第8話 そして繋がった想い
酔った勢い………とてもそれだけでは片づけられないルシアの挑発と、遂に彼女へ屈する寸前のローダである。
―こ、これは不可抗力だ。大体ルシアが悪いんだ。
「フフッ………心の声、漏れてるよ」
ローダの実にらしくない失敗を引き出せたルシアが、赤ら顔で思わずニヤけてしまう。
「ハッ!? つ、つい要らない所で接触を!?」
これには慌てふためくローダであったが、この接触の無駄打ちすら、有効打にしてやろうと、いよいよ此方も開き直った。
「ルシア……」
「はい」
ローダは真横に寝ているルシアを真正面から見つめ、口火を切った。
それをルシアも真正面で受け止める。その上、何故か珍しく敬語でおとなし目に返事した。
「全部大好きだ。底抜けに明るい笑顔も、どんな時でも俺を引っ張ってくれる強さも……」
「………はい」
「綺麗な肌も、大きな胸も……全部っ、全部っ、全てが好きだっ! 全部俺のものにしたいんだっ!」
遂に好き以上のことを相手に求めるローダ。その言葉はいつも以上に不器用だが、勢いがそれを打ち消す。
そのまま真っ直ぐに見つめてルシアの返答を待つ。これは無言の圧力をかけているかも知れないが、もうそんなこと構いやしない。
この待ち時間……砦での宴の時の告白よりも、さらにずっと長く感じる。
早く答えてくれないと欲望に身を任せ、強引に事を成してしまいそうだ。
「勿論、貴方に全てを捧げる覚悟です。やっと……言ってくれましたね」
ゆっくりと丁寧に応じるルシア。加えて笑顔のままで涙を流す。
この返しは最早一生相手に尽くすことを誓ったソレの態度である。
それはローダが求めているより遥か上の重い返事であるのだが、寧ろそれを望んでいたかように後は突っ走るだけだ。
改めてルシアをギュッと加減知らずで抱きしめてから、次にローダは、とてもぎこちない初めての大人のキスに挑戦する。
けれどぎこちないからこそ、その気持ちがルシアへ存分に伝わった。
ルシアも同じものを返し、ローダもさらに返してゆく。互いに幾度も交換すると、体温と息が荒くなってゆく事を感じずにはいられない。
ルシアが思わず甘い声を漏らす。この先どうしたら良いのかを知らないローダ。
いや、正確にはこれ迄に得た記憶を辿れば引き出しがあるのだが、これを使う余裕はないし、そもそも使う気も起きない。
それは目前のこの世で最も愛しい女に対し、礼儀を弁えていないことになるし、この緊張を素直に楽しむべきだと感じているからだ。
「ご、ごめんっ……お、俺こういうの……」
「……わ、私だって初めてなんだから」
取り合えず如何にもって感じの保険を差し出すローダ。これに対するルシアの返答を何故かちょっとだけ不思議に思えた。
ルシアの男性に対する馴れが、ローダにそう思い込ませたのかも知れない。
それから互いの初めましてを知り、余計に恥ずかしさが溢れ、喜びも感じる次第だ。
ついでに語るとルシアにとってこの「初めてなんだから」にはちょっと他の女の子には在り得ない意味合いも含んでいる。
大きく息を飲んでから、震える手で大きな胸の膨らみに寝巻きの上から触れてみる。
ルシアの甘美な声が大きくなり、身体も大きく仰け反った。
こ、これで良いのかと思いつつ、なるべく力を込めずに何度かそれを繰り返す。
その度にルシアが大波を立てるので、ローダは嬉しさ7割、ほんの少し未来に対する不安3割といった感じだ。
「ハァ、ねえ……それ、消して」
ルシアは荒い息を飲み込んで、ランプの方を顔で差す。緑の眼と同様な位、全身が湿っぽいのが服を着ていてもバレてしまう程だ。
そう、ルシアにとってはもう恥ずかしくて仕方がない状況なので、一刻も早く「消して」の意味合いなのだが、もうそれすら上手く言葉にならない。
「あ、ああ……」
慌ててローダはランプの火を消す。この手つきすらぎこちない。
「……来て、早く……お願い」
「……い、良いんだな?」
彼女は仰向けになると、両腕を広げて愛する彼を潤み切った顔で誘う。
彼はもう幾度目か判らない息を飲みながら確認した。我ながら今さらな発言だと思う。もし拒絶されたとしても、最早もう止められない事を、自分が良く知っている。
