第12話 少女にビンタされるドラゴン
鋼すら切り裂くと言われるドラゴンの爪。ノヴァンは全力で振り下ろした筈であったのに、何やら光の幕のようなものでドゥーウェンは防いでみせたのだ。
「なん……だとっ!?」
「フフッ……」
驚くノヴァンを他所にドゥーウェンは、涼しい顔で笑って墜としてみせた。
「コラァァッ!!」
後ろ上方からリイナの怒鳴り声が響く。いつの間にやら少女はベランドナの自由の翼で宙に浮いていた。
「ドゥーウェンさんっ! 此処はまず私が不死鳥でビシッと決めるシーンですよっ! 美味しい所を持って行かないでくれませんかっ!」
不死鳥と同化したリイナは何時になく元気一杯。頬を膨らませ、両腕を組んで怒り心頭といった体である。
「い、いやあ………つい感化されちゃいまして………」
「そ、それは良いですが、順番は守って下さいッ!」
苦笑しながら一応頭を下げたドゥーウェンであったが、小さな戦士は容赦がなかった。
「じゅ、順番………か。そ、そうだな。我とてそこの学者何ぞよりも、完璧なる不死鳥……一度貴様とやり合ってみたかったぞォォ!!」
「えっ………」
威厳のある声の中に化物の雄叫びを織り混ぜてからノヴァンが羽ばたく。禍々《まがまが》しい口を開いて空気を吸う。呼吸音だけで辺りの空気を震わせる。
明らかにドラゴンという生物最強の攻撃、炎の息への予備動作だ。
(ま、間違いなくこのドラゴンは不死鳥を知っている………なら私の能力も……)
「だけどッ!!」
リイナが無防備にも程があると言いたくなる体制で、頭からノヴァン目掛けて飛び込んでゆく。それも今にも炎を吹くであろう頭が狙いであることは一目瞭然である。
(………舐めているならこれで最後だっ!)
だが次の瞬間、凄まじい炸裂音が辺りに木霊し、ノヴァンの頬に溜められた炎は行き場を失い、口の中で暴発した。
「………ば、馬鹿な!?」
「フンッ!」
その有り得ない出来事にノヴァンの気が動転する。何とリイナは竜の横っ面を、右掌でぶん殴ったのだ。
武道の型も何もあったものではない。ただただ力任せに殴打しただけである。
そのやり取りを見た父ジェリドは思わず腹を抱える。まるで幼なじみのロイドと喧嘩でもしているかの様に見えたのだ。
「なっ!? 何だァそりゃあ! 子供が竜を引っ叩くだとォォ!?」
「ハァァァッ!!」
全ての者達がこの想定外の事態に声を失う最中、感情を表に出しやすいランチアだけが大声を上げる。
リイナの方は続け様に燃え盛る両拳で自分の身体より大きな竜の首を殴り始める。
右に左にノヴァンの首が揺れ動く、まるでルシアの十八番を奪ったかのような攻撃だが、まるで勝手が異なる。
「フンッ!」
「ぐっ!?」
どれだけ力があろうとも武術としてなっちゃいないリイナの殴打を黙って受けてはいられない。
長い首を少しだけしならせてから大きく頭を振り返し、その鼻っ面でリイナを強く突き飛ばす。あっという間に石面の床に叩きつけられた。埃が宙を舞う。
「痛っい………」
「……だ、大丈夫かリイナっ?」
「あ、うんっ……問題ないよ、お父さん」
受け身も取れずに頭部から突っ込んだリイナが頭を擦る。つい先程笑いを堪えたジェリドだったが、流石に心配に変わり声を掛ける。
リイナは埃を払って何事もなかったかのように立ち上がった。
―………リイナさん、貴女が強くなったのは、もう充分に判りました。しかし独断専行は厳禁ですよ。
「……あ、は、はい。ごめんなさいドゥーウェンさん………」
ドゥーウェンの接触によるリイナに対する忠告。少ししょげた顔でリイナは頭を下げた。
