第18話 150年後の黒き後追い
リイナとレイ……二人の強者を導いてあの黒き竜に引導を渡すと決めたランチア等4人の大人達。
「そらっ! こっちにいるぜッ、暗黒の竜ッ!」
ノヴァンの後方に周り、ワザと大袈裟な声を張り上げるのはガロウである。
既に示現・真打を二度に渡って繰り出した彼だ。流石にまだ次弾用のチャクラが溜まっていない。
彼に今すぐ出来る事は視界を失った相手に対し聴覚へ訴えることだ。
それも座っている事しか敵わないノヴァンの背後へ注意を惹きつけるという、言ってしまえば姑息な手段。
ノヴァンとて馬鹿ではない、さしたる有効な攻撃手段を持たぬ敵なぞ相手にしない。
だがほんの一瞬でも気を囚われたことが重要なのだ。
「むんっ!」
「ウグッ!」
お次はジェリドだ。大胆にも前から一閃、風の精霊術『自由の翼』の効力が途切れたことすら利用する。
重力任せに戦斧を振り下ろす。やられると手痛い右前脚の膝にザグリッと見事にヒットするが、これだけで動けなくなる程ヤワではない。
だがほんの少しだけその膝が落ちかける。そこを見逃す程赤い鯱は緩くない。
「うおりゃァァァッ!!」
「お、おのれそんな低い位置に伏せていたかッ!」
溶解した石床から50cmの程の位置でランスを構え、その美味しい瞬間を待ちわびていた。
膝が落ちかけた所へ突き出したランスが、完全に貫いて向こう側に槍先を覗かせる。
本来ならば足元から燃やされても仕方がない所を、ドゥーウェンの自由の爪で張り巡らした光の膜が受け止めていた。
ついでに言えば、先程墜ちる寸前だったジェリドも共に受け止めている。
「グッ! 最早座っていることすら叶わんのかっ!」
これで左後ろ脚に続き、右前脚すら自由が効かなくなったノヴァン。
25mもの巨体からくる重量が左前脚にのしかかる。もう無理かに思われたが、右後ろ脚と負傷している長い尾を巧みに使い、前倒しになることだけは防いでみせた。
「クッ! にしても此奴等、耳頼りの我に対し、声すら隠さんとはッ!」
「何だ何だっ? 舐められてるとでも言いてえのかい? 賢い竜さんよォォォ!」
「……戦乙女!」
ランチアとて自由の翼が時間切れだが、まるで申し合わせ済みかのタイミングで、ベランドナが詠唱を止めていた勇気の精霊を代わりに付与する。
カモシカが俊敏に崖を駆け上がるかの如く、ノヴァンを足場に飛び跳ねるランチア。
触れている至近距離ではどうにも反撃のしようがないノヴァン。それはランチアとて判っている筈なのだからこその、この綱渡りなのだが、何故かポロリポロリと火薬玉を落としながらだ。それも全く見当違いな所にである。
そもそもどれだけ火薬持ってんだという話だが、この爆ぜる音にノヴァンはどうしても反応してしまう。
さらに加えてこれもノヴァンの居所でない場所に次々とワイヤー付きのジャベリンを投げ込んでゆく。
これが残り僅かとなった砦の石床や石柱に悉く突き刺さっている。この音の方にはノヴァンが反応出来ない。
(成程……火薬の音でジャベリンの仕込みをかき消しているのですね。大した小技ですが、今のノヴァンにそこまでの大仕掛けが必要なんでしょうか……)
一度フォルテザの砦にてランチアと共闘したドゥーウェンは直ぐに気付いた。電子機器にジャベリン……まるで毛色の違う武器を扱う両者。
けれども頭脳に頼った戦闘スタイルという点で、互いに通じるものを感じているのだ。
―リイナさんにレイ……さん。見えますか、あの青い鎧の男が刺したジャベリンから伸びているものを。
「…………っ!」
「何だあっ、ドゥーウェン。手前もあのローダって野郎の声が使えんのかよ?」
不意に接触で話し掛けられ戸惑うリイナとレイ。特にレイに至っては慣れてないので、不気味がるのは止むを得ない。
二人共、一度冷静に立ち返って、言われたままにジャベリンの辺りを凝視する。
「こ、これは……」
「へぇー、あの槍投げ野郎。これなら空中戦が苦手でも問題ねえって訳か」
