第13話 去来する150年前の忌まわしき記憶
ドゥーウェンが操る自由の爪へ勝手に乗り込み、黒き竜の左翼へ宣言した通りに迫る斧の騎士ジェリド、ハルバードとジャベリンの扱いに長けたランチア、ランスでの突貫力は随一のプリドール。
黒くて鋼のように固い鱗を持つノヴァンの翼はもう目と鼻の先である。
「死ねぇいッ!」
(……今だッ!)
ノヴァンが右の翼に生えた爪を三人の愚者を目掛けて振り下ろす。それと同時に学者も気合の思念をジェリド達が駆る3つのオルディネに送る。
ジェリドはオルディネの上で立ち上がり戦斧を構えるが、その刹那向きを変えた。ランチアとプリドールもそれに続く。
ノヴァンが振り下ろし始めた右の翼の方へ向きを変えたのである。3つのオルディネが、緑色の輝きの強さを増す。
黙って戦斧を少し下に構え直すジェリド。彼の乗るオルディネもノヴァンの右翼に対して下方からぶつかる向きだ。
狙いはドゥーウェンがオルディネで既に貫いた辺りである。
ランチアとプリドールを乗せたオルディネも同方向でやはり下方から近付く。
此方はガロウが示現真打・一の太刀櫻華で先陣きって少し斬り裂いた右翼の根元である。
腰に下げた左右3本づつの短い槍、ジャベリンをその傷口へと向けるランチア。
プリドールの方は言うまでもなく、得意のランスを同じ場所へ向けた。
「ま、まさか貴様等、最初からこれを狙って!?」
戸惑う竜の声に、言葉ではなく、その巨大な戦斧で応じるジェリド。
戦斧の振りが完全なカウンターとなってドゥーウェンが穿った穴に的確にヒット。さらに大きく斬り裂く結果となる。
「グッ、グワァァァ!!」
巨大な竜の巨大な悲痛の叫びが辺り一面に広がる。ジェリドは相も変わらず無言のまま、右拳を突き出し勝ち誇る。ノヴァンの態勢が大きく崩れた。
「へっ! そう言う事だッ! 何もかも遅いんだよ、このノロマッ! さあ、俺様のジャベリン、全部盛大に喰らわせてやるよ!!」
狙いすました腰のジャベリン左右計6本をランチアは、全て同時に発射する。どうやら火薬を仕込んである様で、爆ぜる音が木霊する。
それらは全て必中し、右翼の亀裂はさらに大きくなった。
「まだだッ! さあ行くぜッ! 副団長ぉぉぉおお!!」
「お前に言われるまでもないわッ!! ラオの槍の神髄を見せてくれるッ!!」
次にランチアはハルバードを両手で構え、プリドールがランスを突き出す。
「「突貫ッ!!」」
ランチアの青い槍、プリドールの赤い槍、加えてオルディネの緑の輝きが、ノヴァンの右翼の根元を完璧に捉え、狙い通りに斬り離した。
「クッ! やってくれたなッ! な、成程……これなら少しは楽しめそうだッ!」
右翼を失ったノヴァンは成す術なく地面へと落ちてゆく。此処まで最初から右翼を奪う事を転送前から決めていた連携であったのだ。
ガロウが落ちながら決めた櫻華から既に始まっていた。作戦を指示し、成功率を上げる位置に転送をしたサイガン。
さらにそつなく各々が仕事をこなした見事な連携の成果である。
リイナの平手打ちだけは完全に独断である。なれどノヴァンの戦意をリイナに向けさせるのに充分過ぎる戦果であった。
然し未だ竜の制空権を奪ったに過ぎない。この巨大な命を削り取る戦いは、始まったばかりでなのである。
それに何より片翼を失ったノヴァンの戦意が挫かれるかと思いきや、寧ろその赤い目が何故か輝きを増したことをドゥーウェンの金縁眼鏡は見逃さなかった。
ノヴァンが身体に残った翼を力強く振り抜くと、噴出した血液が飛び散り、それはガロウの方へ向かってゆく。
「うっ! み、見えんっ!?」
(し、しまったっ! 飛ぶことに不慣れなガロウさんを狙ってっ!)
