第17話 竜殺しとなる者の矜持
神竜と呼ばれたドラゴンの壮大なる最後の足掻き。これに怯んで、攻めあぐねていたエディンの面々。
そこへ颯爽と現れ、黒き竜の両目を撃ち抜いた保安官風のコートに銀髪を切り揃えた女。
敵中の敵である筈のヴァロウズ8番目の銃使いレイである。
「レイ!? お前レイじゃないか!」
ガロウがエドルでの戦いを思い出し、彼女の名を呼ぶ。レイには多くの仲間を撃ち殺されたが、同時にローダの封印を一緒に解いた仲でもあるのだ。
「おう、手前はあの時の気持ち悪い侍か。元気してたかい?」
銀髪を揺らしながら「気持ち悪い侍……」と容赦なく笑い飛ばすレイ。
「き、気持ち悪いは余計だ。それよりお前、髪綺麗に整えてちょっと短めに切り揃えたんだな、その方が似合っているぞ」
一瞬ムスッとしたガロウだが、レイのちょっとした変化に気づき、その意外な女らしさにニヤついた。
不意にガロウの足元へコルト・ガバメントの銃声が突き刺さる。
「止めな、いよいよ気持ち悪いぞお前。侍のくせにヘラヘラしやがって」
銃声を轟かせる程に嫌がっている割には「侍のくせに………」って辺りで、ガロウのことを認めている風を吹かせている。
次に視線を黒き竜へ移すと、全身を舐める様にじろじろ眺めた。
「アチャー……ノヴァンの旦那。もうズタボロじゃねえか。ザマあねえなあ。アンタ確か9番目だよな? 俺が拳銃持ってねえ時は、一応前にいたのにな」
「な、何故貴様がそちら側にいるっ!? この我にその銃を向けるのか?」
レイはノヴァンの相手が余りにも悪過ぎたことを知らないから、こんな事を平気で言える。
リイナの不死鳥化や、ドゥーウェンの自由の爪にベランドナは会ったことすらない。
エドル神殿攻防戦時に戦った連中さえも、実力を上げているのだが、まあ知らないことは仕方がない。
顔中血だらけのノヴァンは、口を開く度にその黒い血が飛び散ってしまうのが実に痛々しい。
「………ハア? そんなの決まってんだろ? 楽しいからだよっ! 俺はずっと今までこうやって生きて来たんだ。俺が法だっ! レイだっ! …ったく、今さらこんなくだらねえ事言わせんなっつうの」
自分にとっての当たり前………、レイは如何にも馬鹿にした視線を送りながら罵倒を叩きつける。
「貴様、あのマーダを裏切るか……。成程……それもまた一興か」
「こっちの方が楽しいって思った…………うっわッ!?」
一見少し曇らせた感じを見せたかに思えたノヴァンから繰り出される右前脚の盛大なる踏みつけ。狼狽えつつ貴重な足場から逃走するレイ。
「な、何てことしやがんだこの獣ッ! ……それにしても手前いくらドラゴンだからって、溶けてる石の上すらお構いなしかよ。中々イカれてんじゃねえかッ!」
返礼代わりにレイは、左右のコルトガバメントを2連射ぶっぱなつ。自分を下敷きにしようとした脚に全弾命中し、またも黒い血が噴き出すがノヴァンは意にも介さない。
「チィッ、タフ過ぎんだよ……。おぃそこのハイエルフ、俺にもその飛べる精霊の何とかとやらを頼むわ」
頼み事にしては随分な言い草なので、ベランドナはムッとしながら主に視線を送る。「指示通りにすべきですか」という声になってない気分が伝る。
呆れた主はやれやれと言った感じで促した。
「風の精霊た………」
「アッ、悪ィ! あの武器に精霊付けるの、アレもやってくれよ?」
詠唱を邪魔されてベランドナは、さらにムッとする。これには流石のレイも悪いと感じたのか両手をパンッと合わせて頭を下げた。
「な、何の精霊を…」
「うーん、そうだなあ……そうだっ! やっぱりドンパチやるなら炎だろっ! 頼んだぜ美人の姉ちゃんっ」
実にお調子の良いレイは、そう言って片目を瞑って寄越した。
「調子に乗るなあァァッ!」
自分という竜を尻目でやり取りされている事に腹を立てて、声のする方に冷気のブレスを吐く。
然しドゥーウェンがオルディネ達を集めて、レイとベランドナの前に光の幕を張って、この攻撃を阻んだ。
