第3話 出来損ないの生い立ちと完全への可能性
60年もの時を経て、遂に自らの意志で行動出来るナノマシンを見つけたサイガンとドゥーウェン。
さらに彼等はそのナノマシンの中から進化したプログラムだけを取り出し、これを人類初の人工知性の誕生と位置づけた。
一方、人に忠実な人工知能を載せて、人間よりも速く正確に、増してや身体能力すら凌駕する人造人間も存在していた。
「私達はこの進化したプログラムを『AYAME』と命名しました」
「……アヤメ? あれ? 聞き覚えのある名前ですね」
「はい、先生唯一で初恋の人……。日本人女性『アヤメ』さんを元にしていますからね」
「あっ……。成程」
「…………フンッ」
AYAMEというローマ字読みの名称にリイナが反応する。確かサイガンが少年時代、不幸な生き別れとなった女性の名であったことを思い出す。
この詳細について、リイナはローダのようにサイガンの意識を覗いた訳ではないので、本来なら知らない筈なのだが、いつの間にやら知られていた。
恐らくローダがルシアかリイナ、或いは両方に迫られて、止む無く口を割ったのであろう。
此処で実に憮然した態度を取るサイガンである。
「AbsolutelY・Ability awakened・Mankind of・ Emergenceという英語を少々無理してAYAMEにしたのです……」
「……全く、実にスマートでない」
「これに花言葉が希望である菖蒲も引っ張って来ました。どちらかと言えば此方が真に込めた理由ですね」
サイガンにして見れば前者の無理矢理な語呂合わせにしても、昔の哀しき出来事を引きずり出された感のある後者にしても、面白くない話であるから、頬杖をつき鼻を鳴らす訳だ。
「私達は一体のアンドロイドを接収し、これに元々積んである人工知能を完全に消去。代わりにAYAMEを載せたのです」
「………これが最初の被験体1号である『マーダ』だ」
「………っ!?」
「ま、マーダだとぉぉ!?」
「あ、彼奴はアンタ等が作ったってのかいッ!」
二人から話された驚愕の真実に、殆どの連中が騒然と化した。リイナは驚いた顔を両手で覆い、ガロウがマーダの名を叫びながら強かに床を殴りつける。
中々話の要領を得ることが出来ないので、黙って耳を傾けていたプリドールは立ち上がり、ドゥーウェンの胸倉を掴もうとした所を、ベランドナに阻まれる。
その黒い剣士当人か、或いは付き従う連中に、何しろこれまで散々な目にあって来た彼等だ。それを創ったのは自分達だと聞かされて、黙っていられる道理がない。
「待って皆っ! それでもローダは黙っているわ。本当に大変なことは、多分まだ語られていないのよっ!」
怒り、憤慨……本来なら抑えるべき負の感情を爆発させて、サイガン等に詰め寄ろうとする連中の間に、両手を広げたルシアが割って入る。
確かにローダは一人、牢獄の隅で押し黙ったままだ。彼とて言いたい事が、地獄の窯から逃げ出したい亡者のように溢れ出て来る。
けれど最初に聞いた「マーダは不完全ながら『扉』の力を得て……」の件から、口を開くのを我慢している。
とにかく彼は、一刻も早くその見解を聞きたくて仕方がないのだ。
そんな不器用でお人好しの青年の姿を見た彼等は「チッ、仕方ねえな……」「……判った、斬るのは最後まで聞いてからだ。その方がスッキリするしな」などと言いながら元々いた場所に戻ってゆく。
ルシアが「フゥ……」と溜息を吐く。そこへリイナが「お姉さま、ごめんなさい」と申し訳なさげに頭を下げた。
とにかくこうしてマーダという存在は、母ではない人間から生み出された。実際当時のサイガンは、このマーダを実の息子のように可愛がったという。
マーダにはサイガンの知識をデータ化したものもインストールしてあるのだ。当然趣味や嗜好も合うので、一緒にいて楽しくなって然るべきだろう。
「マーダ……日本語でいう未だ……即ち未完全を差す名前だ。もっともこれはさらなる成長の期待を込めた意味合いなのだ。しかし我等が創ったAYAMEで動く彼は完成形だと思っていた……」
「………思って……いた?」
「リイナさん、私達はマーダを創った一方で、未だに人の中に住み続けるナノマシン達をさらに研究を進めた所、とんでもないことに気づいてしまったのです……」
当時の可愛げのあったマーダを思い出しながら、サイガンが頭を抱える。マーダとはまた違った可能性を拾い上げてしまったことをドゥーウェンが語り出す。
それは知性をもったナノマシンが、同じ知的生命体である人間の中にいながら、共存の道を模索しているということであった。
しかもあろうことか人間の側もそれを受け入れようと進化をしている様子が伺えた。これはとんでもないことである。
ナノマシン側は宿主である人間に取って代わり自分達が支配者になろうとして然るべき。それを人間側は抗体を作り追い出そうとするのではなく、自分を底上げするためのきっかけにしようとしているのだ。
一つの生命体を2つ以上の意識が互いに協力し合いながら、さらなる高みを目指そうという。
土地一つ、女一人取り合いになる人間という生き物が、一つの身体で共存する道を選んだ。一人の可能性などたかが知れている。だが団結し合った人間達は、太古より神の行いの如き奇跡を起こしている。
此処に今、一人でありながら二つ以上の意識を秘めた存在が誕生し、それは未だに増殖しながら進化の一途を辿っているのだ。
「元々人間に絶望した私は、電脳に意識を宿すことで人すら超えたものを創り出すことに躍起になっていた。そしてマーダという形に出来て実に浮かれた」
「…………」
「だがまさかそんな私が新たなる人の可能性を構築することになろうとは……。人が違う意識を受け容れることで……扉を開くことで自分だけでは成し得ない能力を手にする可能性が出てきた」
「それが『扉』の源流です」
マーダという目指したものを形に出来て満たされた筈の老人。よもや自分が最も忌み嫌う神の如く、人々を導く存在になろうとは……。
ドゥーウェンは団結し合った人間が起こす奇跡、これがナノマシンとの共存によって一人の人間が奇跡を起こせるかも知れないことを「源流」と示唆している。
「扉の力って此奴が手に入れようとして、10の封印を解き始めてる例のアレだよなぁ? 正直未だに良く判らんのだが……」
「ガロウさん、無理もありませんよ……。私や先生ですら、未だに半信半疑なのですから……。ただ不完全な扉であれば、既に開けることを人体実験で証明しました」
「何ィ?」
人体実験……これまた危なげな言葉がドゥーウェンの口から飛び出した。
「私と先生は先ず自分達がプログラミングした最初のやつを載せたナノマシンを、誰よりも先に接種しました。加えて60年後、様々な人間から収集し、進化したものをさらに接種したのです」
「………そ、それってとんでもないことでは?」
「……その通りですリイナさん。ローダ君のように意識共有《正しい順番》をすっ飛ばして、無理矢理他人の意識をぶち込んでゆく……実に愚かしい行為です。実際何度も死ぬかと思いました」
「だがそれで不完全な扉……。限定された能力を得られた。私の接触や心の結束などがそれに該当する」
眼鏡を拭きながら当時の事を振り返りつつ話すドゥーウェン。死にそうになったありとあらゆる経験を思い出し、身体が痛い錯覚を感じた。
サイガンが自らの能力の一部を紹介すると共に、人体実験の成功例を冷静な顔で伝えた。




