第14話 3番目の挑発
一応身を隠しつつも一刻も早くローダとルシア、この二人組との対戦を心待ちにしていた筈のトレノとティン・クェン。
だがローダ達が石のゴーレムを全て破砕し、いよいよと思いきや、何とトレノは両手を挙げて戦闘の意志がないことを二人に告げる。
彼は一体何を狙っているのであろうか。
「ヴァロウズの3番目と5番目……相当の実力者と聞く。俺達に一体何の用だ?」
「そうだな。俺に限って言えばお前達……と言うより扉の剣士、貴様に用がある」
慎重に言葉を選びながら努めてローダは穏やかな口調で質問を投げる。
そう言いながらトレノは自らの得物に手を伸ばしたが、抜くのではなく、鞘ごと腰から外し、地面へと置いた。
ティンにはまるで理解が追い付かない。ついでに言えば彼女の武器は両の拳と強靭なる脚、よって流石にこればかりはトレノの真似が出来ない。
「本気の貴様と勝負がしたい。今の貴様ではない、さらにそれを超えた貴様とだ」
「…………っ!?」
いよいよトレノは他には目もくれずにローダだけに語り掛ける。この一言には流石にローダも色を失う。
「貴様には俺の言っている意味、判るよな?」
「嗚呼……構わないが本当に良いのか? お前の手の内、全て晒す事になるぞ」
トレノの目が笑いを帯びている。明らかにローダを挑発しているのだ。
決してローダは笑い返したりはしない。相変わらずの愚直っぷりで警鐘を鳴らす。
続けてトレノは立てた親指でティンの方を気軽に指した。もうティンは驚かさっぱなしだが、これにも逆らう事なく頷いた。
俺だけではない、此奴も共にくれてやるといった素振りらしい。途轍もない自負である。
「フゥ……狙いは良く判らんが、そちらの言い分は判った、では遠慮せずそうさせて貰おう」
「だ、大丈夫なの? わ、罠ってことは……」
緊張を解いて二人に近寄るローダ。不安げな顔でルシアがもっともらしいことを忠告するが「問題ない」とローダは呟いた。
トレノが自ら膝を崩して、まるでローダに忠誠を誓う兵士の様な格好で待つ。この動きにすら馬鹿正直に従うティンは、トレノのやることに従わなければならない呪いにでも掛かっているかのようだ。
遂にローダは二人の頭上に両手をかざす。どう考えても異常事態なのだが、何故か不安も緊張も皆無といった顔をしていた。
先程トレノからの提案には一瞬戸惑いを見せたが、これは余りにも言われた通りだったからである。
「では失礼する………『心の結束』!」
(まさか、此処まで本当にサイガンの言う通りになるとは……)
緑色の輝きがトレノとティンを頭から包んでゆく。ローダは仕掛けながら、出発前サイガンに言われた事を思い出していた。
◇
サイガンの転送術によってカノンへ出撃するおよそ1時間前のこと。独りローダはサイガンの部屋に呼び出されていた。
「………ローダよ、お前はカノンの戦いで2つの封印を解く事になるだろう」
「なっ? それはどういう意味だ。何故そんな事が判る?」
預言者めいたサイガンの言葉………この老人は自分の知識とそこから導き出される予想が的確なことは良くある。
だがこの発言については根拠があるようにローダには思えない。
「ヴァロウズ第3の男、トレノとはそういう手合いだ。そして彼に付き従うティン・クェンという女戦士。彼女はトレノに従うであろう」
根拠がなさそうであるのにサイガンの台詞の端々《はしばし》には、何もかもを知り尽くした感が滲み出て、正直気持ちが悪いとさえ感じる。
「………そ、それで戦いは終わると?」
「いや、終わらん。断言しよう、決して終わらぬ。お前が聖人君子のような男であって、その意志を理解しても彼は戦う。彼のマーダに対する忠誠心は、ヴァロウズの中で一番と言って差し支えない」
