第6話 優しい人に心惹かれる
ローダをloaderという言葉に寄せて、読み込む者と勝手に置き換えたことを独白したサイガン。何なら自分達の夢すら読み込んでくれる期待をかけていた訳である。
「…………さっきの戦いでジオには言ったが俺はそこまで万能ではないからこうして苦労をしている。勿論兄さんをどうにかして連れ帰りたいことに揺らぎはないが……」
エドナ村での狂戦士化の際から、自分の見知らぬところであらぬ期待をかけられている青年の顔が曇っている。
今度は暗黒神と言われている兄をマーダから引き剝がし、何とか出来るのはお前しかいないと言われている。
…………勝手な期待をしないでくれよ、皆。
「………ンッ!?」
ローダは背中に温かく柔らかいものを感じた。さらに心地良い香りが鼻を擽る。戦いの際には相手を捻じ伏せる拳と腕が、脇下から差し出され優しく自分を包んでいた。
牢獄の隅にいた筈なのに、自分でも知らないうちにローダは、フラっと一歩だけ前に出ていたらしい。
「……る、ルシア……な、何を」
「…………」
背中にいるのは間違いなくルシアだ。動揺で上手く声が出せないローダ。対するルシアは目を瞑ったまま何も答えようとしない。互いの心臓の鼓動だけが伝わり合う。
◇
場所は移り変わりフォルデノ城、玉座の間。マーダが珍しく玉座に座り、二人の兵に指示を出していた。
「………ではカノンの守りを二人にも頼む。9番目の竜だけでは心許ない。やり方は君達に一任するよ」
玉座の前で跪づいて、その命を受けている二人。一人はヴァロウズ3番目の剣士トレノ、もう一人は5番目の女戦士ティン・クェンである。
ヴァロウズの中で最も身体の小さなフォウに次いで2番目の身の丈であるトレノと、人間の面子としては、最も大きな部類に入るティン・クェン。
この二人が横に並ぶと、どうしてもその身の丈の差が、不釣り合いに見えて仕方がない。
しかしこの二人の組合せは、最早公認となっていた。
「はっ、このトレノの命に代えても」
恭しく頭を下げるトレノ。そういう行儀を知らないティンだが、慌ててトレノに習う。
「良いんだ、そんな礼儀僕には要らないよ。では任せた」
その身を凛々しく翻し、赤絨毯の上を往くトレノとティン・クェン
爽やかな笑顔で二人を見送るマーダ。4番目の魔導士フォウは、玉座の脇の小さな椅子に座り、トレノ、ティンには目もくれず、マーダの事だけをじっと見つめていた。
「どうしたんだい僕の大好きなフォウ、何か気になる事でもあったのかな?」
その視線を気づかれて、フォウは赤面し思わず目を背けそうになる。そこは何とか受け止めると、椅子から立ち上がり距離を詰めて、玉座の肘当てに置かれたマーダの左手へ頬を寄せて甘えて見せた。
「……マーダ様、何か御変わりは、ございませんか?」
「んっ……何も変わらないよ、これまでと同じだ。僕が君を想う気持ちもね」
湧き出る泉のようにマーダから優しさが、日に日に大きさを増してゆく。フォウはその変わりように異質なものを感じていた。
「フフッ……フォウ、流石に君には隠しようがないか。そう、僕は完全に入れ替わった」
「…………ッ!?」
「僕の名はルイス……ルイス・ファルムーン。僕はマーダに身体も意識も取り込まれていたけど、マーダと話し合い、そして僕が彼の意志を継ぐことになった」
まるで菩薩のような笑みと共に、ルイスと名乗る見た目こそマーダと全く変わらない男。フォウの美しい黒髪を優しく撫でる。
「い、一体どういう…………」
「話せば長いし大して面白くもないんだ。まあ聡明な君になら何れは判るよ。それに君を愛する気持ちは、これ迄以上だよ」
「えと……あっ……は、はいっ」
フォウはこれまで……特にあの狂戦士と戦った辺りから、この黒の剣士の変わり様に薄々勘づいてはいた。
けれどもこうして驚天動地なことを告げられば、普通にしてはいられない。
「ただ今は僕を信じて欲しい……」