「……わ、私、あの時からずっと待っていたのよ」
自分から力一杯、彼の身体を抱きしめる。あの時とは言うまでもなく砦で夢心地の二人の舞をした後の夜のことだ。
とても逞しい身体、風呂で背中を流してやった情けない彼は、もう何処にもいない。
彼は彼女を引き剥がすと、寝間着のボタンを2つだけ無造作に外し、上下を少々乱暴に脱がす。月明かりが彼女の裸体を映してくれた。
男は綺麗だと呟き、後は無我夢中で初めての行為に及ぶ。女も多いにそれに応え、遂に二人は一つに繋がった。互いが幾度も幾度も求め合う。
幸せの絶頂を打ち寄せる波のように、互いに何度も感じ合った。これ以上の幸福は無いと若い二人は文字通り肌で感じた。
この間、二人の言葉によるやり取りは「ほ、本当に初めてなの?」「嘘じゃない、お前が初めてだ」位のものであった。
ただ……ルシアは独り、自分のような存在がこんな幸せを感じても良いのか悩みに悩んで涙を堪え切れなかった。
そんな不思議な感情をローダは何一つ掴めてはいない。
「う、うぅ……」
少し痛い頭を掻きながら目を開けたローダ。気が付いたら寝落ちしていた。既に数刻が過ぎて日付が変わっていた。ルシアは同じ枕で横になり、まだ眠っているようだ。
彼は一糸も纏わぬルシアを眺めながら、自分の行為の記憶を辿ってみる。この手が、この身体が直に触れ合ったことを改めて実感する。
ルシアの頭をソーッと持ち上げると、自分の右腕をそっと差し出して、腕枕をしながら毛布を掛けた。
……軽いなあ、こんなに軽かったのかと思うと同時に、その愛しい寝顔にとても大切な重みも感じた。
「うん……?」
その愛しい目蓋が開いてしまった。目を擦り、そしてローダの腕枕に気がつきながらも、まだボーッとしているルシアである。
「おはよう……っていうか起こしてしまったな」
「うんっ、大丈夫だから……」
起きてしまったのを寧ろ良い事にして、その綺麗な頭を撫でる。彼女の香りがフワッと広がり、ローダの鼻腔を擽った。
ルシアも頭をもっと寄せて撫でやすくしてやった。猫のように甘えてもっとせがむ。
「……ルシア、俺、思ったんだ」
「んっ、何を?」
ローダは真っ直ぐに天井を見つめている。ルシアはそんなローダの瞳の奥まで覗いてみた。彼のこの真っ直ぐな瞳がやっぱり好きだと再認識する。
「俺、扉とか意識の共有だとか、なんだか意味が良く判らないまま、遮二無二に頑張ってきたけどさ」
「う、うん……」
「意識を共有しようが、やっぱり人間は一人、それぞれなんだ。ルシア、お前を感じる事が出来るのは、俺とお前が違う二人の人間だからなんだって、とても当たり前の事に、この夜気づいたよ。俺、今夜のお前を生涯忘れない」
天井を見るのを止めてローダは、ルシアに軽く唇を合わせる。彼女が自分に人と自分は違う幸福を教えてくれたことに心底感謝した。
「……ろ、ローダ。わ、私……」
ルシアが何かを言い掛けたが、言葉より先に涙が溢れてしまうのを止めようがない。幸せで幸せで、もうどうしようもない。だからこそ彼女はこの幸せをいつか失うかも知れない恐怖と背中合わせなのだ。
「る、ルシア? お、おぃ……どうした?」
明らかに幸せの内だけで泣いているのではない事くらい流石に理解したローダは、夢から覚めたように狼狽える。
「ご、ごめんなさい……。だ、大丈夫よ。私達、これで生涯を誓い合ったんだって思ったら……ね」
ルシアとて自分の異常さに気付いている。それを悟られないようにローダの胸に泣き顔を埋めて誤魔化そうするのであった。
「…………そ、そうか生涯……」
「え……何、違うのっ!?」
ルシアの「生涯を誓い合った」という台詞の重さに一瞬戸惑いを見せてしまったローダ。
またもルシアはローダの胸の内でエメラルドグリーンの瞳を大いに駆使した上目遣いで問い掛ける。
「いや、何でもない……そう、そうだ。全てお前の言うことが正しい」
直ぐに落ち着きを取り戻したローダは、ルシアの美しい金髪を撫でて優しく微笑みを返すのだった。




