第11話 衝撃を受ける竜と黒い爪
カノンの砦……砦とは名ばかりの黒き竜を雨風から凌ぐための石造りの巨大な建造物に過ぎない。
身長約25m、両方の翼を広げると約50m。この途方もない生き物が少しは飛んで動ける程の鳥小屋のようなものだ。
もっとも屋根を支えるだけの石柱があるだけなので、籠にすらなってはいない。
こんな物なくたってノヴァンを錬成したヴァイロがマーダの内に囚われているのだ。よって今のノヴァンはマーダの虜。
此処を守護するという立場からは逃れようがないし、他にやることもないので逃れる気も起きない。
そんな自暴自棄な竜の上に突如無数の光が出現し、それらは集まり7人の人間と化した。刀を持つ男、槍を持つ男女、柄の長い斧を持った騎士や、まだ少女にしか見えない者すらいる。
「こ、此奴等一体何処からどうやってっ!?」
「示現我狼! 一の太刀! 『櫻華』あぁぁぁぁ!!」
1人の髭面の男が赤みを帯びた日本刀を振り上げて、ノヴァンの右の翼の根元に向かって自由落下で落ちて来る。
「舐めるなよッ! 人間風情がッ! この鋼より硬い皮膚をそんな刀で斬れるものかッ!」
巨人族のセッティンよりも、さらに二回りも大きい身体をあえて晒すノヴァン。日本刀なぞ折れてしまえと思っている。
だが次の瞬間、ノヴァンは自分が如何に愚かであったかを自覚する。
侍の剣術によって、右翼の根元の一部は斬り裂かれ、黒い血飛沫を上げる羽目になった。
「グッ! ば、馬鹿な!?」
翼は未だ健在なので飛ぶ事に支障はないが、こうもアッサリと斬られた事が衝撃である。
「へっ! 竜の血は赤くないのかよ。綺麗な噴火が拝めると思ったんだがな」
髭面の侍は、軽口を叩く程の余裕があった。
「……風の精霊達よ、我等に自由の翼を与えよっ!」
次に長い金髪の美しいハイエルフが詠唱する。すると落下するだけの連中が宙に浮いた。
「おおっ! 遂に俺も空を飛んでるぜっ! しかも全員を同時にっ! 流石はハイエルフ!」
「精霊は我と共に在り。ルシア様にも精霊術が達者であることは譲れませんっ!」
石床に落ちかけていた髭面の侍が大いに歓声を上げる。
普段は冷静かつ寡黙なハイエルフが珍しく声を弾ませた。
「さあ、出し惜しみはしませんよっ!」
若い……と、言うより最早子供にしか見えない司祭が大きな声を出した。あんな少女に何が出来るというのか!?
「ヴァーミリオン・ルーナ! 紅の命、賢者の石がその真の姿を現すっ!」
「そ、その術もしやっ!?」
「……炎の翼、鋼の爪、今こそ羽ばたけ不死の孔雀! さあ、行きますよおおお! 我に応えよっ! 『不死鳥』!!」
司祭である筈の少女が唱えた詠唱は、150年前に聞き覚えのある不死鳥を召喚に違いない。
少女の頭上に巨大な炎が渦を巻いて現れて、それはやがて鳥の形を成した。
「ば、馬鹿なぁ! フェニックスだとおぉぉお!?」
「キシャアアァァァアッ!!」
150年振りに拝むその姿、間違いなく不死鳥である。嘶く声も懐かしいが、ノヴァンにとってのそれは聴覚を貫く阿鼻叫喚としてやって来た。
「これは凄ぇッ! 身体が……いや魂すら燃える様だぜッ!」
青い鎧を纏った槍使いの男の方が、不死鳥の鳴き声の効力に驚嘆の声を上げる。150年前はノヴァンもそちら側だった。不死鳥から正義ではなく悪と断定されたらしい。
「まだですっ、これからが本当の不死鳥の力っ! さあ不死鳥よっ! 我の魂と共にあれっ!」
司祭の少女が大きな声で不死鳥に命ずると、火の鳥はリイナの胸の辺りに吸い込まれて姿を消す。この光景とてノヴァンは既に知っていた。
「ま、まさか再び不死鳥を呼び出せる者が現れるとはっ! しかも完全な形でっ!」
(ふ、再び……? このドラゴンさんは不死鳥を知っているの?)