両目にノヴァンの黒い血が付着して視界を遮られてしまったガロウ。オルディネにも乗っていない彼ならば避けきれないのを、計算の上での行為であると知るドゥーウェン。
慌てるガロウにノヴァンは落下しながら炎を吐いた。これは誰もが翼を捥いだことで奢っていた所へ、完璧に虚を突かれた。
「に、二の太刀『櫻道』ぉぉぉ!!」
目を拭うこと、身を避けること、何れもガロウは選択しない。愛刀を下段に構え渾身で振り上げる。地面の裂け目からマグマが噴出するかの如く、赤い輝きが宙を疾走する。
「我が炎を……斬るっ!?」
「へっ! そんな大それたこと出来る訳……。ただ俺は薩摩の武士っ! 黙って焼かれて死ぬなんざあ冗談じゃねえッ!」
ぶつかり合う青白い炎とガロウが描いた櫻島の溶岩。無論圧倒的なノヴァンの炎が勝り、押し崩される。
「ベランドナっ!」
「み、水の精霊達よっ! あの者の障壁と化せっ!」
(……た、例え言葉通り焼け石に水であろうともっ!)
咄嗟にベランドナが水の精霊を呼び寄せてガロウの元へ向かわせる。とにかくほんの僅かで構わない、ガロウが生き残る可能性に賭ける。
「が、ガロウさぁぁんっ!」
(間に合え私ッ!)
背中に生やした不死鳥の炎の翼を羽ばたかせリイナが全速力で助けに向かう。やがて青い炎の筋は消え去った。
「へへっ……い、生きてるのか? 俺……」
「ガロウさんっ! 戦の女神よ、この者にどうぞ貴女の御慈悲を。湧き出よ『生命之泉』」
リイナに抱えられたガロウは即死でもおかしくはない大火傷を全身に負っていたこそいたが、辛うじて息があった。ただ気絶は免れなったらしい。
死んでさえいなければリイナの全回復の泉が流れ込み、その命を繋ぐことが出来た。
「ま、まさか生身の人間が我が炎に耐えうるとは……。そして戦の女神の奇跡……エディウスこそ我が真なる敵ッ!」
「私は元々エディウスの司祭ですっ! そして私の大切な仲間を焼くと言うのなら全力で阻止しますっ!」
ズゥゥゥゥンッ!! 重苦しい音を立ててノヴァンが砦の床に着地する。小さな司祭の姿から150年前に全てを奪った宿敵エディウスの姿を重ね見るノヴァン。
まるでリイナはそのエディウスそのものであるかの如く、巨大な竜に物怖じせずに言い放った。
◇
「堕ちたか、ドラゴンと言えどやはりただの獣であったな」
トレノの耳にカノンの砦側からノヴァンが地面に落ちる音が届いた。だからアレは、せいぜい9番目なのだ。
そもそも最早トレノの興味自体がそこへ向いていない。光の中から現れた青年剣士と女拳闘士の方は、既にゴーレム共、全てを完全に沈黙させた。
斬られてただの岩の塊に返った者、或いは燃える拳を前に爆散し、砂にまで堕ちた者。何れにせよストーンゴーレム如きでは、二人の本気の片鱗すら見られないことを理解した。
突然トレノは立ち上がった。さらに両手を挙げて戦闘の意志がない事をローダとルシアにアピールする。
「トレノ? まさかやる前から降伏する?」
ティンとて気配を消す無意味さには気づいていた。しかしそれはこれより堂々と果し合いをするための意識であり、戦いを放棄する気なぞ微塵も在り得ない。
だから両手を挙げた行動に驚いたが、彼女は常に彼の行動に準ずる。同じ様に立ち上がり、両手を挙げることにした。
「俺の名はトレノ。ヴァロウズの3番目と言えば判る筈だ。そして、此奴はティン・クェン。ヴァロウズの5番目だ」
両手を挙げたままの姿勢でトレノは、実にアッサリと自らの存在を証し、相棒の事まで勝手に紹介した。
「……ヴァロウズッ!?」
ルシアはその名を聞いて緊張の糸を張る。けれどローダはルシアの肩を軽く叩くと首を横に振り「取り合えずその必要はない……」と伝えた。