二人共、ランチアが用意したお膳立てに気がついた。もっともリイナは不死鳥の力で自由に空を飛べるので、これはどちらかって言えばレイ向けといった所か。
「よっし、じゃあ俺が直々《じきじき》に援護射撃してやっから、トドメは嬢ちゃんがやるんだぜ。判ったな?」
「……え、あ、は、はいっ!」
一瞬リイナは戸惑ってしまう。この戦いにおいての彼女は少し力に溺れてる感が否めない。
それをリイナも反省していたからこそ、主役を張れという振りにどうしたものかと思ったのだ。しかし自分の頬をパンッと叩いて気合を入れ直した。
ランチアが張ったワイヤーを蹴り上がりつつ、得意の拳銃で弾幕を張る。弾幕と言っても一撃が全て必殺の威力がある。
しかも爆発音が凄まじく、レイがワイヤーを飛び移る音をノヴァンは拾うことが出来ない。
まあどのみちノヴァンに出来ることは最早一つだけ。身体で唯一まともに動かせる首を上下左右に振りながら、炎と冷気を吐いてゆくだけだ。
(竜の娘よ……せめてお前の目さえあれば……)
いよいよらしくないことをノヴァンは思う。150年前には、首に騎乗していた緑髪の娘に、つい想いを馳せてしまう。
レイは自分に降りかかるブレス攻撃にすら、炎の精霊で強化した銃弾を連弾で浴びせて悉く貫きつつ押し通る。
リイナの方は常に気を張っているので通じすらしない。
他の輩に逸れていった分は自由の爪のシールドが防ぐ。
完全に万策尽き果てた神竜。なれどそこは暗黒神の遣いとしての意地を通す。
「オラオラオラオラオラオラッ!!」
「とりゃあああああ!!」
ノヴァンの首を目掛けて、レイの銃弾爆撃が降り注ぎ、さらに拳を突き出したリイナが今にも当たろうとしている。
ノヴァンの頭の中には、過去の思い出が走馬灯の様に蘇った。
◇
「………ノヴァンよ」
その名を呼んだのは、彼をこの世に召喚したヴァイロであった。
「ん、なんだ?」
ノヴァンは主の顔を見る事なく、気のない返事をするに留まる。
「戦の女神、そして奴のドラゴン。あれは強い。暗黒神などと祀り上げられてはいるが、俺はお前がいてこその存在なんだ。まるで自信なんかないんだ……」
「何だ、貴様程の男もそんな下らぬ事で悩むのか?」
そう言ってノヴァンは目を細める。口でこそ煽るようなことを言っているが、周りの子供達《愛弟子達》には見せない姿を晒していることが少しだけこの竜は嬉しいのだ。
「………下らないか?」
ヴァイロが固い表情のまま、質問を質問で返す。
「嗚呼、実に下らんな……不愉快だ。私をこの現世に投影したのは貴様ではないか? 言わば我は貴様の現身、我の力は貴様の力だ。その逆も然り」
「……い、言いたいことは判るけどさっ」
「貴様が自分の力を信じないと言うのは、我の力も信じないのと同じ事」
憮然とした態度のままにこの気弱な神に応えるノヴァン。言葉通りノヴァンとはヴァイロの影というべき存在。
この優しく気勢だけを張っている主の気持ちは聞くまでもなく理解している。この会話……実は独り語りをしているようなものなのだ。
「フッ……成程。すまなかったノヴァン。俺とお前でこの世で唯一の神になろう」
ノヴァンの固い皮膚を愛しい家族のように撫でるヴァイロ。また心にもないことを自分は告げている。
彼もその影も、可愛い弟子達さえ守れればそれで充分満たされるというのに……。
ノヴァンはフンッと鼻を鳴らすだけであった。
◇
(嗚呼、ヴァイ……我の片割れよ。我は先に逝き子供達と待つとしよう。何故マーダなぞに魂を奪われた? これでは未来永劫逢えぬではないか。願わくば貴様の魂が解き放たれんことを。来世でまた共に暴れようぞ……)
物凄い轟音がノヴァンの喉を貫いた。不死鳥の力を借りたリイナの燃え上がる拳だ。
彼女は拳を突き出したままの姿で、その鋼の喉に飛び込んだのだ。ノヴァンの首は自身の重い頭を支えきれず前に倒れ、引き千切れてゆく。
「ヴァイィィィィッ!!」
ノヴァンがこの世に残した最後の言葉は、今のマスターではなく、過去の相棒の愛称であった。黒い神の竜と恐れられたドラゴンの最期は、14歳の少女の手によって訪れた。