ノヴァンがその巨体を震わせながら驚くの見て、その刹那リイナが驚く。
リイナの全身が一瞬炎に包まれる。そして消えたと思いきや、彼女の頬に炎の様な模様が浮かび上がり、両目も真紅に染まった。
加えて彼女の全身が赤い輝きを放つ。彼女そのものが小さな炎の魔人と化した。
「あ、あれこそがエドルの民が編み出したもう一つの扉の力か。なんと神々しい………」
「マスター、感心している場合ではありませんよ」
ハイエルフにマスターと呼ばれた学者は、不死鳥と一つになるその姿を見ながら震えが治まらない。それは無論、恐怖からではない。
「判ってる、判っているともベランドナ。今、使わねばこの我が力、皆さんに後れを取る前に」
(あ、あれは第2の学者ドゥーウェンではないか!? 学者風情に一体何が出来るというのだ!?)
ドゥーウェンに対しノヴァンはそう感じたが、日本刀には斬られ、エディウスの司祭は完全なる不死鳥を呼んだ。最早、何が起きても動じまいと思い直す。
ただ他の連中と違ってこの男、まるで舞踏会に出る時に着る礼服のような姿をしている。到底これから戦おうとする者の恰好には見えない。
学者風情が黙ったまま、左掌を真っ直ぐ突き出した。その中に何か黒い渦の様な物が蠢いている。
その黒い渦の中から、当人の倍はあろうかと思える程の黒い爪状の何かが次々と現れる。
全部で6つ、武器なのか盾なのかノヴァンに判別出来ることは何もなかった。
「……フ、フフッ、私は少年の頃、アニメを観るのが大好きでした」
「あ、アニメ?」
動じまいと誓った筈の竜は、全く聞き及んだことのない言葉に思わず可笑しな声を漏らす。
「ただですね、当時流行った鬼退治の話とか異世界転生モノは、この私には全く刺さりませんでした」
「おにっ? い、イセカイ!?」
この学者が眼鏡の位置を直しながら、威風堂々《いふうどうどう》と言ってることが全く意味を解せない。
「僕の扉は不可全だから一つしか能力を選べなかった。だがそれでいい。剣も、魔法も、術も、ましてや拳なんて私は決して憧れない……」
「…………む、むぅっ」
「………リアルロボットが好きな私は、これだけを欲したのだ。さあ征け我が爪達よっ! 『自由なる爪』!」
学者風情が実に痛快な気分で自分に告げている……それだけは理解出来る。
加えて「自由なる爪」と吠えた途端に巨大な爪らしい連中が一斉に此方へ襲い掛かって来た。
「笑止!」
(爪!? ドラゴンの我に向かって爪っ!? こんな物がナンバー2の切札だとっ? 随分と馬鹿にされたものだっ!)
巨大な翼を羽ばたかせ身を翻す、確実にかわした……筈であった。
なれどドゥーウェンのオルディネという爪達は、緑色に輝きながらノヴァンの左翼の皮、右上腕部、左大腿部、右脇腹、尾、何とそれら全てが貫いたのだ。
「なっ!? グワァァァ!! ば、馬鹿なっ! これは一体どうした事だっ!?」
「フフッ、どうですか私の爪の味は? オルディネは私の意識で自在に宙を舞い、しかも魔力なんてものは消費しません。私の意識が続く限り、彼らは飛んで行きますよっ!」
「おのれっ! おのれっ! ならば貴様自身を引き裂くまでッ!」
相手が爪なら此方とて爪。自慢の足の爪でドゥーウェンを引き裂こうをやり返しを狙う。
考えてみればノヴァンは驚いてばかりで、此処まで何の攻撃もしてなかったことを思い出す。本来なら在りえないことである。
なれどオルディネ達は、瞬時に主の元に戻ってくると緑の光線を放ち合い、光の幕を作ってドゥーウェンを完全に被ってガードした。