(………って久し振りの戦闘で大人気なかったのは寧ろ私の方なんですけどね。………にしてもリイナさんが此処までやるとは)
自分の行動も含めてヤレヤレといった感じのドゥーウェン。その場の緊張が一瞬ほぐれたのをこの賢い黒き竜は見逃さない。
あっという間に頬を膨らませとそれを一挙にリイナに向けて吐き出した。炎の色が真っ青である、自然界では余りお目に掛かれないものだ。
「青白い炎っ!? 完全燃焼だと言うのですかっ! いくら何でもアレをまともに喰らってはっ!」
ドゥーウェンはこの中でこの炎の意味を理解している少数派だ。けれど生き物がこれを生み出すなんて博識の彼ですら知見していない。
自由の爪で守ってやろうにも間に合わない。容赦なき超高熱の炎が小さなリイナに浴びせられた。
「フゥ……」
「馬鹿なっ!? 全く……火傷の一つも負ってないとはっ?」
両腕を組み炎と真正面に相対したリイナ。溜息を一つ吐いただけで何とも涼しい顔をしている。
炎を吐き付けた張本人とて不死鳥の炎耐性を知らぬ訳ではないのだが、これは流石に想定の範疇を超えていた。
(不死鳥の力による肉体強化と火属性への絶対防御…………。いやはや……これはこれはとんでもないですね。それにしてもこの竜……執拗にリイナさんを攻めたてる)
ドゥーウェンもノヴァンが不死鳥を取り込んだリイナばかり狙っていることに気付く。先程堂々「一度貴様とやり合って……」と確かに言った。
(確かカスード家初代ですら呼び出しただけで終わった筈では? このノヴァンとやら……果たして何処で……)
ドゥーウェンがこうして頭を巡らせている間にも、彼の自由の爪とやらは、周囲を旋回しながら飛び続けている。
「おぃ、この爪、1つ借りるぞ。私は空での戦闘が初めてなのだ」
「おおっ! いいね、いいねぇ~ジェリド殿。大変クールじゃァねえか、俺様も借りるぞっ!」
戦斧を構えた戦士が勝手に、そんなオルディネの1つに飛び乗って身体を伏せる。
実に楽し気な顔で青い鯱も、違うオルディネの上に降り立つ。まるでサーフボードを楽しんでいるかのようだ。
「ジェリドさん、ランチアさん!? それは私が操らないと動かない物ですよ!?」
突然の2人の身勝手な行動にドゥーウェンが狼狽える。
「判っている、アテにしているぞ。左翼、上の方へ誘導を頼む。皆、調子に乗るのは結構だが、まずは此奴の翼をもがねばどうにもならんぞ」
「……という訳だっ! 俺様は左翼の根元だっ! 宜しく学者殿ッ!」
ジェリドは持ち主に目もくれずに指示だけ送る。右手を額に当てて敬礼したのはランチアだ。二人共、後は任せたとばかりに竜の翼の方を向く。
「そ、そんな勝手な……僕のオルディネは、サブフライトシステムじゃないんですよっ!」
「……マスター? 今、何と?」
地団駄を踏んで珍しく怒りを露わにするドゥーウェン。マスターの聞き慣れない言葉に首を傾げたのはベランドナだ。
「そうさねえっ! やっぱり騎士には馬がないとねえっ! 団長と同じ所へランスで突貫するよっ!」
赤い鯱すら、オルディネの上に騎乗して得意のランスを構える始末だ。
「プリドールさん!? 馬にするなんて……ああっ! もぅ判りましたよっ! 好きにして下さいっ!」
ひとしきり頭を掻きむしってからドゥーウェンは、オルディネの方に意識を集中することにした。
(不死鳥の娘はまだ判る……だが他の輩にまで後れを取るつもりはないわっ! ましてや攻撃箇所を指示するなぞ愚の骨頂。迎え撃って八つ裂きにしてくれるっ!)
右翼に生えた爪を何時でも振り下ろせるよう準備したノヴァン。後は三人が飛んで来るを待つばかり。本当に宣言通り近寄って来る。




