に妹ができたみたいで、つい色々としてあげたくなっちゃう。
あの人はあんまり甘やかすなって私に言うけれど、一番甘やかしているのは自分だって気が付いているのかしら?
王国歴834年 若葉の月 5日
あの人に魔王様のことを打ち明けた。
二人で川に居たときに、話の流れでポロっと出てしまったのだ。
ちょっとだけ恨みがましく「貴方に恩人の命を奪われた」と伝えてみると、彼は驚いた顔をしていた。
それが罪の意識から来るものなのか、それとも別の理由なのか……私には分からなかった。
でも少しだけ、私の心は軽くなったと思う。
もちろん許せたわけではないけれど、これからは堂々と恨むことができるから。
王国歴834年 若葉の月 8日
なぜか村に“温泉”ができた。
自然に湧き出るお風呂らしい。
いったいどうして突然そんなものが?
こうして書いている今も、訳が分からないわ。
でも実際に入ってみると気持ちが良かったし、あまり気にしないことにしよう。
王国歴834年 若葉の月 11日
今度は守護聖獣様が現れた。
おとぎ話に出てくるような、神様の御使いだ。
私も城にあった聖獣像でしか見たことがなかったけれど、実物はとても可愛らしい見た目だった。
本当にこの村はどうなっているの?
王城に住んでいたときは、あれだけ日記に書く内容に悩んでいたのに。
まだ一週間ちょっとしか経っていないのに、退屈だった頃が懐かしく感じるわ。
王国歴834年 若葉の月 16日
村の復興が本格的に始まった。
ようやく思い描いていたような“普通の”領地開拓ね。
魔王様以外に初めて魔族の人と会ったけれど、良い人ばかりだった。
本当に魔族と戦争をする必要があったのかしら。
お父様は魔王様をどうして敵視したの?
いろんな疑問ばかりが浮かんでくる。
あの人にそのことを軽く聞いてみたら、
「魔族も人族も関係ない。同族でも争うのが生き物だ」
「魔王と勇者の戦いは代理戦争だった。犠牲を少なくするために、二人が戦う必要があった」
なんて答えが返ってきた。
そんなの納得がいかないわ。多数を生かすために魔王様は殺されたの?
魔王様の代わりなんて、他に居ないのに。
つい感情的になってしまった私は、あの人に怒鳴ってしまった。
なのにあの人は、少し困ったように笑うだけだった。
王国歴834年 若葉の月 20日
肥料づくりをしていたら、あの人がウンチまみれになった。
ざまぁみろ。
そう思っていたら、私も肥料づくりを手伝うことになってしまった。
でもナバーナ村で出遭ったコッケは、小さくてフワフワで温かかった。
私もあんな可愛い子を飼ってみたいな。
……ウンチの処理は大変だけど、お世話なら頑張れると思うから。
王国歴834年 若葉の月 28日
守護聖獣様から加護をもらえた。
なんと私の魔法を強化してくれた。
ある程度の縛りはあるけれど、本当にすごいことだわ。
可愛いモフモフのマスコット……なんて思っちゃってごめんなさい。
そしてあの人は、配下との絆を深める加護を貰ったらしい。
あまり実感が得られないって言っていたけれど、その真価は驚くべきものだった。
彼の配下になったのは、何も私たち人間や動物だけじゃなかった。
植物や目に見えない小さな動物(あの人いわく“微生物”というらしい)も、加護の範囲に入っていた。
おかげで、本来なら数か月は掛かる堆肥の発酵も、半日で終わってしまった。
あの人は何をしてもトラブルを起こすから、一緒にいて本当に飽きない人だ。
今日は魔族領から持ってきたヘンテコな種を蒔くんだって、張り切っていた。
その植物もきっとおかしくなるんだろうな。
ちょっと不安だけど、今からどうなるのか楽しみだ。
王国歴834年 果果の月 14日
村に盗賊が襲ってきた。
善人を装っていた彼らは私たちを騙し、油断した隙を狙って村を乗っ取ろうとしたのだ。
そこで最初に狙われたのが私だった。
一番、無力だと思われたのだろう。