「フフッ……」
「クッ! おのれっ! これも防ぐかっ!」
不死鳥の司祭の少女だけならともかく、自分の攻撃がドゥーウェンの冷笑にすら届かない現状を悟るしかないノヴァンである。
ベランドナはこのやり取りには目もくれずに、嘆息してから、レイに向かって両手をかざした。
「風の精霊達よ、あの者に自由の翼を。そして炎の精霊達よ、あの者の拳銃に宿れ」
今度こそベランドナの詠唱が完遂する。レイの身体が中に浮き、加えて両手の相棒が燃え始める。
「うおっ、マジで飛んでるよっ! 凄ぇ! でもこの相棒達、暴発しねえだろうな?」
「それは問題ありません、撃ってみれば直ぐに判ります」
ちょっと慌てるレイへ顔も向けずにベランドナは、平然と答えだけを返した。
「んじゃま、やってみっかッ!」
空中戦は初めてとは到底思えないスムーズさで、レイがノヴァンを相棒の射程に入れる。
あの調子に乗った拳銃使いは、再び頭を狙って来るに決まっている。目は見えぬともその位のことは判ると言わんばかりに、ノヴァンは拳銃の射程も読んだ上で炎のブレスを吐き散らす。
「ざーんねんっ」
狡猾なレイが狙ったのは、もう散々の攻撃を受けてボロボロになった左後ろ脚であった。
「そらそらッ! 喰らいやがれッ!」
レイが両手のコルトを連射する。炎を纏った銃弾が矢継ぎ早にヒットし、拳銃では到底有り得ない炸裂音が響き渡った。
「グッ! グワァァァァァァッ!!」
完全に左後ろ脚を失ってしまったノヴァン、身体を支える事すら出来なくなってしまった。自分がこれ程までに追い詰められると、戦う前は想像が及ばなかった先にいる。
だが飛ぶことも立つことすら許されなくとも、前脚だけはピンッと伸ばして後ろは尻と長い尾で支えて見せる。一見行儀良く座った犬の仕草に見えなくもない。
「うっわ、何これ!? この音ッ! この威力ッ! ああ堪んないッ! こっちがイッちまいそうだぜッ!」
レイは自分の撃った弾丸の威力を魅せられ、恍惚の表情になり、相棒達にキスを寄越した。
「おぃ、侍と斧使いのオッサン。これってもう俺達の出番なくねえか?」
「んっ? それはらしくねえんじゃねえか?」
「そうだな……。曲がりなりにも神の竜。それが此処に落ちてなお、最後の最期まで手を抜かずに挑んでくれるのだ。なあ、プリドールよ」
「竜殺しになれるのだ。此方も全てを振り絞るのが礼儀っ! いつも楽しようって生き方してっからそんな事になんだよ団長ッ!」
不死鳥使いに訳の判らない爪の使い手、ハイエルフに敵の主力だった二丁拳銃使いすら現れて散々な目にあった満身創痍の黒い竜が目前にいる。
ランチアという男はどうしても大局を見たがる……。それはいい、だが裏を返せば効率さを求めるきらいがある。
今しがたもガロウとジェリドにその気分を訴えた次第だが「もっと熱くなれ」と一応格下であるプリドールも含めた三人に煽られてしまった。
改めてボロボロのノヴァンを仰ぎ見るランチア。その眼には彼の青い装備とは対極を成す赤いものが滾っている。
「よっし、判ったぜッ! そこまで言うんならやってやろうじゃァねえのッ! ただ……主役は残念ながら俺達じゃねえ。あの二人だろ?」
ハルバードで指した彼の言う二人というのは、自動小銃のくせに炎の精霊のお陰でバズーカ砲二門を連射するというとんでもないことをやっているレイと、そしてこれは誰もが認めるであろう、新たな力に目覚めた不死鳥のリイナである。
「わあってらい団長っ! 要はあの二人を導きけば良いんだろッ!」
「……委細承知」
「………やれやれだ、うちの娘がまさかの肉弾派になろうとは」
威勢よくプリドールがランスをノヴァンへ向ける。櫻姫以来、納刀していた愛刀をスラリッと抜くガロウは、如何にも武士らしい返答だ。
「やれやれ……」と言う割には、娘の意外な成長に歯を見せるのは、戦斧の騎士、ジェリドであった。