サイガンの目がさらに強くローダを捉える。その視線にローダは思わず怯んでしまう。
「……ローダよ、奴は強い。お前に自分を晒しながらそれでも勝つ、または刺し違える覚悟を秘めている」
「あ、ああ……判った」
本当は余り判っていないローダ。取り合えず「判った」という言葉でこの場から逃れようとした。年の功から若者のそんな浅慮を見破るサイガンである。
「本当に判ったのか? お前、偶然の産物やも知れぬが、不殺をしてはいないか?」
「…………っ!?」
間髪入れずサイガンが肩を揺らしつつ指摘を入れる。これには思わず絶句するローダだが、抵抗する様に口を開く。
「そ、そんな事はない。オットーとの戦いで、俺は奴に殺意しかなかった。ガロウが代わりを果たしてくれたが。巨人の邪魔さえなければレイだって……」
ローダは両拳を握り締め、声を震わせながら否定するが、俯き加減で目を合わせようとはしない。サイガンの言葉通り「偶然の産物」で彼は未だに人を殺してはいない。
リイナが青銅の巨人を消し去った自身の弱気を語った際に「リイナよりも覚悟が足りない」と吐露したことを思い出す。
「フゥ………まあ、良かろう。お前も時が来ればやってくれると信じておる。とにかく心してかかるのだ、良いな」
瞬き一つしないまま、ローダの肩を鷲掴みしていたことに詫びを入れ、サイガンは忠告を終えた。
◇
一方、黒き竜と7人の戦い。不死鳥を取り込んだリイナに殴られ、右の翼を捥がれるという散々たる有様だ。
然しやられた傷口すらも武器と成し、ガロウを消し炭寸前の所まで追いやった冷静さ。
ドラゴンという伝説上の存在に胡坐を掻くことなく、まるで末端の兵士のような泥臭さすら持ち合わせていることを理解するエディン側の戦士達。
「さあ来い矮小な者共よっ! よもや片方の翼を奪っただけで勝ったつもりではあるまいっ!」
巨大な赤い瞳でギロリッと睨みを効かせながらノヴァンは、威厳に満ちた大声で吠える。
自らの存在こそ圧倒的に上位種、そんな抑止力を押し付けることも決して忘れない。
「………確かに先程の攻勢は正直肝を冷やしました」
「フンッ! また貴様か学者」
「だが貴方様は化物であるにも関わらず、我々の言葉が判る。それが右翼を奪われた要因。ヴァロウズ9番目、ほぼ末席に据えたマーダ様も、そんな迂闊さを知っているから………」
「興味ない……全く、毛程にもな。大体2番目の学者が言った所で説得力に欠けるわッ!」
眼鏡の位置を直しながらドゥーウェンが此方の利を誇ろうとした所へ、ノヴァンの強靭な右前脚が踏み潰そうと襲い掛かる。
ベランドナが「マスターっ!」と言いながら抱えて救い出し、窮地を脱する。
ドゥーウェンは避け際に、白亜紀の恐竜辺りが丁度これ位の脚なのかなとふとどうでも良いことを思った。
それ程に非日常な者を相手にしている、罵倒するほど裏腹では馬鹿にしてない。
(………と言ったは良いですが、此処から先は完全に作戦なしなんですよねえ…それにこれ程の竜が他に絡め手を持っていない? そんな訳ないでしょうね)
顔は笑っているが、頭の中身は精一杯にフル回転。それが今のドゥーウェンである。
「ハアァァァァッ!!」
第2ラウンドの火蓋を切ったのは、赤い鯱ことプリドールであった。自由の爪穿った左脚の傷穴を目掛けて、低空を飛びながら突貫する。
空を飛び慣れていない……などと言ったジェリドに同意してオルディネに騎乗した彼女であったが、実は彼女を含め他のメンバーも空中戦の訓練を欠かしていないのだ。
けれどもこれは余りに狙いが露呈し過ぎていた、アッサリとかわされてしまう。
(これ以上思い通りにはさせん!)
青い炎をプリドールに向かって吐きだすノヴァン。これをプリドールは、見事な見切りでかわしてみせた。