事実、私は動揺して反抗することができなかった。
そんなところへ、勇者が助けに来てくれた。
その姿はまるで、死んだはずの魔王様のようだった。
……いいえ、私はもう気付いていた。
分かっていて、見ない振りをしていたわ。
勇者の中身は、私が愛した魔王様だ。
◇
「貴方の中身は、魔王様……なんですね?」
「――えっ?」
そんな言葉を掛けられた勇者が振り返る。
動揺を隠しきれなかったのか、彼はあからさまに目を泳がせていた。
「この村に来たときから、変だなって思っていたんです。勇者様はプルア村の出身であるはずなのに、まるで初めて来たかのように村を見て回っていましたよね?」
「そ、それは……」
私はゆっくりと勇者の元に歩いていく。そして目の前で立ち止まると、ジッと彼の顔を見つめた。まるでその瞳の奥に居る、本当の彼を見るかのように。
「盗賊から助けてくれたこと……。私が作った料理を美味しいって言ってくれたこと。全部が、まるで魔王様がしてくれてたみたいで。さっきも、私の命を救ってくれたあの時と立ち振る舞いがそっくり……それで確信したんです」
「いや、えっと……それはたまたまというか……なんというか」
彼はどう答えていいか分からず、言葉に詰まってしまったようだ。
それでも私は言葉を続ける。
「……どうして私に隠すんですか?」
そう言うと、彼は覚悟を決めた表情に変わった。
「俺は……魔王だ」
「……やっぱり」
どうして勇者の姿をしているのかなんて、どうでもいい。
気付けば私は、彼の胸に飛び込んでいた。
「あ、あの……リディカ姫?」
「ずっと、ずっと貴方に逢いたかった……」
他に言いたいことはたくさんあったはずだけど、それしか言葉が出てこない。それでも――ただただ、彼の温もりを再び感じられるだけで私の胸はいっぱいだった。
「おかえりなさいませ、魔王様」
「……ただいま。リディカ」
耳元でそう優しく囁かれた私は、もう止まることはできなかった。
「貴方を……愛しています」
「……えっ!?」
突然の告白に、彼は驚きの声を上げた。
いつものすまし顔ではなく、昔の魔王様そっくりの愛嬌のある表情だ。
そんな彼を見ていると、思わず笑みがこぼれてしまう。
「ふふっ。魔お――勇者様ってば、照れているんですか?」
「うぐっ……」
指摘された勇者様は思わず手で顔を覆った。
その手を私は奪って、両手で包む。彼の手は温かくてゴツゴツしている、戦士の手だ。この手で、たくさんの人を守ってきた――そんな彼らしい手だ。
「今すぐに返事がほしいとは言いません。ですが、いつまでも私はお待ちして――」
それ以上の言葉は紡ぐことができなかった。
満天の星が見守る中、私は彼に唇を奪われていた。
互いの気持ちを確かめ合うように、何度も繰り返す。それはとても心地よくて……甘美なものだった。
数秒ほど経ってから、ゆっくりと唇を離す。
「暗くても顔が真っ赤だって丸分かりですよ、勇者様」
「姫様だって……」
「うっ。だって……こんな、急に」
お互いに気まずい間が流れる。
すると彼の方から、気を取り直すように一度咳払いをした。そして私の手をそっと握る。
「リディカ姫」
「……はい」
「今の俺はもう魔王でも勇者でもない、ただの領主だ。自分の世界を守ることしかできない、小さな男だが……それでも一緒に付いてきてくれるか?」
……うれしい。
「もちろんです。私も姫としてではなく、貴方の妻として支えるつもりですよ?」
泣き笑いみたいになりながら、精一杯の気持ちを伝えると、彼も頬を緩ませた。
「改めてよろしく頼むよ、リディカ」
「はい。こちらこそ」
こうして私はこの辺境の地で、想い人と再会することができた。
鳥かごのような城には二度と戻らない。
だって私の居るべき場所は、この人の傍だけなのだから――。
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