柔らかい口調と共にフォウの前に膝まづいて、手の甲に口づけするルイス。
(優しい、相変わらずこの御方は私には特に優しい………)
それは相変わらず比類のない幸せとして彼女に押し寄せる。
(この手から伝わる優しさが以前よりも優し過ぎる。………これはやはりあの剣士と戦った時の後半のマーダ様)
それさえ判れば…………後はフォウに取っては些事なのだ。
ルイスは無言で立ち上がると、フォウの身体をスッと抱えた。
未だこの身の寄せ方に、フォウの心肺は動きを速めてしまう。いや、寧ろ驚きで心肺停止になるやも知れぬ。
(良いのだ、何も変わらない。少なくとも私のこの御方に対する想いは不変。この方さえ生きて下さっていれば、もう何も要らないのだから……)
最早逆らう事なくフォウは、主にその身を預ける。そして玉座の間から人の気配が消え失せた。
◇
再びフォルテザの砦、最下層の牢獄に舞台を戻す。不安に駆られるローダを黙って背中から包み込むルシア。
少し顔を赤らめたルシアがようやくその魅力的な唇を開く。紅をひいてもいないのに、ピンクで艶のある唇なのだ。
「………ろ、ローダ。ふ、不安よね。私は貴方ではないから判るだなんて適当は言わないよ。だけど……」
「ルシア?」
甘ったるい息が少し荒さを帯びているのをローダは感じる。周囲の視線はお構いなしの大胆さだ。
「あの……背中を流した時から言ったでしょう? こ、この背中は私が守るよって………」
「あ……ああっ、それなら勿論覚えている。アレは実に心地良かった」
「………せ、背中を流した!? ふ、風呂かぁ!?」
「えっ………えぇぇぇぇっ!?」
つい数刻前にルシアも交えて呑んでいた最中「まるで私がローダと一緒にお風呂に入ってきたみたいじゃない」って息巻いていたルシアのことをガロウは思い出し、驚きを混ぜた変な声を出す。
その時セインと戦っていたリイナは、そんな発言知る由もない。けれどもローダの「心地良かった」という台詞を聞けば、妄想の材料には充分過ぎる。
ローダにして見れば背中を流して貰った時に言われた「貴方の背中は、何があっても私が守り抜くと誓うよ」が弱気な自分に活力を注いでくれたという意味合いなのだが周りにそう聞こえはしない。
「………それに何より貴方は真に優しい人。自分に甘い訳でも辛く当たることもしない………」
「……そ、そうなのか? 自分じゃ正直判らないな」
(優しい………ローダさんはお姉さまに優しいんだ)
ルシアがローダに言いたいことは、彼が封印を解くに当たって他人から譲って貰った能力。
そればかりに頼ることなく、慢心せずに日々鍛錬を怠っていないことだ。仲間を、兄を、何より自分を守るべく自身を高めるその姿に「真に優しい人……」に込められたものがあるのだ。
もっとも周囲の連中には、完全に恋人未満を卒業した眩し過ぎる男女にしか見えない。
思春期待ったなしのリイナにとって、ルシアの言う「優しい」は、甘美なやり取りに脳内変換されている。
頭の中に浮かんだお姉さまと、いつしかお兄さまになるかも知れない二人のやり取り。余りに刺激が強過ぎて頭がクラッとしてしまう。
そんな二人の元へサイガンが身体を震わせながらやって来た。割って入り、ローダの肩をグィと引っ張る。
「さ、サイガン?」
「ど、どしたのお父さん?」
「おおおお、お前達………! い、いつの間にそんな仲まで進んでおったのだッ!」
「「ハァッ!?」」
「問答無用ッ!!」
大声で叱咤しながらローダの背中を部屋にあった傘でバシバシ何度も叩くサイガン。
「や、止めろぉ! 止めてくれぇ!」
「もぅっ! 一体何なのぉ!?」
「いんや、こればかりはお前等のやり過ぎが悪いッ!」
頭を抱えてローダは、この集中砲火から逃れようと躍起になる。お父さんの急変に、ルシアも訳が判らないのだが、周りもやんややんやの大騒ぎだ。
実に紛らわしいこの勘違いを訂正するのに、その後ローダとルシアは、多大な労力を費やす羽目になるのであった。




